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「できた時の喜び」を伝えたい ―

スポーツ健康科学部
加納 實 名誉教授

体操に魅せられて

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私が体操を始めたのは小学校高学年、5、6年生の時です。運動会で体操の模範演技の催し物に参加することになったのですが、それがきっかけで、面白くて夢中になりました。

大学でも体操がやりたくて順天堂に進学しました。当時の順天堂の体操は残念ながら、今のように強くはなかったのですが。昔は器具もあまり良くなかったし、踏みきり板も跳ねるものではなく、床もフローリングのような硬いところでやっていました。体操は6種目、オールマイティに全部できなければいけないのですが、どちらかと言うと脚力系の床や跳馬が苦手だったので、今のようにバネの入った床だったらすごく楽にできたかもしれません。私自身は、あん馬が一番好きな種目でした。他の人より巧くできたから好きになったんでしょうね。

習志野キャンパスで過ごした体育学部時代

当時、体育学部のキャンパスは習志野にありました。習志野キャンパスは、旧陸軍騎砲兵連隊の跡地にあったので、旧兵舎が校舎として使われていました。そして、キャンパス内には啓心寮もあって、体育学部の学生と医学部の学生が今と同じように同室で過ごしていました。部屋は2段ベッドが4つ入った8人部屋で、寮には軍馬用の深い大きなお風呂があり、皆で入ったことを覚えています。違う分野を学ぶ若者同士が集まって生活するという啓心寮のスタイルは今も受け継がれていますが、本当に画期的な取り組みだと思っています。医学も体育も人間を扱うという部分では同じ。人間関係やコミュニケーションを大事にしようという考えから始まったんでしょうね。啓心寮で医学部生と過ごす期間は1年だけでしたが、今でも連絡して会ったりと交流があります。やっぱり違いますね、寮の仲間というのは。

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器械運動の授業に取り入れた“なわとび”

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今日行っているのはなわとびの授業です。今は学生2人が1組となって、2本のなわとびを使って「チャイニーズホイール」という連鎖とびをしています。私自身、小学校・中学校でも遊びでなわとびはしていましたが、こういうなわとびは大学の授業で知りました。教材として非常に優れているなと興味を持ち、授業に取り入れたんです。なわとびは学校体育でもなかなか取り上げられない教材ですが、雨が降った時に体育館でできるので、学生たちが教師となった時に子供たちに教えられる有効な教材になるはずです。

そのような意味でも、本学では前期には長なわとびを、後期には短なわとびを器械運動の授業に取り入れています。なわとびは「これができなければダメ」というのはなく、少しでも自分に合った技や跳び方ができればOKなんです。今日も学生たちが、最初は前まわしで始めた「チャイニーズホイール」を、自発的に後ろまわしで跳び始めて「すごいなぁ」と思いました。毎年同じ内容を教えていますが、学生たちが新しいことを発見したり、思いついたりして毎年違いますね、嬉しい発見があります。学生たちには、授業を通して「できた時の喜び」を伝えていきたいですね。

運動は経験することが大切

今は「器械運動」と専門実技の「体操競技」、そして座学で「スポーツ運動学」を教えています。保健体育の教員には自然科学的な発想も大事ですが、心理学的なことも大事です。「怖い」だとか「巧くいかない」という運動に苦手意識がある子をどう指導したらうまくいくようになるのか、どうしたらできるようになるのかという理論を教えています。

でも、運動は自己運動。自分で動かないと運動は成り立ちません。だから保健体育の教員になる上でも、「運動」をちゃんと経験していることが大事だと思います。できる、できないということも大事ですが、経験していることが大事なんです。自分が経験していないことを他人に教えるというのは非常に難しいですから。ただ、保健体育は器械運動だけではなく多くの種目があって、その全てを大学の授業で経験する訳にもいかないので、その辺が難しいところです。

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良い指導者とは?

良い指導者には、その子の気持ちになって共感できる、そういう感性が必要だと思います。上から目線で次々と教えていくのではなく、その子の運動技術や気持ちを理解しながら教えていくことが大切です。最初は誰だってできませんから、できないことを指導してできるようにしてあげられるのが良い指導者だと思っています。授業を受けている学生たちにも、そんな指導者を目指してもらいたいです。

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スポーツ健康学部 加納實先生 経歴
1973年順天堂大学体育学部卒業、1977年同大学院体育学研究科修了。
2004年順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授、2014年同スポーツ健康科学部副学部長、2015年同学部長、2016年名誉教授。
2004年アテネオリンピック日本男子体操監督 団体優勝。