ミシガン留学記

古賀 寛之

宮野・山高教授の御配慮により、2005年7月からミシガン大学CS.Mott Children Hospital, Session of Pediatric Surgery, Teitelbaum教授の下に留学の機会を頂き、2年9ヶ月間ひたすら勉強に没頭できるという素晴らしい時間を過ごす事が出来ました。
学生の頃から異国文化の中で生活するという漠然とした希望をもっていた私は、いま思えば他力本願で恥ずかしい事ですが、その夢なら順天堂小児外科教室でなら実現可能かもしれないと思って入局しました。夢にまでみた留学でしたが、いざ渡米してみると想像以上の言葉の壁にぶつかり、最初は一日一日を過ごすのに精一杯といった地獄のような毎日を過ごしました。夜、仕事終了後にアパートに戻り眠りに就くのが唯一の楽しみでしたが、「数時間経てば、また激動の明日がくる。しかし、結果をださない限りは生きて日本の地を踏むことは許されない。やるしかないぞ」と自分を奮い立たせながら毎日をひたすらがむしゃらに過ごしました。
私の仕事はTeitelbaum教授の研究室で腸管免疫におけRennin-angiotensin-system系の役割と腸管上皮細胞のenterogenesisの作用機序を解明するというものでした。実験といったものをまともにやったことがなく、RNAと蛋白の違いもよくわからないレベルから始めたので結果をまともに得ることができるまではとても大変でした。当時は毎日が???な事の連続でごく簡単なことですら何一つスムーズに行えないでストレスフルな毎日でしたが、今となってはこの大変な思いこそが良い経験・勉強であり、留学する事の真意なのだろうなと思えます。仕事で初めて満足のゆく結果が得られたときの事、その結果をもとに抄録を書いてアメリカ外科学会(ACS)に投稿して採択されたことがとてもうれしくて、興奮したのを今でも鮮明に覚えています。また、ACSに参加してみて日本では想像することすらできなかったレベルの高さに驚き、ボコボコにされましたが、「またいつかここにきてやるぞ」の思いで、それ以降はより一層気合いを入れて仕事に取り組むことが出来ました。その後、いくつかの結果を得ることができて数多くの学会で発表する機会に恵まれることができましたが、アメリカの仕事はあくまでもアメリカのものなので、日本に戻ってからも継続して自分の血肉にしていかなくてはならないと思っています。
アメリカ留学で学んだことの一つに「厳しさ」があります。「仕事のポジションをとるため」、「仕事を遂行するため」等、彼らが全ての事に対して高いプロ意識をもって取り組んでいることにはとても刺激されました。「結果」を示した者にはさらにより良い環境が提供され、「結果」を示すことのできない者はポジションを失うといった熾烈な競争が医者だけではなく、医学生や研究者にも日常的に行われていました。このような厳しさは「平等を好み、競争を好まない日本」で育った私にはショッキングでした。彼らの主戦場である世界と戦うためにはそのような「厳しさ」を見習わないといけないと強く感じました。しかし、そのような厳しさの中に寛容さを兼ね備えている一面を見ることもできます。学会などでは妥協することなく、論議していても終われば紳士的にお互いを讃えて情報交換、共同研究のプランを立てている姿などはまさに彼らの「学問に対する懐の深さ」を感じさせられる時でした。
海外留学は私にとって一大イベントでしたが、お金では得ることのできない多くのことを学ばせてもらいました。最後にこのような貴重な経験をさせてくださった、宮野・山高教授に心から感謝するとともに、私が留学から学んだ事・体験した事をできる限り医局に還元することが私の責務の一つだと考え、今後もより一層の努力精進をしていきたいと思っています。