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MRIによるアルツハイマー病患者の脳クリアランスシステムの解明

~アルツハイマー病の新たな予防法・治療法につながる可能性~

順天堂大学医学研究科放射線診断学の鎌形 康司 准教授、高林 海斗 研究員、青木 茂樹 教授、及び順天堂大学健康データサイエンス学部開設準備室のアンディカ・クリスティナ 特任助教らの研究グループは脳MRIによって、アルツハイマー病患者における脳内アミロイドベータ*1沈着と認知機能障害に脳クリアランスシステムの機能不全が関与していることを明らかにしました。米国のAlzheimer‘s Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)が公開するMRIデータをもとに、脳クリアランスシステムの間接的な指標(血管周囲腔*2体積、脳間質自由水量*3、血管周囲腔に沿った水の拡散率*4)の評価を行ったところ、アルツハイマー病患者では血管周囲腔体積、脳間質液量が多く、血管周囲腔に沿った水の拡散率が低いことが分かりました。さらに、これらのMRI指標は脳脊髄液中のアミロイドベータ量や認知機能障害と有意な関連があることがわかりました。本研究の成果は、MRIを使用して非侵襲的に脳クリアランスシステムの評価が可能であることを示すともに、クリアランスシステム機能の改善がアルツハイマー病患者の新たな予防法・治療法となる可能性を示しています。本論文は米国神経科学アカデミーの医学雑誌であるNeurology誌オンライン版に2022年9月19日に公開されました。
本研究成果のポイント
  • MRIを用いて非侵襲的に脳のクリアランスシステムを評価
  • 脳クリアランスシステムと脳内アミロイドベータ沈着及び認知機能障害との関連が明らかに
  • アルツハイマー病の新たな予防法・治療法につながる可能性

背景

これまで脳内には老廃物を排出するためのリンパ機能を担う構造が存在しないとされてきました。しかし近年、グリンパティックシステム*5という脳内の老廃物(アミロイドベータやタウ蛋白質など)の排泄の働きを担うクリアランスシステムが提唱され、アルツハイマー病をはじめとする様々な脳疾患の発症に関わることが報告され注目が集まっています(図1)。従来、グリンパティックシステム機能の評価には造影剤や放射性物質の体内投与が必要で、痛みや被曝を伴うなど侵襲性の高さが問題でしたが、近年、MRIを使って非侵襲的にグリンパティックシステムに関連する血管周囲腔や脳間質液の状態を評価できる手法が開発されました。
本研究では、近年開発されたMRI解析手法を用いて、アルツハイマー病患者におけるグリンパティックシステムの機能変化を明らかにすることを目的として、最新の3テスラMRIを用いてグリンパティックシステムに関連したMRI指標(血管周囲腔体積、脳間質自由水量、血管周囲腔に沿った水の拡散率)のアルツハイマー病患者と健常者の違いについて比較を行うとともに、脳内のアミロイドベータ沈着、認知機能障害との関連を検討しました。

図1

図1:正常及び病的な状態における脳のクリアランスシステムの変化
脳脊髄液が脳表くも膜下腔から動脈周囲に沿って脳内に流入し、アクアポリン4チャネルを通って細胞外腔に入り、間質液と混合します。その後、静脈周囲に沿って再び脳表くも膜下腔に戻ります。この過程で脳内の老廃物が洗い流され、これらのクリアランスシステムをグリンパティックシステムと言います。
正常な状態ではグリンパティックシステムが正しく機能し、脳内の老廃物が排出されています。一方、病的な状態では、血管周囲腔の拡大、脳間質の水の貯留、血管周囲の流れのうっ滞が引き起こされ、くも膜下腔からの脳脊髄液の流れが滞るため、老廃物が脳内から排出されにくくなり、異常な蓄積につながります。

内容

本研究では、米国のAlzheimer‘s Disease Neuroimaging Initiative(ADNI)が公開するMRIデータをもとに、アルツハイマー病患者36名と軽度認知障害患者46名、健常者31名を対象として、血管周囲腔体積、脳間質液量、血管周囲腔に沿った水の拡散率を比較しました。また、これらのMRI指標と脳脊髄液中のアミロイドベータ量(脳内のアミロイドベータ沈着を反映する)及び認知機能との関連についても解析しました。
その結果、アルツハイマー病患者では、健常者に比べて、血管周囲腔体積、脳間質自由水量が多く、血管周囲腔に沿った水の拡散率が小さいことがわかりました(図2)。血管周囲腔は脳の老廃物を流す通路であり、これらの結果は脳内の老廃物を洗い流すための脳脊髄液の流れが滞っていることを示しており、アルツハイマー病患者ではグリンパティックシステムの機能が低下していることを示しています(図2A)。さらに、アルツハイマー病患者において、グリンパティックシステムの機能が低下するほど、脳内アミロイドベータの沈着が増加し、認知機能が低下していることがわかりました(図2B)。いずれもアルツハイマー病の発症の原因とされるアミロイドベータの脳内沈着や、アルツハイマー病患者で問題となる認知機能障害の根底にグリンパティックシステムの機能低下が関与している可能性を示しています。

図2

図2:本研究で明らかとなったアルツハイマー病の脳クリアランスシステム機能の変化と脳脊髄液中アミロイドベータ量及び認知機能との関連
(A)アルツハイマー病患者では、健常者に比べて、血管周囲腔体積が大きく、脳間質自由水量が多く、血管周囲腔に沿った水の拡散率が低くなっていました。これらの結果は、アルツハイマー病患者において脳のクリアランスシステムであるグリンパティックシステムの機能が低下していることを示しています。
(B)アルツハイマー病患者において、クリアランス機能が低いほど、脳脊髄液中のアミロイドベータ量が減少し、認知機能が低下していることがわかりました。脳脊髄液中のアミロイドベータの減少は、脳脊髄液によってアミロイドベータが洗い流されず、脳内への沈着が増加していることを示しています。そのため、アルツハイマー病で生じるアミロイドベータの沈着や認知機能障害の原因にクリアランスシステムの低下が関与している可能性があります。
以上の結果から、MRIを用いて非侵襲的にグリンパティックシステムの機能を評価できること、アルツハイマー病患者ではグリンパティックシステムの機能が低下し、脳内アミロイドベータ沈着と認知機能の低下との関連があることが明らかとなリました。アルツハイマー病の新たな予防法・治療法として、グリンパティックシステムの改善・促進が有効である可能性があります。

今後の展開

本研究によって、アルツハイマー病患者ではグリンパティックシステムの機能が低下し、脳内アミロイドベータの沈着、認知機能障害と関連があることが明らかとなりました。この成果により、これらのMRI指標が非侵襲的なグリンパティックシステムの評価手法として有用である可能性が示されました。一方で、アルツハイマー病におけるグリンパティックシステムの機能低下が脳内アミロイドベータの沈着を引き起こすのか、アミロイドベータの沈着による影響でグリンパティックシステムの機能が低下するのかについてはまだわかっていないため、今後さらに縦断的なアプローチによって明らかにしていく必要があります。また、他の脳疾患についても同様の検討を行うことによって種々の脳疾患における新たな予防法・治療法の開発及び病態解明の推進が期待されます。

用語解説

*1 アミロイドベータ:脳内で生成されるタンパク質の1種。通常は脳内で分解・排出されるが、何らかの原因で脳内に蓄積するとアルツハイマー病を引き起こすとされている。
*2 血管周囲腔:脳と血管の間の空間。脳脊髄液や血液成分などの水分で満たされており、萎縮や加齢などで水分が鬱滞すると拡大する。血管周囲腔の拡大は正常変異でもあるが、脳疾患の発症とも関連が深いとされる。
*3 脳間質自由水: 脳細胞間隙を満たしている脳脊髄液や脳間質液。外傷や萎縮、炎症などで増加するが、通常は脳外へ排出される。
*4 血管周囲腔に沿った水の拡散率: 主に静脈周囲腔を流れる水分子の拡散のしやすさを指す。この拡散率が大きいほど脳内からの脳脊髄液の流出が正しく行われていることを示す。
*5 グリンパティックシステム:脳脊髄液が脳表クモ膜下腔から動脈周囲に沿って脳内に進入し、アストロサイト足突起表面のアクアポリン4チャネル依存性に脳細胞外腔に入り間質液と混合された後、静脈周囲腔に入り、脳表クモ膜下腔に戻る。その後一部はリンパ管へと排泄されるという仮説。

原著論文

本研究は米国神経科学アカデミーの医学雑誌であるNeurology誌のオンライン版で(2022年9月19日付)公開されました。
タイトル: Association of MRI indices of glymphatic system with amyloid β deposition and cognition in mild cognitive impairment and Alzheimer’s disease
タイトル(日本語訳):MCI及びADにおけるアミロイド蓄積・認知機能とグリンパティックシステムMRI指標との関連
著者: Koji Kamagata*, Christina Andica*, Kaito Takabayashi, Yuya Saito, Toshiaki Taoka, Hayato Nozaki, Junko Kikuta, Shohei Fujita, Akifumi Hagiwara, Kouhei Kamiya, Akihiko Wada, Toshiaki Akashi, Katsuhiro Sano, Mitsuo Nishizawa, Masaaki Hori, Shinji Naganawa, Shigeki Aoki *These authors contributed equally to the manuscript.
著者(日本語表記): 鎌形康司*,1), アンディカクリスティナ*,2), 高林海斗1), 斎藤勇哉1), 田岡俊昭3), 野崎隼杜1), 菊田潤子1), 藤田翔平1), 萩原彰文1), 神谷昴平4), 和田昭彦1), 明石敏昭1), 佐野勝廣1), 西澤光生1), 堀正明4), 長縄慎二5), 青木茂樹1) *共同第一著者
著者所属: 1)順天堂大学大学院医学研究科放射線診断学, 2)順天堂大学健康データサイエンス学部開設準備室, 3)名古屋大学大学院医学系研究科革新的生体可視化技術開発産学協同研究講座, 4)東邦大学医療センター大森病院放射線科, 5)名古屋大学大学院医学系研究科総合医学専攻高次医用科学講座量子医学分野
DOI: https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000201300
本研究はJSPS科研費JP16H06280, JP18H02772, 19K17244および文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業、順天堂研究ブランディング事業、AMED Brain/MINDS BeyondプログラムJP19dm0307101, JP21wm0425006の支援を受け実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。