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2022.03.23 (WED)

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心筋脂肪酸代謝異常は心不全の要因となり予後が悪いことが明らかに

~ 原因不明の心不全診断における心臓核医学検査の有用性 ~

概要

順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学の藤本 進一郎 准教授、南野 徹 教授らの研究グループは、心臓核医学検査であるBMIPP心筋シンチグラム(BMIPP)*1法を用いて原因不明の心不全患者における中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)*2の関与を明らかにしました。近年、日本で発見されたTGCVの脂肪酸代謝異常が原因不明の心不全要因の一つと考えられるようになってきましたが、その実態は不明でした。今回、研究グループが原因不明の心不全患者にBMIPPを用いたスクリーニング検査を行った結果、約4割がTGCVと診断されました。さらに、BMIPPの洗い出し率*3が低い患者は予後が不良だったことから上記の検査が予後予測の臨床的なリスク評価に有用であることがわかりました。本成果は、原因不明の心不全患者に対するBMIPPを用いた心不全診断法の臨床的有用性を示すものです。本論文はEuropean Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging誌のオンライン版に2022年3月17日付で公開されます。
本研究成果のポイント
  • 原因不明の心不全患者の約4割が中性脂肪蓄積心筋血管症と診断
  • BMIPP心筋シンチグラムによる洗い出し率は心不全の予後のリスク評価に有用
  • 脂肪酸代謝異常の観点から心不全の病態評価や診断、新たな病態メカニズムの解明の可能性

背景

心不全患者は年々増加傾向にあり、我が国でも大きな社会問題となっている一方、その原因は多岐にわたるため的確な診断やリスク評価が困難なことが課題です。近年、我が国で発見された中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)は、脂肪酸代謝異常で増加した中性脂肪が心筋や冠動脈に蓄積することで、心不全を引き起こす原因の一つではないかと考えられるようになってきました(図1) 。現在、厚生労働省難治性疾患政策研究事業 TGCV研究班の報告によると2020年12月でのTGCVの累積診断数は、336例にとどまっています。TGCVの診断には、心筋脂肪酸代謝を画像化するBMIPP心筋シンチグラム(BMIPP)法が用いられていますが、心不全におけるTGCVの頻度やBMIPPの臨床的有用性についてはよくわかっていませんでした。そこで本研究では原因不明の心不全患者に対してBMIPPを用いてスクリーニングし、その後、予後を観察することで心不全におけるTGCVの頻度とその予後予測に対する臨床的有用性を調査しました。

図1

図1: 中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)病態モデル
正常例:血中の中性脂肪は長鎖脂肪酸を介して細胞内に取り込まれ、細胞内に取り込まれた中性脂肪は細胞内リパーゼ(ATGL, HSL, MGL)を介して再度、長鎖脂肪酸を合成しミトコンドリアでエネルギーを産生します。
原発性TGCVモデル:ATGLが欠損しているため細胞内中性脂肪から長鎖脂肪酸が合成できず中性脂肪が細胞内に蓄積します。心筋細胞や冠動脈の血管平滑筋細胞に中性脂肪を蓄えてしまうため、心臓の肥満症ともいわれます。

内容

BMIPP心筋シンチグラム(BMIPP)は核医学検査の一つで、心筋における脂肪酸代謝を評価することができます。本研究では、順天堂大学医学部附属順天堂医院において原因が不明とされていた心不全患者62名にBMIPPを行いました。中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)の診断は、BMIPPにおける脂肪酸代謝障害(洗い出し率10%未満)を基準としました。(図2)検査の結果、当院で原因不明と考えられていた心不全患者の中に、TGCVの診断基準を満たす患者が26症例(41.9%)いることが明らかになりました。またBMIPPの洗い出し率は年齢、性別や糖尿病、高血圧、血液中の中性脂肪値やNT-pro BNP値、心エコーで評価した心機能のいずれとも関連しない独立した指標でした。この結果から、原因不明の心不全患者にBMIPPによるスクリーニングを行うことの臨床的有用性が示されました。

画像2

図2123I-BMIPP心筋シンチグラフィ症例
早期像(左:注射から20分)と後期像(中:注射から3時間)の画像からBMIPP洗い出し率を算出します。この症例ではBMIPP洗い出し率= 5.0%とTGCVの診断基準を満たします。
さらに、患者の予後を平均2年間観察して評価したところ、TGCVの診断に関わらずBMIPP洗い出し率が低下していたケースでは、その後の死亡や心不全入院が高率になり、特に洗い出し率4.5%がそのカットオフ値として有用であると考えられました(図3)。以上の結果から、BMIPPの洗い出し率が心不全患者の予後のリスク評価の予測に有用な指標であることが明らかになり、BMIPPを用いた心筋脂肪酸代謝異常の評価は、原因不明の心不全の病態評価やリスク層別化に重要であることがわかりました。

画像3

図3: BMIPP洗い出し率を4.5%で分けた場合の生存曲線
BMIPP洗い出し率を4.5%で分け、死亡および心不全再入院が起こらなかった割合を時間経過とともに表しています。洗い出し率<4.5%群のほうが、時間経過とともに死亡や心不全入院の発生率が高かったことを示しています。

今後の展開

本研究により、今まで原因不明と考えられていた心不全患者にBMIPP心筋シンチグラム(BMIPP)を適用することで、心不全における中性脂肪蓄積心筋血管症(TGCV)の患者を的確に診断することができるようになります。またTGCV以外の患者にもBMIPPの洗い出し率は予後評価やリスク層別に有用であり、脂肪酸代謝異常の観点から心不全に対する新しい病態解明や治療薬の開発に発展することも期待されます。

用語解説

*1  BMIPP心筋シンチグラム:心臓核医学検査の一つで心筋内で長鎖脂肪酸と同じような動態をすることで心筋脂肪酸代謝を画像化する検査。
*2 中性脂肪蓄積心筋血管症:2008年に我が国の心臓移植待機症例から見出された新規疾患概念。心筋細胞をはじめとした様々な細胞に中性脂肪が蓄積し、心不全、心筋症、不整脈、冠動脈疾患などを呈する。
*3 BMIPPの洗い出し率:BMIPPにおける早期像と後期像の集積の差を早期像の集積で除して算出する評価項目の一つ。

原著論文

本研究はEuropean Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging誌のオンライン版で(2022年3月23日付)先行公開されました。
タイトル: Clinical significance of 123I-BMIPP washout rate in patients with uncertain chronic heart failure
タイトル(日本語訳): 原因不明の慢性心不全患者におけるBMIPP心筋シンチグラム洗い出し率の臨床的意義
著者:Chihiro Aoshima1), Shinichiro Fujimoto1), Ayako Kudo1), Yuko O Kawaguchi1), Kazuhisa Takamura1), Yuya Matsue1), Takao Kato1), Yoshihumi Kawamura2), Satoshi Kimura2), Yuki Kamo1), Yui O Nozaki1), Daigo Takahashi1), Nobuo Tomizawa3), Makoto Hiki1), Takatoshi Kasai1), Shuko Nojiri4), Hideyuki Miyauchi5), Ken-ichi Hirano6), Kazunori Shimada1), Koji Murakami3), Tohru Minamino1)
著者(日本語表記): 青島千紘1)、藤本進一郎1)、工藤綾子1)、川口裕子1)、高村和久1)、末永祐哉1)、加藤隆生1)、川村義文2)、木村聡2)、加茂夕紀1)、野崎侑衣1)、高橋大悟1)、富澤信夫3)、比企誠1)、葛西隆敏1)、野尻宗子4)、宮内秀行5)、平野賢一6)、島田和典1)、村上康二3)、南野徹1)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科 循環器内科学、2)順天堂大学医学部附属順天堂医院 放射線部、3)順天堂大学大学院医学研究科 放射線診断学、4)順天堂大学革新的医療技術開発センター、5)千葉大学大学院医学研究科 循環器内科学講座、6)大阪大学大学院医学系研究科中性脂肪学共同研究講座
DOI: 10.1007/s00259-022-05749-1
本研究は日本メジフィジックス社の助成を受け実施されました。研究および解析は研究者が独立して実施しており、助成元が本研究結果に影響を及ぼすことはありません。
本研究にご協力いただいた参加者の皆様に深謝いたします。