ダブリンより Vol. 2

中澤 奈々

留学記の依頼を受け、以前留学記なるものを書いてからもう2年の歳月が経ったことに驚きを隠せなかった。そのとき書いた文章を読み返す。ダブリンに来て間もないころ、ゆっくり流れる"アイルランド時間"に初めはいらだち、戸惑いながらもそれに順応し、そしてその新しい生活を楽しみ始めた自分を思い出した。さて今回は、帰国を目前にして、その後の2年間で自分が経験したことを振り返り、"ダブリンよりVolume 2"と題してここに記したいと思う。以前ダブリンに留学されていた先生方にはアイルランドの相変わらずな面と最近の変化を、アイルランドに来たことがない方、もしくはこれからダブリン留学を希望されている先生方にはアイルランドの現状(あくまで私の目からみた)を、少しでも伝えられたら幸いである。

《天気》

ダブリンは相変わらず天気が悪い。だからその分、天気のいい日はみんな一日中Lovely weather ! Gorgeous !! を連発している。いつしか自分も天気のいい日をとてもありがたく思うようになり、快晴の続く週末にラボにこもって実験をしているとなんだかとてももったいないような気分になって、いっそのこと雨降れ!と心の狭いことを密かに思ったりしているのである。

《物価》

物価は高い!私個人的にはユーロ高、円安が影響していて、最近は特に高く感じる。ちなみに私がこの国へ来たとき1ユーロ=136円であったのが、2007年6月現在1ユーロ=165円。これは大きな違いである。売店の3ユーロのサンドイッチが、400円だと思っていたらいつの間にか500円になっているということだ。それに加えてガス代、電気代がここ1年で20~30%も値上がりした。生活は決して楽ではないです・・・。

《英語》

アイルランド訛りの英語は初めは聞き取りにくいと思っていたが、いつしか自分もその訛りが身についてしまっていたらしい。アイルランド訛り、と一言に言ってもアイルランドの中でも地域が異なれば訛りもさまざまである。一部の地域ではゲール語(アイルランド語)を話しているが、これは英語とは全く異なる言語であり、未だに全く理解できない。また訛りだけでなく、他の英語圏の人が首をかしげるようなアイルランド特有の英語表現も沢山ある。2年も経つとアイリッシュ・イングリッシュにはかなり愛着がわいてきて、「あなたの英語はアイリッシュアクセントがあるね」と言われると驚く反面、自分がここで生活していた証だとちょっとだけうれしかったりもする。

《お酒》

世界で最も酒税が高い国のひとつであるアイルランドでは、お酒は高い。アイルランド産のウイスキーなどもアイルランド以外で買うほうがずっと安く手に入る。でもアイリッシュはひたすら飲む。ビールの国民一人当たりの消費量はチェコに続いて世界第2位だそうだ。しかも日本の居酒屋のようにおつまみを食べながら飲むのではなく、何も食べずにひたすら飲み続ける。ラグビーやサッカーのマッチのある日はパブで観戦しながら昼間からず~っと飲み続けている。(明らかに肝臓に悪そうなので、そこはマネしないようにしています。)

《リサーチ、学会(ようやく本題)》

私の研究内容は先天性横隔膜ヘルニア。特に横隔膜ヘルニアとビタミンAとの関係について、ラットモデルを使って研究している。順天堂からも多くの諸先輩方が今私が勤務しているリサーチセンターでCDHの研究を行っており、その軌跡を追うのも興味深いことのひとつである。Professor Prem Puriが'第二の家族'と呼ぶ歴代のリサーチャーの顔写真は彼のオフィスの壁一面に立て掛けられており、Prof. Puriはその一枚一枚を眺めながらそのリサーチャーのエピソードを語るのが特に好きで、いろいろな話を聞かせてくれた。(中でも小林先生エピソードは数知れず・・・。)
Professor Puriの丁寧なご指導のお陰で、多くの学会で発表する機会がもてた。一番最初の発表では、質問の意味が分からず悔しい思いもしたが、場数を踏ませていただいた甲斐あって英語も含めプレゼンテーションの仕方も少しは成長したかなと思える。学会は私にとってまさにモチベーションの源となる場であって、いろいろな意味で刺激を受ける。英語はもちろん重要だが、堂々と発言できる知識と経験をもつことのほうがずっと重要なのだということを思い知らされる場でもある。

《臨床》

今年1月から、研究に加え病院にも足を運び始めた。Professor Puriがダブリンにある3つの小児病院すべてをかけてもっているため、私も彼についてそのすべての病院で手術見学をしている。オペ室で驚かされる点は、まず回転が速い。特にマイナーオペや日帰りオペが中心の国立小児病院では'麻酔室'なる部屋がオペ室の手前にあって、オペ室での進行具合を見計らって麻酔室で麻酔がかけられ、ひとつのオペが終わると退室と同時に次の患児がもう麻酔にかかった状態で入室となる。そのため外科医はもちろん休む暇がないのだが、とにかく回転は眼が回るほど速く、午前中だけで十件以上のオペをたったひとつのオペ室で終わらせることが可能なのである。外来や病棟回診で感心するのは、スペシャリストナースと呼ばれる、各分野に精通した特別な資格を持ったナースの存在である。日本でもそうであるが、数多く訪れる外来患者ひとりひとりにたっぷりと時間をかけるのは難しいのが現状だ。特に長い間フォローアップが必要な患者にはまずスペシャリストナースが対応して、問題点を医師に報告し診療が始まる。その後医師の方針にそって補足的な説明などはまたスペシャリストナースが行う。診療が終わった後わいた質問なども、スペシャリストナースが丁寧に対応し、帰宅後も患者は直接このナースとコンタクトを取っているようだ。スペシャリストナースから学ぶことは多い。患者の生の声を医師に知らせ、カンファレンスなどでも堂々と意見する。医師もナースも同じチームとして、対等なディスカッションが繰り広げられる。
その他違いをあげたらきりがないが、当然ながら日本(私は順天堂小児外科しか知らないが)のほうが優れていると思うところも多々あって、単純にどちらがいいとはもちろんいえない。ただ違いを知る機会を持てたということに感謝して、今後の順天堂での生活にいい形で反映できればと思う。

というわけで、思いつくままに書いてしまったが、これが私の経験している"アイルランド"である。また数年後にこれを見返して懐かしく想うのだろう。末筆ながら、この機会を与えて下さった順天堂小児外科に表現しきれないほどの感謝の気持ちを込めつつ、筆をおきたいと思う。