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現地での体験が人生を変える ―

国際教養学部国際教養学科
湯浅 資之 教授

国際保健/グローバルヘルス

私は現在国際教養学部の教員ですが、医学部を卒業した医師で、専門は公衆衛生学です。なかでも「グローバルヘルス」と言われる国際保健を専門にし、開発途上国の公衆衛生にも取り組んでいます。現在も医学部と医療看護学部の授業で国際保健を数コマ程度教えていますが、国際教養学部では2017年から国際保健に特化した、「グローバル社会と健康」、「地域社会と健康」、「健康長寿を達成した日本の経験を世界に活かす」という3つの講座をそれぞれ15コマ連続、より深い内容で教えることが決まっています。

運命を変えたバングラデシュ

医学部に入学した頃は、脳神経外科医を目指していて、途上国には全く興味がありませんでしたが、他の人とは違った経験したいという思いもあり、知っている先生がおられたバングラデシュに行きました。大学3年生にして初めての海外旅行です。バングラデシュの農村開発で有名なNGO「シャプラニール」が開催する第1回目のStudy tourに参加しました。

バングラデシュの滞在中は、3食カレーを手で食べる生活でした。当時のバングラデシュは電力事情が悪く、レストランの店内は蝋燭や小さな豆電球がいくつか点くだけでした。薄暗い中、野菜だと思って食べた物が唐辛子で、辛くて水をたくさん飲んだのですが、沸かし方が足りない水を大量に飲んだせいか、下痢になって5キロくらい体重が落ちてしまいました。農村に行った時もトイレが無くて大変で、早く日本に帰りたいと思いましたが、日本では既に失われてしまった、バングラデシュのエネルギッシュな国民性に惹かれて、将来的には途上国に行ってみたいという気持ちが強くなりました。あの時のたった10日間の経験が私の人生を大きく変えました。

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雨季には国土の半分が水没し、人口も急増するなどのハンデを抱えているにもかかわらず、最近のバングラデシュは保健指標がかなり改善されていて、貧しい国の中では開発の成功国になりつつあります。そんなバングラデシュには一度しか行っていませんが、私の原点なので是非また行きたいです。

グローバルヘルスとの出会い

脳神経外科の医師は時には5~10時間の手術をして患者1人の命を助けますが、公衆衛生は技術やアドバイスで何万人、何十万人もの人たちを健康にすることができます。バングラデシュで公衆衛生の活動を知り、こんな活動があるのかと感動して国際保健を学び始めました。

kokusaikyouyou_Prof.Yuasa_03スリランカにて

kokusaikyouyou_Prof.Yuasa_04ボリビアにて

私が学生の時代にはグローバルヘルスはあまり知られておらず、相談しても誰もよく解っていませんでした。WHOやUNICEFに「国際保健に関する書籍を送って欲しい」とエアメールを書き、3ヶ月後にやっとジュネーブなどから船便で届くような時代でした。そうして手に入れた本を手に、友達と勉強会を開いて勉強しましたが、指導者も無く、難解な英語に苦労したことを覚えています。でも将来は臨床医ではなく公衆衛生、特に国際保健の道に進んでみたいという目標ができました。

40代半ばくらいまでは世界中(シリア、ガーナ、スリランカ、タイ、ミャンマー、フィリピン、ブラジル、ボリビア等)で現場を飛び回っていましたが、改めて基本から勉強をし直す必要を感じて大学に戻りました。そして、次の後継者を育てたいと思うようになったところ、順天堂大学国際教養学部でグローバルヘルスを教えることになったのです。

kokusaikyouyou_Prof.Yuasa_05ブラジルにて

シリアでの国際協力と内戦

シリアでは「母と子の健康のためのプロジェクト」を支援した経験があります。私が帰国した1か月後に内戦が始まり、その内戦が泥沼化してIS(イスラム国)が入ってきました。インターネットや報道で、我々がプロジェクトをやっていたアレッポやイドリブなどの破壊された地域の写真を見たとき、もしかしたら「どのレストランに行こうかな」と歩き回った場所かもしれないと思うと胸が痛くなります。シリア人は本当にみんな親切でした。世界遺産のアレッポ城や、どこからともなくコーランの声が聞こえてきたアレッポの街並みは、アラビアンナイトの世界そのものでした。とても良い街でしたが内戦で壊滅的に破壊されてしまい、一緒に仕事をしていた人たちは国外に逃げたか、亡くなったか、今でも音信がありません。

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シリア滞在中、「世界最大の警察国家」と呼ばれたアサド政権下では、どこに行くにも常に見張りの人が付いてきました。外国人が一般人と不要な接触しないように監視されていたのだと思います。宿泊したホテルの部屋では盗聴もされていたほどです。2010年12月にチュニジアから始まった「アラブの春」がエジプト、リビアへと急速に広がりましたが、厳格に管理されたシリアには来ないだろうと言われていました。しかし2011年1月、あっという間にシリアで内戦が始まり、歴史というのは本当に判らないものだと感じたものです。

世界的な医学雑誌『ランセット』がシリア内戦の記事を寄せていますが、それによるとシリアで最初に保健医療施設が破壊されたそうです。要するに、患者や傷ついた兵士を治療する医療施設を破壊すれば、命が助からず、戦力を衰えさせられるということなのでしょう。私たちが支援していた正にその施設が全部破壊されました。非常に無念です。

ボリビアでのプロジェクト

現在は南米ボリビアでのプロジェクトに取り組んでいます。これは大きく3つの柱から構成されています。1つ目の柱は「病院と医療施設のケアの質の向上」で、主に医師、看護師、助産師への研修や医療器材の供与を通して、母子ケアの提供能力を向上させていくというもの。2番目は「ヘルスプロモーション活動」で、地域の住民が自分の健康を自分で守るためには何ができるのか話し合い、住民の主体性を基にしたプログラムを立て、支援していくというもの。3番目は保健施設・病院、住民活動のサポートには行政のマネジメント機能が必要なので、行政が課題を把握し、計画立案し、サポートするための「体制づくり」の強化を目指すものです。

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私は日本側責任者として、年に2回、2週間現地に滞在してプロジェクトの進捗状況を確認しています。そして問題があれば改善方法を指示し、次回行く時はその達成度をモニタリングするという繰り返しです。日本にいる間は現地の事務局からメールで連絡がくるのでアドバイスしたり、資料を送ったりもしています。また、他にもボリビアでは、日本の厚生労働省にあたる保健省の職員を対象に世界のグローバルヘルスの動向を伝えたり、講演をしたり、ボリビアが今一番力をいれている「SAFCI」という国家政策へのアドバイスもしています。

ボリビアの人口は日本の1/10、1千万人弱ですが、国土は日本の3倍もあります。1時間車で行ってようやく1つの村(だいたい200~300世帯)があり、隣の集落までさらにまた車で1時間という広大な環境で、インターネットも住民に普及していませんから日本とは違うアプローチの仕方が必要です。

大学で学ぶグローバルヘルス

学部レベルでグローバルヘルスを教えている大学は、現時点で日本では順天堂しかありません。欧米でも日本の大きな大学でもグローバルヘルスというのは大学院で学ぶ内容で、学部では基本的に1コマ、2コマしか教えていません。したがって、既存のカリキュラムは全て大学で基本を学んだ人が大学院で学ぶ応用科目として作られているので、順天堂大学で学部生に国際保健を解り易く教えるシラバス(学習計画)を作るのに苦労しました。ですから、順天堂大学でグローバルヘルスの学部教育を進めていくことは世界的にも初の試みということです。いずれは、国際教養学部の大学院ができたらそこで更なる専門性を身に付け、世界に飛び立って欲しいと思っています。また、今は先進諸国の中でも格差が広がっています。貧困家庭やホームレス、独居老人、そういう弱者にも同じようなアプローチが可能だと思いますので、途上国に限らず、国内外を問わず、この分野で活躍する人物を育てていくのが夢ですね。

学生を連れてタイやボリビア、ミャンマーへ

2016年の春に、学生向けのボリビア研修を予定しています。また、毎年夏期にタイ国マヒドン大学と共同でアセアン諸国を対象としたグローバルヘルスの研修を実施してきましたが、ミャンマーにあるヤンゴン第2医科大学の先生方の積極的な働きかけにより、近い将来には同じような研修をミャンマーでも開催することを計画しています。今のところ、ヤンゴン第2医科大学医学部の学生と一緒にコミュニティに2週間、泊りがけで行こうという計画です。ミャンマーは英語が普及していて学生も住民も英語を話せるので、日本人学生も英語で直接コミュニケーションがとれると思います。

医学の狭い領域ではなく幅広く地域の健康を捉える研修なので、国際教養学部だけでなく、順天堂の他の学部の学生も、また順天堂大学以外からも参加できるような仕組みにしたいと考えています。ミャンマーは勤勉な国民性で、文化的な面でも学生は学ぶところが多いのではないかと思います。

kokusaikyouyou_Prof.Yuasa_09タイのグローバルヘルス研修の様子

今後はボリビア、タイ、ミャンマーと、変わった毛色の研修を予定しています。こうした研修を通して、私が学生時代に経験したように、early exposure(早期体験学習)つまり若い時に違う文化に接することで、新しい人生観が開けると思います。

現地で五感で感じること

若い人には実際の国際保健の現場を見てもらうことが一番です。その場の匂いや空気を五感で感じとることで、グローバル市民になるために大事なものを学べるのではないかと思います。今はネットを使えば簡単に開発途上国の最新情報は手に入るし、よく編集された教科書や雑誌もたくさん出版されていますが、現地での「なま」の体験はなにものにも代えがたいので、とにかく若い人たちにそういう機会をできるだけ多く提供したいと思っています。

国際教養学部国際教養学科 湯浅 資之  先生 経歴
1988年北海道大学医学部卒業、2001年札幌医科大学医学博士号取得。
JICA専門家としてフィリピン国保健省に勤務、帰国後、国立国際医療センターに所属しブラジルに派遣。
2009年より順天堂大学医学部公衆衛生学先任准教授、2015年同国際教養学部先任准教授、2017年より教授。

おすすめの本
(1)イチロー・カワチ『命の格差は止められるかーハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』
(2)南木佳士『信州に上医ありー若月俊一と佐久病院』