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2021.01.07 (THU)

  • 順天堂大学について

生物研究用に開発された蛍光ガラス素材

~単一神経細胞レベル研究の新たなツール~

順天堂大学大学院医学研究科神経機能構造学の岡本和樹 協力研究員(日本学術振興会特別研究員PD、研究当時:東京大学大学院薬学系研究科博士課程3年)、東京大学大学院薬学系研究科の池谷裕二教授らの研究グループは、パッチクランプ電極を緑色蛍光で可視化する手法を開発しました。
神経細胞の活動を記録する上で、パッチクランプ記録法(注1)は欠かせないツールとなっています。また近年の遺伝学の発展により、特定の細胞種の蛍光タンパク質標識が一般的に用いられていますが、記録に使用されるガラス電極には蛍光がないため、それらを同じ視野内で観察することができませんでした。もとより標的パッチクランプ記録法は技術者の繊細な手技が要求される難しい手法であり、実験者の技術的な努力で補われているという現状がありました。
そこで、同研究グループは希土類イオンの一つである酸化テルビウム(Tb3+)をガラスに添加し、緑色の蛍光波長をもたせることで、GFP標的細胞と同時に可視化できるパッチクランプガラス電極を実現しました。このTb3+電極は緑色の蛍光だけでなく、非線形光学効果であるTHGのシグナルも見られました。Tb3+電極はこれらのシグナルを手がかりに、脳研究におけるシングルセル解析に有用なツールとなることが期待されます。
本研究成果は2021年1月6日のScience Advances誌(オンライン版)に掲載されました。
本研究成果のポイント
  • ガラスに酸化テルビウム(Tb3+)を添加することで、緑色蛍光タンパク質(GFP)に類似した蛍光を発することを見出しました。
  • 遺伝子注入や神経細胞の活動記録などに広く活用されているガラス電極は無蛍光であるため、蛍光顕微鏡下での操作は難しかったのですが、同素材を用いることで細胞操作が劇的に改善されました。
  • 培養細胞や組織スライス標本だけでなく、多光子顕微鏡を用いることで生体組織への応用可能で、幅広い生物学的実験において作業効率を大幅に改善することが期待されます。

研究の背景と経緯

脳を構成するニューロンには多様な性質があり、それぞれが担う役割も異なります。ここ数年の脳神経回路研究においても、それぞれのニューロンの個性を追求するシングルセル解析が盛んになっています。ニューロンは電気的な活動にも個性があり、パッチクランプ記録法はそうした神経活動を記録する上で欠かせない手法です。近年では、特定のニューロン種をGFPで標識することが容易となり、パッチクランプ記録法と蛍光標識の組み合わせによって、より精度の高い神経回路研究が行われています。
しかしながら、パッチクランプ記録法はガラス電極を小さなニューロンにアプローチさせるという実験技術者の繊細な手技が必要となります。ガラス電極には可視光領域に蛍光がなく、蛍光標識されたニューロンと同時に眼でとらえることができません。これにより記録の成功率が著しく低下していました。これまで、ガラス電極に蛍光色素を塗布するという試みがなされてきましたが、電極の汚染やスループット面などの問題でほとんど実用化されていない現状がありました。

研究方法と発見の内容

同研究グループは、パッチクランプ記録に使うガラスそのものに蛍光を付与することで、これらの問題を解決しました。希土類イオンの一つである酸化テルビウム(Tb3+)は緑色蛍光を発する特性を持っています。この蛍光がGFPと同じ波長帯であることに注目しました。Tb3+を添加したガラスも同様の蛍光特性を持っていました。このTb3+添加ガラスから作った電極で以下のようなシングルセル解析や標的パッチクランプ記録へ応用しました(図1)。

図1

図1 Tb3+添加パッチクランプ電極の開発
(A) Tb3+のエネルギー準位。488 nmの光によって7F6から5D4への電子遷移が起こり、この励起状態から基底状態への遷移で543 nmの発光を伴う。(B)Tb3+添加ガラスの励起発光スペクトル。543 nm の蛍光波長測定に対し、励起スペクトルは486 nmにピークが見られた。また、488 nmの励起波長に対し、蛍光スペクトルは542 nm にピークが見られた。(C)従来ガラスキャピラリーとTb3+添加ガラスキャピラリーの写真。(D)顕微鏡の明視野および蛍光視野で観察した際のTb3+添加パッチクランプ電極の先端。
1)Tb3+電極でシングルセル遺伝子導入
遺伝子導入の一つであるエレクトロポレーション法(注2)は、ガラス電極を用いることで単一細胞に対して限定的に行うことができます。この手法ではパッチクランプ記録と同様、蛍光標識された細胞をガラス電極で狙ってアプローチする必要があります。そこで、Tb3+電極内部にプラスミドを充填し、GFP標識された培養ニューロンへエレクトロポレーションを行いました。2日後、同じニューロンから導入したプラスミド由来の赤色蛍光シグナルがみられました。これにより、Tb3+電極が遺伝子導入に応用できることが示されました。

2)Tb3+電極でシングルセルRNAシーケンス解析(注3)
RNAシーケンスは遺伝子発現量の解析に用いられている手法です。ある特定のニューロンの遺伝子発現を解析したい場合、ガラス電極を使って細胞内部からRNAを採取する方法があります。そこで、Tb3+電極を用いてGFP発現したインターニューロンからRNA採取をし、シーケンス解析を行いました。この解析結果から、Tb3+電極がシングルセルRNAシーケンス解析にも応用できることがわかりました。

3)Tb3+電極で生体外パッチクランプ記録
脳組織を頭蓋から取り出し、培養や脳切片などの実験しやすい形にしたものを生体外標本といいます。標的パッチクランプ記録は生体外標本で広く行われています。そこで、培養ニューロンへパッチクランプ記録を行いました(図2A)。ニューロンの発火や微小なシナプス活動も従来のガラス電極と同様に測定することができ、Tb3+添加による電気記録への影響はないことがわかりました。
標的パッチクランプ法は細胞体だけでなく、より微小な神経線維を対象とする場合にも用いられます。例えば樹状突起の活動を記録するには、同じニューロンの細胞体での応答を同時に記録しておく必要があり、そのために前もって蛍光色素で標識しておかなければなりません。そこで、Tb3+電極を用いて樹状突起からの記録を行うにあたり、まず細胞体に通常の電極でパッチクランプを施し、内部に緑色蛍光色素を充填しました。その記録を保持したまま、蛍光色素の行きわたった樹状突起を標的とし、Tb3+電極を接近させてパッチクランプ記録をしました(図2B)。Tb3+電極での樹状突起パッチパッチクランプ記録では、細胞体で誘導した発火のバックプロパゲーションが確認されました(図2B右下)。以上のことから、Tb3+電極は蛍光標識された細胞および神経線維を標的とした生体外パッチクランプ記録にも有用であると示されました。

4)Tb3+電極で生体マウス脳へのパッチクランプ記録
生体マウスでも標的パッチクランプ記録法は行われていますが、その際には脳の表面から深い位置にあるニューロンを狙うため、脳深部の観察に適した多光子顕微鏡(注4)が併用されています。特に多光子顕微鏡下では、生体外手法と比べ明視野の手がかりがなく、ガラス電極を蛍光標識する意義は大きいと言えます。しかしながら、走査型多光子顕微鏡ではTb3+電極の蛍光を観察できませんでした。その代わりに、別の波長帯に強いシグナルを見出し、これが第三高調波発生(THG;注5)であることがわかりました。このTHGシグナルを手がかりにして、生体マウス脳の内部でも蛍光標識細胞とTb3+電極が確認できました(図2C)。以上のことから、Tb3+電極は、多光子走査型顕微鏡では蛍光とは別のシグナルであるTHGを手がかりとして生体脳の標的パッチクランプにも応用できることがわかりました。

図2

図2 標的パッチクランプ記録への応用
(A)初代培養した海馬神経細胞にGFPを発現させ、緑色蛍光を手掛かりとしてTb3+電極でパッチクランプ記録を行った。パッチクランプの過程であるギガシール形成では細胞膜は破られておらず、電極内部に充填した赤色蛍光色素Alexa594は電極内にとどまっている(上)。細胞膜を破りホールセル記録になると、標的細胞の内部に色素が行きわたった(下)。(B)従来使用しているガラス電極に緑色蛍光色素Alexa488を内部充填し、大脳皮質第5層の錐体細胞の細胞体でパッチクランプ記録をした。この記録を維持することで、蛍光色素が樹状突起まで浸透した(左)。そうして標識された樹状突起へTb3+電極でアプローチした。樹状突起でのパッチクランプ記録によりTb3+電極に充填されたAlexa594が樹状突起内部に浸透した(右上)。細胞体発火(黒)のバックプロパゲーションを樹状突起(緑)で測定し、同じ細胞で二つの記録が成立していることを確認した(右下)。(C)生体マウス大脳皮質第2/3層で赤色蛍光tdTomatoを発現した細胞にTb3+電極をアプローチした。1040 nmレーザーでtdTomatoを二光子励起させた(赤)。これと同時に1300 nmレーザーでTb3+電極のTHGシグナルを確認した(緑)。
以上のように本研究では、ガラスにTb3+を添加することで、緑色蛍光を持ったパッチクランプ電極を開発しました。このTb3+電極は、生体外および生体脳へのパッチクランプのどちらにおいても標的ニューロンと同時に先端を確認できることから、標的パッチクランプ記録の有益なツールとなることを示しました。

今後の展開

本研究成果は、「難しい標的パッチクランプ記録をもっと簡単にしたい」という目的で開発しました。生物学は手先が器用でなければできないような課題が多く、特にパッチクランプ記録といった生理学研究では“職人芸”のような技術が求められることもあります。図2Bの樹状突起記録はある意味で、そうした“職人芸”の一つです。しかし、一部の人にしか使えない技術が残ったままであるのは、研究の発展にとってあまり好ましいことではありません。
このTb3+電極が広く普及すれば、標的パッチクランプ記録への技術的なハードルが下がり、電気生理学研究への発展につながると期待されます。現在、Tb3+添加キャピラリーの商品化を計画中です。次はこのTb3+電極のコストダウンを課題として取り組んでいきます。
<本研究の主な助成事業>
戦略的創造研究推進事業(ERATO JPMJER1801)、科学研究費補助金(18H05525; 19H05307)、国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(RGP0019/2016).

<本研究の共同研究機関>
本研究ではAGC(株)と共同でTb3+添加電極を開発しました。また、一部のデータ取得は東京大学大学院医学系研究科、東京大学大学院理学系研究科と共同で行いました。

発表雑誌

雑誌:Science Advances(1月6日オンライン版)
題目:Tb3+-doped fluorescent glass for biology
著者:Okamoto, K., Ebina, T., Fujii, N., Konishi, K., Sato, Y., Kashima, T., Nakano, R., Hioki, H., Takeuchi, H., Yumoto, J., Matsuzaki, M., Ikegaya, Y. (岡本 和樹、蝦名 鉄平、藤井 直樹、小西 邦昭、佐藤 由宇、鹿島 哲彦、中野 利沙子、日置 寛之、竹内 春樹、湯本 潤司、松崎 政紀、池谷 裕二)
DOI: 10.1126/sciadv.abd2529

用語解説

注1 パッチクランプ記録法
細胞膜に細いガラス電極を当てることで、その細胞の電気活動を操作かつ記録する実験手法。ここではパッチクランプ記録法の一つであるホールセル記録のことを言う。

注2 エレクトロポレーション法
電気刺激によって細胞膜に穴をあけ、プラスミド等を細胞内部に侵入させる方法。細いガラス電極を用いると、電極先端の近くにある細胞だけに遺伝子導入が可能となる。

注3 RNAシーケンス解析
シーケンサーを用いた遺伝子発現量の定量方法。近年では単一細胞の特徴を調べるためにシングルセルRNAシーケンスの重要性が高まっている。

注4 多光子顕微鏡
超短パルスレーザーの効果で、複数の光子が同時に吸収される現象を用いた顕微鏡。脳組織の深部の観察がしやすく、生体脳の研究に使われている。

注5 第三高調波(THG)
三つの光子が同時に起こす非線形光学現象の一つ。自然界では起こりにくい現象だが、多光子顕微鏡では観察できることがある。

SDGs