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2022.05.26 (THU)

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順天堂医院の医療従事者を対象に新型コロナウイルス抗体検査を実施

~ ワクチン接種後の抗体産生量の個人差と時間変化を特定 ~

概要

順天堂大学医学部附属順天堂医院臨床検査部の井川ジーン 技師、田部陽子 教授、順天堂大学安全衛生管理室 内藤俊夫 教授らは、医療従事者を含む順天堂大学本郷・お茶の水キャンパスのワクチン2回接種を完了した職員2,202人を対象に、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)抗体検査を実施しました。その結果、新型コロナウイルスに対する中和抗体が産生された指標となるS抗体がほぼ全例で認められたものの、その産生量や減少の程度に年齢や性別で差があることが明らかになりました。一方、新型コロナウイルス感染既往の指標となる抗体(N抗体)の陽性率は 2020年より上昇(0.34% → 1.59%)していましたが、神戸市の一般住民対象の抗体陽性率の調査結果とほぼ同じレベルでした。また、昨年の報告結果(Fukuda H. Scientific Reports 2021)と同様に、感染リスクが高い医療従事者とその他の職員の間でN抗体の陽性率に差は認められませんでした。
この結果は、適切なシステムの下で十分な感染防御対策を行っていれば、新型コロナウイルス診療の最前線で活動している医療従事者の感染リスクは一般人と同等であることを示しました。本研究結果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版で公開されました。
本研究成果のポイント
  • 順天堂医院の医療従事者を対象にワクチン2回接種後の新型コロナウイルス抗体検査を実施した
  • ワクチン2回接種後の中和抗体産生の指標となるS抗体の産生量は年齢や性別で異なった
  • 感染の既往の指標となるN抗体陽性率は、順天堂医院の医療従事者と地域住民の間に差異がなかった

背景

新型コロナウイルス感染症に対するワクチン接種が進み、ワクチン接種後にウイルスに対する中和抗体がどの程度産生されるかを知ることは感染予防に重要です。年齢や性別が抗体の産生に与える影響や副反応の程度などが既に報告されていますが、未だ十分な情報は得られていません。加えて、症状を伴う感染だけでなく無症状の感染も拡大していると考えられ、感染の既往を示す抗体の陽性率を知ることも大切です。そこで本研究では、ワクチン2回接種で抗体がどの程度産生されるか、前年と比較してどの程度の感染の既往者が増加するかを調べることを目的に、順天堂大学本郷・お茶の水キャンパス職員健診受診者を対象にSARS-CoV-2抗体検査を行いました。

内容

順天堂大学 本郷・お茶の水キャンパスの職員健診(2021年6月)を受診したmRNAワクチン(ファイザー社)2回接種済の2,202人(医師671人、看護師878人、検査技師179人、その他の医療従事者198人、事務職員244人、研究者23人、その他9人)を対象に新型コロナウイルスの抗体検査を実施しました。本研究の実施に際しては、順天堂大学医学部研究等倫理委員会の承認を得て、抗体検査研究に関する情報を公開し研究参加を拒否できる機会を保障しました。測定した抗体は、新型コロナウイルス感染既往の指標となるヌクレオカプシドタンパク質*1に対する抗体(N抗体)と中和抗体の産生指標となるスパイクタンパク質*2に対する抗体(S抗体)の2種類で、それぞれElecsys???? Anti-SARS-CoV-2(N抗体、ロシュ社)および Elecsys???? Anti-SARS-CoV-2 S(S抗体、ロシュ社)を用いて陽性率を調べました。
抗体検査対象者の男女比は男性33.7%、女性66.3%でした。抗体検査を行った2,202人のうち、感染の既往を示すN抗体陽性者は35人で、その陽性率は1.59%であり2020年(0.34%)より上昇していましたが、新型コロナウイルスへの曝露リスクが高い医療従事者と曝露リスクが低い環境で勤務している職員との間では、N抗体陽性率に有意な差は認められませんでした。このN抗体陽性率は同時期に神戸市で実施された一般住民を対象とした調査結果(2.1%)やアジアの国々の医療従事者の陽性率(0-3.8%)と同等でした。
一方で、新型コロナウイルスに対する中和抗体の産生を示唆するS抗体は、ワクチン2回接種者ほぼ全例で陽性となりました。S抗体の産生量は女性が男性よりも多く(図1)、高齢者で経時的な低下傾向が大きい結果となりました(図2)。また、新型コロナウイルス感染症の無症状既往者(新型コロナウイルス感染症と診断されたことがないN抗体陽性)のS抗体産生量は、有症状既往者(過去に新型コロナウイルス感染症と診断された)とほぼ同等で、感染既往のない人(N抗体陰性)と比べて、有意に多い結果でした。さらに、ワクチン接種後のアンケート結果より、ワクチンの副反応が生じる頻度は女性の方が男性よりも高く、副反応が強い人はS抗体産生量が多い結果となりました。ただし、副反応の程度は主観的なものであり、それがS抗体の産生量に影響を与えるかどうかは、更なる調査研究が必要であると考えられます。 

画像1

図1 男女別のS抗体産生量
男性よりも女性の方がS抗体産生量が有意に多い(**: p <0.001)

画像2

図2 年齢別のS抗体の経過日数ごとの推移
高齢者でS抗体の産生量が低く、低下傾向が大きい
以上は、日本の医療従事者におけるワクチン2回接種前後の抗体陽性率に関する最大規模の研究であり、医療従事者への新型コロナウイルス感染を制御するための感染対策の有効性と必要性を示すものです。
安全安心な医療を提供するために、医療従事者の適切で確実な感染防御対策を継続することが大切であると考えられます。

今後の展開

新型コロナウイルスワクチン接種が進んだ結果、抗体検査は、感染の既往を調べる役割からウイルスに対する中和抗体をどの程度獲得しているかを調べることに移行しています。ワクチンのブースター接種が進む中、新型コロナウイルスに対する中和抗体がワクチン接種後にどの程度の期間維持されるかなど、不明な部分が多く残されています。
今後は、年齢や性別などの要素が、どのように中和抗体の産生や減少に影響するかを詳細に解析し、ブースター接種の意義や測定された抗体量と感染予防効果の関連について調査研究を推進していきたいと考えています。

用語解説

*1 ヌクレオカプシドタンパク質(Nタンパク質): コロナウイルスを構成するタンパク質のひとつ。Nタンパク質に対する抗体(N抗体)は、新型コロナウイルス感染後に産生されるが、ワクチン接種をしてもN抗体は産生されない。

*2 スパイクタンパク質(Sタンパク質): コロナウイルスを構成するタンパク質のひとつ。Sタンパク質に対する抗体(S抗体)は、新型コロナウイルス感染後に産生される他、ワクチン接種後にも産生される。

原著論文

本研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版(2022年5月24日付)で発表されました。
論文タイトル:Antibody Response and Seroprevalence in Healthcare Workers after the BNT162b2 Vaccination in a University Hospital at Tokyo
日本語訳:東京の大学病院おける医療従事者の新型コロナウイルスワクチン接種後の抗体陽性率
著者:Gene Igawa1, Tomohiko Ai2, Takamasa Yamamoto1, Kanami Ito3, Shuko Nojiri4, Kaori Saito2, Mitsuru Wakita1, Hiroshi Fukuda3,5, Satoshi Hori6,7,8, Shigeki Misawa1, Takashi Miida2, Kuniaki Seyama3,5, Kazuhisa Takahashi6,9, Yoko Tabe2,9, Toshio Naito3,5,9
著者(日本語表記):井川 ジーン1, 藍 智彦2, 山本 剛正, 伊藤 佳奈美3, 野尻 宗子4, 齋藤 香里2, 脇田 満1, 福田 洋3,5, 堀 賢6,7,8, 三澤 成毅1, 三井田 孝2, 瀬山 邦明3,5, 髙橋 和久6,9, 田部 陽子2,9,内藤 俊夫3,5,9
所属:1)順天堂医院臨床検査部, 2)順天堂大学大学院医学研究科臨床病態検査医学, 3) 順天堂大学安全衛生管理室, 4)順天堂大学革新的医療技術開発研究センター, 5)順天堂大学大学院医学研究科総合診療科学, 6)順天堂大学大学院医学研究科呼吸器内科学, 7)順天堂医院感染対策室, 8)順天堂大学大学院医学研究科感染制御科学, 9)順天堂大学大学院医学研究科バイオリソースバンク活用研究支援講座
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-022-12809-x 
本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。