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留学で見えた本当の夢 ~外資系キャビンアテンダントへの道のり~
国際教養学部
奥富 有沙 さん 2023年度卒業生

奥富有沙さん(2023年度卒)は外資系の航空会社にて、厳しいと言われる研修に最短期間で合格し、キャビンアテンダント(CA)として勤務しております。
実は奥富さんは海外留学を在学中に2度も経験しており、そんな留学で学んだことも含めて、今回はゼミナール担当教員でもあった大野直子先任准教授を交えてお話をお伺いしました。
CAの夢を追って入学
大野直子先任准教授(以下:大野) 大学入学の選抜方式は何でしたか。
奥富有沙さん(以下:奥富) 一般選抜で入りました。学校推薦もあったのですが、都立の高校でかなり枠が少なかったので一般受験がほとんどでした。
大野 国際教養学部を選んだきっかけはありますか。
奥富 小学生の頃初めて家族で海外旅行に行った時からCAに小さな憧れがあり、また、英語をずっと習い事としてやっていたこともあり、国際系に絞って受験をしていました。留学に行きたいと考えていたので。
大野 その中でもなぜ順天堂大学を?
奥富 国際系で色々調べる中で、医療分野も学べるところに興味を惹かれました。開発途上国の医療などにもともと興味もあり、文系でも医療が学べると聞いたので、進学を決意しました。
大野 医療系に興味があったんですね!高校は医療や国際系に特化はしていましたか。
奥富 ごくごく普通の学校だったのですが、成績優秀者1〜2名は留学にいける制度はありました。ただ、高校生活も充実していたことや、大学で留学に行こうと考えていたので、高校での留学は特に考えていませんでしたね。
大野 実際に順天堂大学国際教養学部に入ってみて、学生生活はいかがでしたか?
奥富 第二言語で中国語を選択したのですが、チャレンジクラスは留学生が多かったので、色々な言語を教え合うような経験ができたのは印象深いです。今の仕事でも中国語で話される機会も多く、大学での基礎知識があるからこそ独学で学べることができるのは、大学生活の賜物かなと思っています。
大野 国際教養学部ならではの経験でもありますね!
奥富 あとは1年生の時にセブ島の短期研修プログラムに参加したのはとても思い出深いですね。旅行以外で海外に行くのが初めてだったので、そこがとにかく新鮮で楽しかったです。また、セブ島は発展している場所と未開発の地域の格差があり、そこを直接目の当たりにしたのは、その後の学生生活に大きく影響を与えてくれました。

セブ島研修の修了式

プライベートでは様々な体験をする時間もある
大野 自分ごととして捉えられる経験はとても大切ですよね。その後はコロナ禍で制限がある中での学生生活だと思いますが、どのように過ごしていましたか。
奥富 色々なハードルがあったのですが、留学に対する考えを見つめなおしたことが大きかったと思います。コロナ禍の影響で予定していた留学がキャンセルとなり、タイミングが狂ってしまいました。再度プランニングした時には、休学をしないと留学ができない状況となってしまい、4年間で大学を卒業するつもりでしたので、「休学をしてまでも留学をする意義があるのか?」など、とても考えさせられました。ただ、留学は私にとってどうしても実現させたいことであったため、休学して1年間という長期間行けることをメリットとして捉え、思い切って留学をすることもできました。
大野 色々な不安を抱えながらの留学は大きな決断だったと思います。そんな中、同級生(同じ大野ゼミ)と一緒に留学することとなりましたがいかがでしたか。
奥富 とても明るく前向きな子で、私がとても心配性なので助けられた部分が多かったです。
大野 留学先はどのように探したのですか?
奥富 その当時コロナ禍での色々なストレスや、留学が先送りされたこともありその子と夏休みの2ヶ月間、外国人入居者と国際交流ができるシェアハウスに一緒に住んでおりました。そしてお互いに情報収集をして共有していました。特に一緒に行く話は出ていなかったのですが、気づいたらお互いで一緒の留学先を選んでいました(笑)

アメリカでの留学を決断

図らずも親友と同じ留学先になる
留学がCAの夢への大きな後押しに
大野 留学をすることや、理想の職業に向かって努力することなど、行動を起こす人が少ない中で、実際に行動に移せたきっかけなどはありますか。
奥富 アメリカ留学した時の出会いが大きく影響していると思います。学費や生活費をすべて自分で稼いできた人、自分の夢を持っている人、目標に向かって着実に努力を重ねる人など自分と同世代でも尊敬できる人々にたくさん出会い、感銘を受けました。その時に「自分は全然自立していないな」と感じ努力することのモチベーションに繋がりました。しかし、アメリカ留学から帰国した当初は同年代の子が既に働いていることもあり、必死に追いつこうという焦りからか、まずは日本で就職しようと考え、日本の企業で内定ももらったのですが、胸の中で「これが本当に自分のやりたいことなのか」という思いがずっとつっかかっており、自分の中にあるモヤモヤを払拭しようと4年生の後期にカナダに1人で渡航したんです。
大野 あの当時、何を質問しても「これから決めます!」って言われたことを覚えていますがよくご両親が許してくれましたよね!(笑)
奥富 母親は心配性で反対されるとわかっていたので、きちんと報告する前にビザをとってしまいました(笑)心配ながらも日本からいつも見守ってくれるので、それも自分の頑張る糧になっていました。
大野 お母様の気持ちになるとなんだか心配になりますが(笑)それでも何も知らない環境に行ったのはすごいことですよね。
奥富 お金もなく友達もいない状況で仕事探しや家探しをし、たまたま見つけた家が16人のシェアハウスという環境でした。そこで自分と異なるバックグラウンドを持った10代の学生や元公務員の方、30歳をすぎて学校に通い始めた人など色々な人と知り合い、私自身年齢や周りの目を気にせずに自分と向き合い見つめなおすことができました。そこで、20代の今海外を拠点に生活したいということ、もともとCAになりたいという夢も再認識し、今後の自分がやるべきことを明確にすることができたいい時間となりました。

自分を見つめなおすことができたカナダ留学

観光名所もたくさん訪れた
大野 自分を見つめなおしたことで決意が固まったのはとても素晴らしいことですね。
奥富 小さなころから思い描いていた夢でもあり、どんなルートをたどってもCAになりたいという気持ちが遅かれ早かれ再燃していたと思いますし、これで面接に合格していなくても後悔はなかったと思います。
大野 日本の航空会社は頭になかったのですか?
奥富 幼少期はそれこそ外資系CAとして働くという選択肢自体が自分の中でなく、日系のCAを夢見ていましたが、今の会社に出会ってからは特に目指そうとはなりませんでした。
大野 具体的にどのようなことが理由だったのですか。
奥富 ホスピタリティーの面ですかね。もちろん、日本の航空会社のサービスは素晴らしいと思います。しかし、学生時代に日本のホテルでアルバイトをしていた際、何か提供ができないサービスがあった場合、自分で代替案を考え提案するのではなく、マニュアル通りに働かなけれがいけないことに違和感がありました。しかし、今の会社は、何か提供ができないサービスがあったとしても「それの代わりになるものを探して提案すること」が求められます。初めて顧客として利用した際にその卓越したホスピタリティを感じ、働いてみたいと思ったのです。もちろん、日本の航空会社がアルバイト先と同様だとも限りませんが、私の中ではこの航空会社を利用した際のインパクトが大きく、自分の憧れを実現させたいという思いがこの会社へのこだわりになった理由かもしれません。
大野 その想いが面接で伝わったんですかね!航空系の企業へ就活する際の専門的なスクールやセミナーなどは通われましたか。
奥富 海外に行っていたこともあり、面接の前に2回だけ直前面接対策を帰国のタイミングでオンラインで受講しました。
大野 外資系志望でしたが、英語での内容の講座だったのですか。
奥富 日本語と英語の両方でしたね。外資系ですが日本便の就航もあるため日本語での試験もあり、その丁寧さも見られるので、直前講座は日本語と英語どちらも受けました。
大野 就職活動をした中で大変だったことは他にありますか。
奥富 それが、あまり大変だと感じなかったんですよね(笑)。直前講座では「自信があるかどうかが見られる」と言われていたのですが、私の場合は留学中に自信がついたので、CA対策や専門的な対策や怖さはなく、楽しもうと思っていました!(笑)
大野 ゼミナールの入室面接の時は自信なさそうにしていて、入室に関して心配していた印象でしたが、とても成長しましたね!
奥富 今でも心配性は変わらないのですが、以前とは違って心配の原因がわかるようになりました。
大野 原因がわかるようになったきっかけとかはありますか。
奥富 アメリカ留学の時に現地の人しか参加していないクラブ活動に参加したんです。その当時も心配ではあったのですが、「やってみよう」と思い切って行動したたことが変わったきっかけだと思います。実際参加したら大変なこともありましたが、結果的にやってよかったと思えることばかりでした。そのあとのカナダ留学も同じような気持ちで動けたので、そこが変われたきっかけだったのかなと思います。挑戦の連続により必要以上に心配することが少なくなりました。
大野 そこで直観力みたいなものが養われたのかもしれませんね。

様々な環境にチャレンジできたことも留学の醍醐味

現地のサークルに身を置くことで深まる仲もある
CAは大変だけど楽しい!
大野 あらためてですが、現在のお仕事の内容を簡単に教えてください。
奥富 外資系の航空会社でCAをしています。日本人乗務員として日本便を多く担当しています。
大野 CAさんだとフライト時間に合わせて勤務時間となりますが、長く感じますか?
奥富 月に多くて100時間ほどフライトがありますが、2daysフライトも多く、空き時間や待機時間も充分にあるので今のところは特に長いと感じていません。
大野 研修が無事終わったそうですが、もうフライトは経験されましたか?
奥富 嬉しいことに、羽田や大阪などの日本方面や、長期フライトもも経験させてもらっています。
大野 奥富さんが勤める航空会社は世界トップクラスの航空会社だということを、私が大学生の時にオークランド(NZ)へ留学していた際に、ホームステイ先の方から聞いたことがあります。
奥富 その分研修はとても厳しかったです。特にサービスに関するトレーニングがとても厳しく、留学を通して英語を学んでいても丁寧な英語の使い方にとても苦戦しました。
大野 具体的にサービスはどのような訓練があるのですか。
奥富 サービスの訓練はお客様対応や機内で使うプロダクト等を学んでいきます。加えて英語での言葉遣いなども学んでいき、それぞれの試験をクリアしていく必要があります。最後に集大成としての試験もあり、そこでは決められたシナリオにそって実施されます。毎回のテストで合格点に達しないと次の訓練に進めないようになっているんです。
大野 ちなみに不合格の場合はどうなるのですか?
奥富 再試験の機会を与えてくれる場合や、研修初日からやり直しになり場合もあります。面接に合格するだけでなく、訓練のも合格不合格があるため、厳しい関門ではあります。
大野 そんな中一回で合格したんですもんね!すごい!!

久々の先生との会話で自然と笑みがこぼれる奥富さん

教え子の活躍を聞き終始笑顔だった大野先生
奥富 英語を第一言語としない私にとって訓練はとても大変で自分の英語力不足に落ち込む毎日でした。カジュアルな英語相槌でも一切使ってはいけなく、自分がそれまで触れてこなかった新たな英語に触れ、留学までして勉強した英語力が振り出しに戻されたような感覚もありました。日本にいると1年留学していれば、多少間違っている英語でも意味は通じるし特に指摘はされませんが、今の会社だとそれがまったく逆で英語力不足を指摘されることもありました。一人では乗り越ええられないような状況でしたが周りを頼り、同じ状況下のみんなで助け合って試験をクリアできました。試験卒業式の日の達成感は一生忘れないと思います。
大野 モチベーション高くいないと難しいですし、本当によく頑張りましたね。就職してからCAに対するイメージが変わることや、何か大きなギャップを感じたことはありますか。
奥富 自分自身がCAに向いているなとは思いました。不規則や大変なことも多いですが、毎回初めて会うクルーとフライトし新たな関係性を築くことが、自分にとっては新鮮で学ぶことが多く楽しく働けています。
大野 それは変な慣れとかがなく、適度な緊張感で業務にあたることが出来そうですね。お客様も色々な人がいそうですね。
奥富 様々なお客様がいますが、それも学びにつながっています。先日、インド便を初めて担当した時に気づいたこととして、まず宗教上、食事提供の配慮が必要である点。また、日本人と大きく異なる点として、「コーヒーを温めてほしい」「ブランケットをもう一枚欲しい」など理由は様々ですが、小さなことでもすぐにコールベルを鳴らす方が多いなと感じました。しかしその一方で、対応した分以上に感謝の言葉をとても丁寧に伝えてくれたことが新鮮で、素敵だなと思いました。このように色々な文化圏の人たちを知れることがとても楽しく、就職して良かったと思えています。
大野 人の素敵な面に多く気づけるのも奥富さんらしさですし、そのような機会が多くあるCAはまさに天職ですね。対応についてもクルーに裁量を任せられている部分も多いのですね。
奥富 もちろんある程度マニュアルに従う部分はありますが、イレギュラーやお客様の状況を判断して自分なりにサービスを工夫していくことができるのです。先日も別のエリアだったのですが、日本人のお客様にお茶がかかってしまったことがありました。最初に対応した担当クルーは日本人ではなかったものの、お客様が英語を少し話せたので「It’s OK.」と言われたそうですが、『それでも本当にOKなのか確認してきてほしい』とそのクルーから言われ、状態の確認やお茶を提供するなどのリカバリーを私が考えて実施しました。このように大丈夫と言われたお客様に対してもしっかりとサービスを提供して報告をすることも魅力でもあると思いますし、そのような環境で働けることにとても誇りを持っています。
大野 色々な国と文化があるので、国際教養学部で学んだ知識も多く活かせそうですね。フライト時はどのようなチーム編成で業務にあたるのですか。
奥富 基本は12人が搭乗しております。先述のとおり、フライト数もクルーの数も多いため、一緒にフライトしたことのあるクルーと働けることはごく稀です。エクストラサービスやイレギュラーはまずはリーダーへ報告し、対応についても逐一報告書に残し、全クルーで共有するようになっています。
踏み出す勇気をもって、周りと協力しながらチャレンジする
大野 今後のキャリアプランなどは現在ありますか。
奥富 まずはフライトを楽しみながら毎フライト新たなことを学び働き続けていきたいと思います。大変な仕事でもあり、評価が厳しいこともあるのですが、今後ビジネスクラスが担当できたり、違う機体を担当できたりと仕事の幅が増えるので、 まずはそこまではやってみたいというのが率直な思いです。
大野 今の会社で長期勤続は考えていますか。
奥富 フライトの合間など一人の時間が多くあり、周りのクルーでもセカンドステージについて色々と準備している人はいます。私も第三言語の勉強をしたり、自分の興味のあることを学んだり今後のライフプランについて考えている段階です。まずはしっかりと働きながら、次のことを考えていきたいなと思っています。
大野 最後に、国際教養学部の受験を考えていたり、留学を考えている人に向けてメッセージをお願いします。
奥富 私自身も不安や心配などがハードルとなって邪魔をして、挑戦することを避けたこともありました。しかし、留学などを通して、その原因が「自分にはできない」と決めつけてしまっていることで、案外人からしたらそうでもなく、ただの自分の思い込みであったり、逆に「私はこれができるんだ」と気づかされることが多くありました。また、自分一人では乗り越えるのが難しいけど、周りの人を頼れば乗り越えられることがたくさんあると思います。そんな時はどんどん人を頼って助け合うことが大切だとわかったので、皆さんにも友達や先生をたくさん頼ってほしいと思います。その中で、自分がたくさん吸収しようと思っていれば、意外と自分に自信がわいてくることもあるので、周りと支えあいながら挑戦してほしいと思います。
大野 挑戦し失敗していくことは怖いかもしれませんが、1人ではないですからね。学生時代は特に守られているからこそ、奥富さんのようにどんどん挑戦してくれる方が増えてくれるといいですね。
奥富 学部生時代、キャリアデザインの授業で「何かを始めるのに遅すぎることはない。今日が始めるのに一番早い日です。」という平林先生の言葉は本当に覚えています。それがきっかけで留学に行くことも決心できましたし、今もその言葉を胸に、興味のあることにどんどんチャレンジをしているので、皆さんも1日でも早く行動をすることで、素敵な経験がたくさんできることを願っています。