開かないメジャーへの扉 ~ベンチからでもなく、スタンドから眺める公式戦~

宮野 剛

アイオワからシンシナティーへの移籍後九ヶ月、球春の到来したアメリカから最後の留学記を綴っています。基礎研究とは無縁の臨床研究に携わっている私のここでの仕事は純粋に論文を書くことですが、順天堂において受けた訓練のお陰で、全く不自由を感じることなく仕事をさせて頂いております。しかし論文を何本書く、大きな学会で発表するなどということは、今の自分にとって重要ではありません。留学における最大の目標は英語力の向上です。学生時代、アカデミックな舞台への興味が著しく欠如していた私は英語の勉強などした記憶が無く、小、中、高校、大学を通じて野球にのみ情熱を注ぎ続けてきました。ところが現役最後の試合での敗戦がきっかけで世界を目指すことに。そんな私にとって英語、特に会話力を向上させる為に唯一残された選択肢が海外留学でした。
二年の時を経て英語力に一定の成果を得たことは私にとって極めて幸運なことであり、今回の様な素晴らしい留学の機会に恵まれたことにつき、順天堂大学小児外科の歴史と同門会の全ての先生方に改めて厚く御礼を申し上げる次第です。しかし一方、外科医にとって手術の機会を失うということは予想を遥かに超えて辛く厳しいものです。アイオワの小さな病院から世界最大の小児外科施設へ移籍した影響で、手術中の私の守備範囲も大幅に減少致しました。臨床、手術のフィールドに立てない外科医は首輪で繋がれた闘犬と同じです。渡米後抱き続けてきた外科医としての葛藤を一人で胸の奥に仕舞い込まずに済んだのは、全て妻と二人の娘の力であったようにも思います。

そして今、私の心を占める一つの思い、帰国後一日でも早く「鼠径ヘルニア根治術を自分一人で完遂させられる小児外科医」になる。そんなたった一つの思いで前を向いています。