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地域の人の健康を守る「保健師」の仕事

保健看護学部看護学科
鈴木 みちえ 名誉教授

保健師から教員へ

私は看護師と保健師と助産師の3つの免許を取得しましたが、看護師の経験はないまま保健所に行政保健師として就職しました。その後しばらく保健師の仕事をして、「もう一回看護を基本から学ぼう」と考えた時に、「短期大学で教員を」と声をかけていただいたのが教員になったきっかけです。最初は「老年看護学」の教員として、老年保健の授業や病院での看護実習を担当しました。現在は三島キャンパスで、保健師教育を主体として「公衆衛生看護学」を教えています。保健師の経験だけで保健師教育に入ったのではなく、看護師教育を経験したことが今、とても活きていると思っています。

4年間で看護師免許と保健師免許を同時取得!

順天堂大学保健看護学部では、4年間で看護師免許と保健師免許の両方を取得できるカリキュラムになっていて、全員が両方の取得を目指しています。看護師試験に合格することが保健師免許取得の条件なので、将来保健師になりたい人も看護師資格の勉強を一生懸命やる必要があります。

看護師の仕事と違い、普段会う機会の少ない保健師の仕事は学生にとってはなかなかイメージがしにくいようです。看護師は病院等で患者さんの看護に携わりますが、保健師は保健所や市町村の保健センターで「病気の予防」に重点をおいて、赤ちゃんからお年寄りまで地域の人々を対象とした保健活動に携わります。働く人々を対象とした「産業保健」、そして「学校保健」も「公衆衛生看護」に含まれます。保健師資格があれば、在学中に法律や統計学を学び、養護教諭の2種免許を取ることもできます。

地域ケアシステム論

3年生の秋から4年生の夏までの段階的な実習を経て、4年生の後期に受ける最後の必修科目が「公衆衛生看護学」の中の「地域健康危機管理論」と「地域ケアシステム論」です。

「地域ケアシステム論」は事例検討で学びます。例えばマンションで2人暮らし、老老介護のお年寄りが物忘れ外来に行ったら軽い認知症と診断されたという場合に、このお年寄りがここで生活し続けるにはどうしたら良いかを考えます。看護師の立場ではそのお年寄りや家族をどうケアするかを考えますが、4年生になると保健師の立場から、地域の中にそのお年寄りの居場所を作ることの必要性や、そういった状況の人たちを理解してもらうための教育活動の必要性についても考えることができるようになります。

「地域健康危機管理論」

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「地域健康危機管理論」の授業では「HUG(避難所(H)運営(U)ゲーム(G))」という静岡県が防災教育用に開発した、カードを使ったゲームを取り入れています。複雑で難しい避難所の運営をゲーム感覚で学ぼうというものですが、東日本大震災の時、これを取り入れていた自治体で非常に効果があったと聞き、授業に取り入れました。

ひとクラス120名を5~6人のグループ20組ほどに分けて行い、大きな用紙を用意して学校の体育館を想定し、カードを読みあげる係りの人に従って、そのカードを用紙の上に配置していきます。「床上さん、男性、家屋が全壊しました。床上さん44歳、妻です。ご家族は2人でいま避難所に来ました。どこに居てもらいましょうか」という具合です。

カードはこれ以外に、外国人旅行者、治療の酸素ボンベを抱えている人、車いすの100歳のお年寄り、インフルエンザの疑いがある人、猫や小鳥などのペットなど、本当に多様なカードがあります。住所や地区情報も書かれているので近所の人同士は近くに、インフルエンザ患者は隔離して、猫と小鳥は近づけないように、と考えながら配置していきます。他にも「仮設トイレが届きました、どこに置きましょう」など90分の授業の中で臨機応変な対応が求められます。「HUG」には正解がありません。最終的に20数通りの避難所ができ、学生はお互いに悩んだカードについてどこに配置したか意見交換をし、他のグループを回って相違点や考え方の確認をしました。

学生からは「多くの避難者、要望に対して素早い判断が必要で難しかった」、「情報の共有がすごく大事だと思った」、「最初に役割分担をした方が良い」等の感想がありました。保健師には災害対策として、地域の人たちの危機管理意識を高めておくという役割があることを身をもって感じてもらえたと思います。

hokenkango_Prof.Suzuki_03避難所運営ゲーム(HUG)で使用されるカード

「地域健康危機管理論」~現実を知る授業~

4年生の「地域健康危機管理論」では、災害時の病院の集中治療室で行われた医療・看護の実際の記録映像を見せました。静岡県は以前から東海大地震を想定して災害対策をしていますが、本当に大きな災害はまだ経験していません。地元出身で大きな災害を体験していない学生が多いので、実際の映像を見せる意味があると思いました。実際に大災害が起こった際には、看護師・保健師の責任は小さくありません。

あと半年で看護職として働き始める4年生に、災害時に起こり得る医療の現実を知ってもらい、その場に自分がいたらどういう意見を言えるか、どう働けるか、 患者さんに寄り添うとはどういうことなのかを考えて欲しいという思いでした。看護の現場では「絶対」と言えることも、正しい正しくないとはっきり言い切れ ることもありません。その場で自分の持てる限りの能力を活用して判断し、時には医師の指示に対しても「看護者としてはこう思います」と意見を述べることが できる人になってほしいと思います。

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実習を経て成長していく学生たち

1~2年生の基礎看護実習、3~4年生の領域別看護実習で学生は多くのことを経験します。現場の看護師さんたちから学ぶことは多く、病院での経験を経て学生たちは顔つきまで変わってきます。3年生の秋頃、病院実習を始めたころから本当に大人びてきて、実体験のパワーの大きさを感じます。未熟であっても一生懸命患者さんに関わることを通して、受け持ちになってくれた患者さんが学生たちを温かく育ててくれます。「有難う」と言ってくれた、患者さんとの心の交流、こういう体験が看護師の成長には一番大きいと思います。

考えてから動くこと

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看護行為は、考えることと行動が一体化して成り立ちます。私は「看護の仕事は動くことじゃないよ、考えてから動くことだよ」とよく言っています。看護師も保健師もまずその人にとって何が一番必要なのかを考えて動くことが大切です。

診療援助技術を学ぶと、「私も就職したら採血や点滴ができるかなぁ」と不安になる学生は多いですが、それは繰り返し経験することで必ず獲得できる技術です。

それよりも大事なのは、ドクターからの指示があった際に、点滴の薬液が何なのか、この薬液が本当にこの患者さんにとって適切なのかということを判断できるかということ。例えば医療事故でも、看護師の技術的な事故は少なく、薬の間違いに気づかない等のケアレスミスによる事故のほうが多いのです。それは保健師でも看護師でも同じで、自分の受け持ちの患者さんの事をちゃんと理解して、関心を持ってデータを見れば気づくことです。そういうことを教育の中で考え方・姿勢として教えていきたいと思っています。

学生に伝えたい事

学生に伝えたいこととしては繰り返しになりますが、「考えて実行する」ということと、「経験から学ぶ」ということです。

保健師として働けば、自分に出産の経験がなくても乳幼児の健康について母親に対して保健指導することもあります。そういう時、知識を一方的に押し付けても聞いてもらえません。看護師になって患者さんを看る場合でも、その患者さんは自分がかかった病気についてたくさん調べていて、自分よりその病気についての知識が豊富な人かもしれません。

自分には経験がないという意識と今は力がなくても勉強しようという姿勢をもって、今の自分にできる範囲で誠実に患者さんに接することができれば、看護師・保健師として患者さんやご家族の方々と話が通じるようになるでしょう。人の心を打つ誠意、それがすごく大事だと思うんですね。学生には、相手に対するそういう真摯な姿勢を伝えたいと思っています。

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卒業生が訪ねてくれる喜び

毎年5月頃になると、卒業生がよく訪ねてきてくれます。中には部屋に入ると同時に涙を流す子もいて、「どうしたの?」と聞くと「私は看護師に向いていません…」と言うんですね。私は「あのね、まだ看護師やってないの」という話から始めます。卒業してからの一か月、彼女たちなりに大変だったんでしょうけれど。それからしばらくするとあまり来なくなって。ここの卒業生はそれぞれの職場で温かく育ててもらっているんだろうなと思っています。仕事に慣れてくると今度は研究をしなくちゃいけないというので図書館に来る卒業生もいますが、私たちのもとへ顔を出して「先生、元気にやってるよ」、「お久しぶりです」と元気な声を聞かせてくれます。それは本当に嬉しいですし、一番の励みになりますね。

保健看護学部看護学科 鈴木 みちえ  先生 経歴
1971年看護婦免許取得、1972年保健婦免許・助産婦免許取得
2004年看護学修士、2013年看護学博士
2011年順天堂大学保健看護学部教授(2015年より客員教授)

おすすめの本:長田弘著『なつかしい時間』