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2020.06.25 (THU)

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兄弟、同世代のドナーが便移植療法の長期治療効果を高める

~ 個別化腸内細菌療法の確立に向けて ~

順天堂大学大学院医学研究科消化器内科学の永原章仁 教授、石川大 准教授らの研究グループは、2014年7月より開始した臨床研究「潰瘍性大腸炎に対する抗生剤併用便移植療法*1」の長期経過を検証した結果、潰瘍性大腸炎患者と便提供者(ドナー)との関係が治療効果と関連することを明らかにしました。本研究により、患者と便ドナーの関係が①兄弟姉妹であること、②年齢差が10歳以内(同世代)であることが便移植療法の長期治療効果を高めることがわかりました。本成果は効果的な個別化腸内細菌療法確立への可能性を示しました。本研究結果は、国際医学誌「Journal of Clinical Medicine」電子版で発表されました。

プレスリリース

本研究成果のポイント
  • 抗生剤併用便移植療法の長期治療効果を検証
  • 患者とドナーの関係が兄弟または同世代(年齢差10歳以内)であると便移植の長期治療効果が高い
  • 患者ごとにドナーを選択する個別化腸内細菌療法の確立につながる成果
研究グループからのコメント

今回の研究では、研究グループが提唱する「新規腸内細菌療法」において、ドナーと患者との相性が重要であることが明確になりました。今後は、カプセル、注腸法を用いた移植方法や、腸内細菌を活性化する素材や手法との併用などを検討し、より簡便で効果の高い治療法の確立を目指していきます。

(写真:左から野村慧 先生、岡原昂輝 先生、石川大 先生、芳賀慶一 先生)

研究グループ

背景

難病指定疾患である潰瘍性大腸炎は、国内において患者数が増加の一途を辿る「増悪、寛解を繰り返す、治癒法がない疾患」と言われています。近年では新規薬物療法の登場で治療効果は飛躍的に向上したものの、長期予後については不透明であり、副作用の少ない根本的治療が望まれています。また、腸内細菌叢*2の乱れが潰瘍性大腸炎の発症や増悪の要因の一つであることが明らかになってきています。
便移植療法は健康な方の腸内細菌叢を用いて患者の腸内環境を改善する方法であり、感染性腸炎に高い奏功率を示したことが報告され、欧米では実用化されています。潰瘍性大腸炎についても副作用の少ない治療法として注目されています。研究グループは便移植を行う前に抗生剤3種類(AFM:アモキシシリン、ホスミシン、メトロニダゾール)を投与する「抗生剤併用便移植療法(Antibiotic FMT: A-FMT療法)」 を提唱し、2014年7月から臨床研究として開始しました。そして便移植の治療効果に有効菌種(バクテロイデス種)が関連し、便移植をすることでドナーの腸内細菌が効率的に移植され、腸内細菌の多様度が回復することを証明してきました。本研究では、さらに長期の治療効果を高めることを目的に、長期経過における患者とドナーの関係と治療効果の関連について検証を行いました。

内容

本臨床研究は、2014年から2017年の約2年半にわたり、92例の潰瘍性大腸炎の患者さんを対象に行われ、患者自身が抗菌剤併用便移植療法(A-FMT療法)または抗菌剤療法単独(AFM療法)を選択しました。便移植は、配偶者または親族のドナーの新鮮便から腸内細菌溶液を作成し、大腸内視鏡を用いて盲腸に1回投与しました。A-FMT療法(55例)、AFM療法(37例)の治療を実施し、治療後4週間の経過においてはA-FMT療法群では56.3%(治療を完遂した症例に限ると65.9%)に有効性を認めました。一方、AFM療法群では48.6%(56.2%)であり、抗生剤併用便移植の治療効果がより高いことが明らかになりました。
さらに、治療効果を認めた患者に対し治療後2年間の経過では、A-FMT療法群の方が、AFM療法群に比べて長期に治療効果が保たれ、再燃(症状が悪化すること)しづらいことが明らかとなりました。腸内細菌叢解析では、抗生剤と便移植を併用することで、腸内細菌の移植がより効率的に達成できており、長期間にわたってドナーの腸内細菌叢が安定化(特にバクテロイデス種が定着)することが明らかになりました。(図1)

図1

図1: 抗生剤併用便移植療法(A-FMT療法 )症例の内視鏡像と腸内細菌叢変化
(上図) 30歳男性、全大腸型、重症潰瘍性大腸炎の患者さんの内視鏡像[上(盲腸)、下(S状結腸)]です。ドナー便は3歳年下の弟から提供を受けました。内視鏡像では治療後2カ月で潰瘍は治癒してきており、2年間の寛解維持を達成できたことがわかります。
(下図) 腸内細菌叢解析(各色はそれぞれの菌種が占める割合を示す)では、治療前の患者さんの腸内細菌叢は非常に偏り、多様度が低下していましたが、抗菌剤併用便移植療法2週間後にはドナーの腸内細菌叢が効率よく移植され、その後2年間維持できていることがわかります。
さらに、患者とドナーとの関係を解析したところ、①兄弟間移植であること、②患者とドナーの年齢差が10歳以内(同世代)であることが、長期間の治療効果を高く維持していることが明らかになりました(図2)。
以上の結果より、兄弟の腸内細菌叢は患者の疾患発症前の健康な状態に近いと考えられ、患者にとって理想的な腸内細菌叢である可能性があります。また、年齢層により安定する腸内細菌の種類が異なっているため、年齢差が大きな場合に腸内細菌の長期の定着がうまくいかないことが予想されました。

図2

図2: ドナーと患者の関係と長期経過

抗生剤併用便移植療法(A-FMT療法)で効果のあった30症例に対し、24カ月間の観察を行いました。再燃(症状が悪化)せず安定していた割合を提示したものです。(左図①)兄弟間の移植が親子間移植に比べて有意に長期間にわたり症状が安定している。(右図②)ドナーと患者さんの年齢差が10歳以内であると11歳以上年齢差がある移植に比べて有意に長期間にわたり症状が安定していることがわかりました。

今後の展開

A-FMT療法は、抗生剤投与により細菌量を減らした腸内に健康な腸内細菌叢を移植する治療法であり、本研究により、ドナーと患者との相性が重要であることが明確になりました。この新知見は患者に合わせた個別化腸内細菌療法の発展につながると考えます。効果的な腸内細菌療法の確立は潰瘍性大腸炎に限らず、腸内環境の異常が関与する疾患(アレルギー疾患、うつ病、自閉症、代謝疾患)に対して大きく寄与できると期待しています。今後は、免疫と腸内細菌叢の相互関係メカニズムの解析を進め、カプセルを用いた簡易的な移植方法や腸内細菌を活性化する方法との併用法なども検討していきます。

用語解説

*1 抗生剤併用便移植療法:
抗生剤併用便移植療法(A-FMT療法)は①~③の3つのステップからなります。①乱れた腸内細菌叢の状態:腸内細菌のバランスが乱れ、多様度が低下しています。②抗生剤の服用で腸内細菌叢をリセット:抗生剤3種の服用(AFM療法)により腸内細菌量を極限まで減らし、乱れた腸内細菌叢をクリアにします。③内視鏡による便移植:ドナー便から生成した溶液(腸内細菌)の注入により、バランスのとれた腸内細菌叢の構築を図ります。

抗生剤併用便移植療法
*2 腸内細菌叢:
ヒトの腸管には約1,000種、数40兆個以上の腸内細菌が生息しており、その細菌の集団を腸内細菌叢(腸内フローラ)と言います。近年、腸内細菌叢全体の遺伝子組成や機能特性が解明されつつあり、腸内細菌の研究は著しい発展を遂げています。腸内細菌研究が進む中、腸内細菌叢の乱れが炎症性腸疾患や過敏性腸症候群といった消化器疾患だけでなく、肥満や糖尿病などの代謝性疾患、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患、自閉症やうつなどの精神疾患といった様々な疾患に関与していることが明らかになってきています。

原著論文

本研究はJournal of Clinical Medicine誌のオンライン版で(2020年5月31日付)公開されました。
原著論文タイトル: Matching between Donors and Ulcerative Colitis Patients Is Important for Long-Term Maintenance after Fecal Microbiota Transplantation
タイトル(日本語訳):ドナーと患者のマッチングが潰瘍性大腸炎の長期治療効果に重要
著者: Koki Okahara, Dai Ishikawa* , Kei Nomura , Shoko Ito, Keiichi Haga, Masahito Takahashi, Tomoyoshi Shibuya, Taro Osada and Akihito Nagahara
著者(日本語表記):岡原昂輝、石川大*、野村慧、伊藤翔子、芳賀慶一、高橋正倫、澁谷智義、長田太郎、 永原章仁 (*責任著者)
著者所属: 順天堂大学消化器内科学講座
DOI: 10.3390/jcm9061650
リンク先:https://www.mdpi.com/2077-0383/9/6/1650
本研究はJSPS科学研究費基盤研究C(JP16K09328)の助成、協和キリン株式会社の共同研究費を受け実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。

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