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2020.12.11 Campus News その他

「わからないことをわかるために」グローバルヘルス×異文化コミュニケーション学の試み


「わからないことをわかるために」グローバルヘルス×異文化コミュニケーション学の試み
〜明石秀親先生(国立国際医療研究センター国際医療協力局)をお招きしての実践
 
「リベラルアーツ」とはいうけれど
 国際教養学部は、リベラルアーツを学ぶ学部として、異文化コミュニケーション、グローバル社会、グローバルヘルスサービスの3領域、および教職、キャリア、言語教育部門を複合的に学ぶことができる場です。しかしながら、これら複合的な領域をまったく独立したものと考え、相互の関連性を理解せずに終わってしまっては、この環境が十全に生かされているとは言い難いでしょう。もちろん、実態としてはそれらは「つながっている」というよりも、共通の社会的事象についての焦点の濃淡による違いにすぎないと見ることができるものです。しかし、いずれにせよ相互の関係性を見るということが重要になります。
 2年次の必修科目である「異文化コミュニケーション概論」では、まったく異なる諸前提に基づくこともある領域間のつながりを見出していくことは、まさに異文化コミュニケーションという営みのひとつであると考え、他領域との関係性について学びを深める場を提供しています。
 2020年度は、新型コロナウイルスの蔓延が、わたしたちの生きる社会がグローバルにつながっていることを改めて可視化しました。このような背景のなか、グローバルヘルスの最前線で活躍されている明石秀親先生(国立国際医療研究センター国際医療協力局)に招聘講師としてゲスト講義をいただきました。当初は対面授業でのお願いをしていましたが、全面オンライン授業化(2020年度前期)を受け、急遽オンラインで可能な形で授業を再構成していただきました。その内容は・・・
 
1枚の紙から始まる「異文化」との接触
 授業冒頭で明石先生は、受講生に向かって、1枚の紙を折り、その紙に指示通りにハサミを入れていくことを依頼します。いくつかの段階を経て、受講生に完成形を尋ねます。すると200名を超える受講生の完成形は、バラバラとまでは行かずとも、多様なものとなっていました。ここから明石先生は、皆が同じ指示を聞いていたはずなのに、違った解釈を経て、違ったものに帰結する、ここにも異文化コミュニケーションを見ることができることを指摘します。さらに、様々な形に折り、切られた紙を並べた画面を見せ、それが「顔」のように見えることにも言及し、顔の見え方も含めて解釈の多様性に注意を向けさせます。
 巷では「異文化コミュニケーション」は「外国」でのコミュニケーションや「外国人」とのコミュニケーションと矮小化して捉えられがちなところを、「今、ここ」に「異文化性」を発生させることで、「異文化」という理解を押し広げていきます。そしてここから話は、なかなか思うように互いの意図が伝わらないグローバルヘルスの現場の事例へとつながっていきます。
 
自民族/自文化中心主義(ethnocentrism)とヘルスケア
 カンボジアでの母子保健プロジェクトを事例に挙げながら、グローバルヘルスの現場での支援の在り方などを考えていきます。とりわけ印象的だったのは、グローバルヘルスの有名な著書『医師のいない場所〜村でのヘルスケアのためのハンドブック(Where there is no doctor: a villege healthcare handbook)』に紹介されている支援の2つのアプローチ(図1)を用いて行った問いかけで、著者は右図を推奨しているようでしたが、実際にはこの図を見せたカンボジア側の関係者が怒り出したのはどうしてか、どうすればよかったのか、というものでした。受講生からは、絵に表現されている物理的な上下が援助する側とされる側の不平等な関係性を指し示すことの問題などが指摘されました。
 言われてみれば当たり前のことのように思うかもしれません。しかしながら、ボランティアや国際協力といった社会的活動のなかには、それと意識していなくても、(支援する側が)自分たちのいる場所を「よい」「望ましい」ものと考え、相手側もそれを望んでいる(あるいは、我々のいる“ここ”に来るべきだ)という想定のもとに活動をしている、言い換えると、自分の生まれ育った社会・文化の基準を普遍的な価値として他者にもそれを期待する自民族/自文化中心主義(ethnocentrism)的な態度が見えるものもあります。社会経済的格差が顕在化するグローバルヘルスのような異文化コミュニケーションの現場では、とりわけ自らの諸前提を点検する批判的な態度が必要であることを感じさせられます。
 
            
 

岡部先生①

2

図1 2つの支援のアプローチ
(Werner, Thuman, & Maxwell (1992)  を参考にして作成)
 


「わからないということ」をわかる〜ネガティヴ・ケイパビリティに向けて
 強調しておきたいことは、上述したものは明石先生から提起されたイシューのごく一部であり、異文化コミュニケーションという視点からの「解釈」「再構成」に過ぎません(このプロセスもまた異文化コミュニケーションと言えるでしょう)。明石先生が繰り返し述べていたことは、国際医療協力という異文化コミュニケーションは必ずしも「答えがあるものではない」ことを理解し、その場、その場で最適解を考えていくことの重要性でした。グローバルヘルスの現場をはじめとして、多様なステークホルダーが存在する状況では「これが解決策の処方箋です」というものはまず期待できないでしょう。そして、そうは言っても、カンボジアの例の如く、異文化の人々と向き合うに当たっての、相手の立場に立って考えようとする視点の必要性でした。
 だからといって、「現場主義」に完全に振れてしまうこともナイーヴです。わたしたちが生み出す関係は、全く無秩序に、偶然によって築かれたり壊されたりするわけではありません。わたしたちが大小の合意を形成していけるということは、全てが1回性の出来事なのではなく、社会的に共有された形の存在があることを示唆しています。そのような規則性、パターン性を見出していくまなざしもまた、異文化コミュニケーションの実践にとって必要な力と言えるでしょう。
 文筆家で精神科医でもある帚木蓬生は、イギリスのロマン主義詩人であるジョン・キーツ(John Keats)に由来する、わからない対象について性急に答えを出そうとせずに、理解に向けた宙ぶらりんな状態に耐える力を「ネガティヴ・ケイパビリティ(negative capability)」として紹介しています。「異文化コミュニケーション能力」というと、発信する力、働きかける力へ焦点が当たりがちです。しかしながら、「よくわからない」「理解できない」といった状況に遭遇したとき、それを「わからない」として拒絶したり、撤退したりするのではなく、答えのない(少なくともすぐには見えない)状況に耐える力であるネガティヴ・ケイパビリティが、これからの異文化コミュニケーションにおいては一層重要になることがはっきりと示されたご講義でした。異文化コミュニケーションとグローバルヘルスを「別個のもの」として考えるのではなく、現実の課題に対して一緒に考えていく活動に含まれるものと考えるという明石先生のことばは、グローバルな視点をもってリベラルアーツを学ぶ新しい世代にとって道標となるものと思われます。

 
明石秀親先生の紹介
国立国際医療研究センター国際医療協力局・運営企画部長、長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科客員教授他、ラジオNIKKEIで「グローバルヘルス・カフェ」のパーソナリティも務める。
 
引用文献
帚木蓬生 (2017). ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 朝日新聞出版
Werner, D., Thuman, C., & Maxwell, J. (1992). Where there is no doctor: A village health care book (Revised English edition). Berkeley, California: Hesperian Health Guides.
 





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