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2021.12.09 (THU)

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防腐剤や大気汚染物質が皮膚の感覚異常を起こす可能性を確認

~iPS細胞技術でヒト感覚神経に対する新知見~

概要

順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 順天堂かゆみ研究センターの髙森建二 特任教授、冨永光俊 先任准教授らは、株式会社ファンケル(本社:横浜市中区/代表取締役社長執行役員 CEO 島田和幸、以下ファンケル)との共同研究講座である「抗加齢皮膚医学研究講座」の研究により、防腐剤や大気汚染物質による刺激によって、神経が過敏な状態に変化する可能性を、ヒトiPS細胞由来感覚神経細胞*1を用いて明らかにしました。本成果は、アトピー性皮膚炎やいわゆる“敏感肌”などで見られる異常な皮膚感覚の発生および悪化の原因解明や、皮膚の感覚異常の予防・改善に役立つ薬剤や化粧品等の開発につながる可能性があります。本論文はInternational Journal of Molecular Sciences誌に掲載されました。
本研究成果のポイント
  • 皮膚内で代謝されきれずに残存した防腐剤が、感覚神経線維を増加させる可能性を確認
  • 皮膚内に浸透した大気汚染物質が、感覚神経変性を引き起こす可能性を確認
  • 皮膚の感覚異常の予防や改善に役立つ薬剤や化粧品等の開発につながる成果

背景

いわゆる“敏感肌”を訴える人は年々増え続けており、その多くは肌がピリピリ、チクチクした刺激やかゆみを感じやすい感覚異常の状態になっています。感覚異常の原因の一つとして、感覚神経線維*2の密度が増加することが予想されています。しかし、ヒトの感覚神経を身体から取り出して培養することは倫理面から困難であり、また、動物実験の削減が求められる中、培養細胞レベルでの研究技術の発展が切望されていました。これまでファンケルは、再生医療の技術を利用して、「ヒトiPS細胞由来感覚神経細胞」を開発し、皮膚内部の感覚神経線維を試験管内で再現することに成功してきました。そこで、本共同研究講座では、外部環境が皮膚感覚の異常の一因となる可能性を検証するため、「ヒトiPS細胞由来感覚神経細胞」を使い、私たちの身の回りで広く使われている防腐剤や人体への影響が懸念される大気汚染物質、また、それらの外部環境等によって体内で発生する活性酸素*3が、感覚神経線維に与える影響について調べました。

内容

「ヒトiPS細胞由来感覚神経細胞」を、一般的な化粧品の使用であっても皮膚中で代謝されきれずに残存すると予測される濃度の防腐剤を含む培地で培養しました。代表的な防腐剤としてメチルパラベンとフェノキシエタノールを添加し実験を行ったところ、感覚神経線維がそれぞれ1.8倍 (図1)と2.1倍 (図2)に増えることが分かりました。これらの結果は、防腐剤が直ちに皮膚の感覚異常を起こすことを示すものではありませんが、皮膚バリア機能が低下した敏感肌やアトピー性皮膚炎などのような皮膚状態においては、防腐剤を含む化粧品の使用で感覚神経線維が健常な肌状態よりも増加することが示唆され、感覚異常の発生リスクを高める可能性があります。

図1

図1 メチルパラベンによる神経線維の増加
培地にメチルパラベンを添加しないときの神経線維長を1としたときの相対値

図2

図2 フェノキシエタノールによる神経線維の増加
培地にフェノキシエタノールを添加しないときの神経線維長を1としたときの相対値
大気汚染物質の代表的なベンゾピレンについても、感覚神経線維への影響を検討しました。ベンゾピレンは、皮膚内部に浸透して炎症や老化の原因にもなりうる物質です。「ヒトiPS細胞由来感覚神経細胞」を、皮膚内に到達する可能性のある濃度のベンゾピレンを含む培地で培養したところ、感覚神経線維にビーズ状の変性が2.7倍の頻度で生じることが分かりました(図3)。このビーズ状の変性は、情報伝達に関与する感覚神経線維がダメージを受け、痛みやかゆみなどの感覚異常に関連した変化が起きている可能性を示しています。
また、さらに、紫外線や大気汚染物質、防腐剤などへの暴露や、加齢、炎症、ストレス等によって体内で発生する活性酸素についても、感覚神経線維への影響を検討するため、「ヒトiPS細胞由来感覚神経細胞」を過酸化水素を含む培地で培養したところ、感覚神経線維にビーズ状の変性が4.7倍の頻度で生じることが分かりました(図4)。この結果は、皮膚深部で活性酸素が増えている状態の肌では、感覚異常の発生リスクが高まる可能性があることを示しています。

図3

図3 ベンゾピレンによる神経線維の変性
培養液にベンゾピレンを添加しないときのビーズ状変性の頻度を1としたときの相対値

図4

図4 過酸化水素による神経線維の変性
培養液に過酸化水素を添加しないときのビーズ状変性の頻度を1としたときの相対値

今後の展開

本研究の成果は、感覚神経線維の密度の増加のみならず、神経変性という視点からも感覚異常を捉えることで、多面的なメカニズムの解析が可能となったことです。これにより、皮膚における感覚異常の発生や悪化の原因解明につながることが期待されます。また、本成果を基盤とした「ヒトiPS細胞由来感覚神経」を用いたアプローチにより、皮膚バリア機能が低下した人でも安心して利用できる化粧品等を神経科学的に証明していきたいと考えています。さらに、このヒトiPS細胞技術を感覚異常の発生や増悪のメカニズム解明にも応用し、アトピー性皮膚炎やいわゆる“敏感肌”などにおける異常な感覚の予防と改善に役立つ薬剤や化粧品等の開発に向けた研究も進めていきます。

用語解説

*1ヒトiPS細胞由来感覚神経細胞:ヒトiPS細胞から作製されたヒト由来の感覚神経細胞。
*2感覚神経線維:感覚神経細胞から伸びている線維状の突起で、皮膚においては痛みやかゆみなどの感覚を受容し、電気信号として伝達している。
*3活性酸素:紫外線、大気汚染物質、防腐剤などへの暴露や加齢、炎症、ストレス等によって体内で発生する、非常に反応性の強い物質。本来は細菌やウイルスから体を守る役割をしているが、必要以上に増えることで正常な細胞も傷つけてしまい、皮膚においては肌細胞の機能低下や老化促進の原因になる。

原著論文

本研究はInternational Journal of Molecular Sciences誌の2021年9月29日号Volume 22に掲載されました。
タイトル: A Novel In Vitro Assay Using Human iPSC-Derived Sensory Neurons to Evaluate the Effects of External Chemicals on Neuronal Morphology: Possible Implications in the Prediction of Abnormal Skin Sensation
タイトル(日本語訳): 外界の化学物質が神経の形態に与える影響を評価するための、ヒトiPSC由来感覚神経を用いた新しいin vitro評価系: 異常な皮膚感覚の予測につながる可能性
著者: Masahiko Satoh, Tamie Suzuki, Tetsuhito Sakurai, Sumika Toyama, Yayoi Kamata, Shinya Kondo, Yasushi Suga, Mitsutoshi Tominaga, Kenji Takamori
著者(日本語表記): 佐藤暢彦1、2)、鈴木民恵1、2)、櫻井哲人1、2)、外山扇雅3)、鎌田弥生2、3)、近藤慎也1)、須賀康 2、4)、冨永光俊2、3)、髙森建二2、3、4)
著者所属:1)ファンケル総合研究所・ビューティサイエンス研究センター、2)順天堂大学環境医学研究所・抗加齢皮膚医学研究講座、3)順天堂大学環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センター、4)順天堂大学医学部附属浦安病院皮膚科
DOI: 10.3390/ijms221910525.
本研究は順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 順天堂かゆみ研究センターの髙森建二 特任教授と株式会社ファンケルによって開設された抗加齢皮膚医学研究講座の共同研究講座研究費の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。