JUNTENDO News&Events ニュース&イベント

2022.12.26 (MON)

  • 研究活動
  • メディアの方へ
  • 企業・研究者の方へ
  • 医学研究科

食事パターンを決めるのはお酒の強さか?飲酒量か?

~ 高齢者を対象とした文京ヘルススタディーで明らかに ~

順天堂大学大学院医学研究科スポーツ医学・スポートロジーの杉本真理 大学院生、田村好史先任准教授、河盛隆造 特任教授、代謝内分泌内科学 綿田裕孝 教授らの研究グループは、文京区在住高齢者1,612名を対象とした調査により、お酒の強さを決める遺伝子が食事パターンと関連すること、しかし実際の飲酒量によって食事パターンが再規定されていることを明らかにしました。

これまでアルコールへの耐性(お酒の強さ)を規定するアルデヒドデヒドロゲナーゼ2遺伝子多型 (ALDH2 rs671)*1 が飲酒量だけでなく、複数の食品の嗜好と関連があることは知られていましたが、食習慣をパターン化した食事パターン*2との関連は明らかになっておらず、本研究で初めて明らかになりました。
本研究の結果は、お酒の強さからその人のもつ食事パターンの予測が可能であることや、禁酒や節酒によって食事パターンに変化が生じる可能性があることを示唆しており、糖尿病のような疾患に対する個別化予防・個別化医療の観点からも有益な情報であると考えられます。本研究は「Nutrients」のオンライン版で公開されました。

本研究成果のポイント

  • 東京都文京区在住の高齢者1,612名を対象とした調査を実施。
  • お酒の強さを規定する遺伝子は食事パターンと関連していること、しかし実際には飲酒量によって食事パターンが規定されていることを明らかにした。
  • 禁酒や節酒により食事パターンが変化する可能性があることから、食事指導を行う場合には注意が必要であることが示唆された。

背景

食の嗜好性には個人差がありますが、生まれつき遺伝によって決まっている部分があることが知られています。例えば、アルコールへの耐性(お酒の強さ)を規定する遺伝子型として知られているALDH2遺伝子多型がお酒に弱いタイプだと、飲酒量や魚を食べる量が少なくなり、コーヒー、お茶、甘いものを摂る量が多くなります。その一方で、近年では、一つ一つの食品に対する嗜好性ではなく、様々な食品の習慣的な摂取を統計学的手法によりパターン化した「食事パターン」の把握が注目を集めています。例えば、前述のALDH2遺伝子多型の例で言えば、お酒に弱いタイプだと、「お酒や魚料理などをあまり食べず、食後にコーヒーや甘いものなどを食べる」といった、食事パターンを見出すことができる可能性があります。しかしながら、ALDH2遺伝子多型と食事パターンの関連はこれまで明らかになっていませんでした。そこで、本研究では、都市部在住高齢者を対象とした調査研究 Bunkyo Health Study(文京ヘルススタディー) *3において、ALDH2遺伝子多型と食事パターンの関連性を分析すると共に、実際の飲酒量によって食事パターンにどのような影響が生じるのかを調査しました。

内容

本研究では、東京都文京区在住高齢者のコホート研究“Bunkyo Health Study”に参加した65~84歳の高齢者1,612名(男性677名、女性935名)を対象に、簡易型自記式食事歴質問票(BDHQ:brief-type self-administered diet history questionnaire) *4による食事歴調査とALDH2遺伝子多型の測定を行いました。
食事歴を主成分分析*5を用いて分析したところ、男女ともに3つの食事パターンが見出されました。1つ目は、魚、野菜類、芋、大豆製品、果物の摂取が多く、白米の摂取が少ない「和食副菜型」、2つ目は、魚介類、大豆製品、飲酒量が多く、菓子類、紅茶、コーヒーの摂取が少ない和食アルコール型」、3つ目は、肉、麺類、飲酒量が多く、白米やみそ汁の摂取が少ない「洋食アルコール型」としました。
その後、参加者をお酒に強い遺伝子型(ALDH2 rs671G/G)を持つグループ(男性:371名、女性:520名)とその他の遺伝子型(ALDH2 rs671G/A またはA/A)を持つグループ(男性:306名、女性:415名)に分けて比較しました。その結果、男性では、お酒に強い遺伝子型を持つグループで、「和食副菜型」のスコアが有意に低く、「和食アルコール型」と「洋食アルコール型」のスコアが有意に高いことが明らかとなりました。女性では、お酒に強い遺伝子型を持つグループで、「和食アルコール型」と「洋食アルコール型」のスコアが有意に高いことが明らかとなりました。また、男女ともにお酒に強い遺伝子型を持つグループでは、脂質、炭水化物の摂取が有意に少なく、アルコールの摂取が有意に多いことが分かりました(図1)。このことから、お酒の強さが食事パターンと関連していることが示されました。

図1

図1:お酒の強さを規定する遺伝子型ごとの日本人男女の食事特性 
参加者をお酒に強い遺伝子型(ALDH2 rs671G/G)を持つグループ(男性:371名、女性:520名)とその他の遺伝子型(ALDH2 rs671G/A またはA/A)を持つグループ(男性:306名、女性:415名)に分けて食事特性を比較しました。その結果、男性では、お酒に強い遺伝子型を持つグループで、「和食副菜型」のスコアが有意に低く、「和食アルコール型」と「洋食アルコール型」のスコアが有意に高くなりました。女性では、お酒に強い遺伝子型を持つグループで、「和食アルコール型」と「洋食アルコール型」のスコアが有意に高くなりました。また、男女ともにお酒に強い遺伝子型を持つグループでは、脂質、炭水化物の摂取が有意に少なく、アルコールの摂取が有意に多くなりました。
次に、ALDH2遺伝子多型が各食事パターンスコアと独立して関連するかを重回帰分析により様々な因子(年齢、BMI(Body mass index)、身体活動量、教育年数、喫煙歴)で調整して解析したところ、男性ではALDH2遺伝子多型は「和食副菜型」「和食アルコール型」「洋食アルコール型」の3つ全ての食事パターンスコアと有意な関連を認めました。しかし、飲酒量を考慮した解析を行うと、「和食副菜型」「洋食アルコール型」のスコアとALDH2遺伝子多型の関連性は消失し、飲酒量のみがそれらの食事パターンと有意に関連していることがわかりました。その一方で「和食アルコール型」のスコアは飲酒量、ALDH2遺伝子多型のどちらとも有意に関連しました。女性では、「和食アルコール型」「洋食アルコール型」のスコアは、ALDH2遺伝子多型と有意な関連がありましたが、飲酒量を考慮した解析を行うと、ALDH2遺伝子多型の関連性は消失し、飲酒量がそれらの食事パターンと有意に関連していることがわかりました。
以上の結果から、ALDH2遺伝子多型と食事パターンが関連することが世界で初めて明らかとなりました。しかし、飲酒量を考慮した場合、ALDH2遺伝子多型とほとんどの食事パターンの関連は消失しました。このことは、ALDH2遺伝子多型と食事パターンの関連は、飲酒量が中間因子となって変化を生じさせる可能性を示唆しています(図2)。つまり、私達の食事パターンはお酒の強さを決める遺伝子によって決められているわけではなく、飲酒量によって変化すると捉えることができます。

図2

図2:お酒に強い遺伝子型が食事パターンと関連するメカニズム
今回の研究結果により、ALDH2遺伝子多型と食事パターンが関連することが明らかになりましたが、飲酒量を考慮した場合、ALDH2遺伝子多型とほとんどの食事パターンの関連が消失し、飲酒量が食事パターンとより関連することが明らかになりました。つまり、ALDH2遺伝子多型が直接食事パターンを決めているという訳ではなく、飲酒量がより直接的に食事パターンを決めていることが明らかになりました。

今後の展開

「お酒をやめたら、甘いものを多く食べるようになった。」ということを聞いたり経験したりしたことがある人もいるかもしれません。今回の研究によって、お酒の強さを決める遺伝子が食事パターンを直接決めているのではなく、飲酒量がより直接的に食事パターンを決めていることが示唆されました。つまり、健康のため禁酒や節酒をした場合に、それによって食事パターンが変化することで、予想とは違う結果につながる可能性があるということです。
今回の研究では飲酒量を中間因子としたALDH2遺伝子多型と食事パターンの関連が示唆されましたが、ALDH2遺伝子多型はいくつかの疾患との関連も明らかになっています。そのため、ALDH2遺伝子多型と疾患の関係も、飲酒量や食事パターンが媒介している可能性があり、今後さらなる研究を進めて明らかにする必要があります。本研究グループでは、今後も遺伝的影響と生活習慣の関連性を踏まえた個別化予防・医療の実現を目指していきます。

用語解説

*1 アルデヒドデヒドロゲナーゼ2 (ALDH2) 遺伝子多型 (rs671)
ヒトが飲酒するとアルコールは、アセトアルデヒドに分解された後、肝臓のALDH2を中心にして酢酸に分解されて無毒化されます。白人のほとんど(99%)は、ALDH2がお酒に強いタイプ(rs671G/G)ですが、日本人を含めアジア人では50%程度しかそのタイプがいません。そのため、アルコールが健康に与える影響は、病気や人種、さらには遺伝子のタイプによって異なることが示されてきています。自分のALDH2遺伝子型はエタノールパッチテストという方法で簡易的に知ることが出来ます。

*2 食事パターン
食事質問表から統計学的手法を用いて、集団の食習慣をパターン化したものです。栄養素や食品の複合的摂取効果を評価し、日常的な食生活の疾病リスクを予測することができます。

*3 Bunkyo Health Study (文京ヘルススタディー)
順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンターで行われている、東京都文京区在住の1,629名の高齢者を対象とした研究。認知機能・運動機能などが「いつから」「どのような人が」「なぜ」低下するのか、「どのように」早期の発見・予防が可能となるか、などを明らかにすることを目的としています。(参照:https://research-center.juntendo.ac.jp/sportology/research/bunkyo/

*4 簡易型自記式食事歴質問票(BDHQ: brief-type self-administered diet history questionnaire)
食物摂取頻度および食習慣を選択形式で回答するA4サイズ4ページの質問票で、過去1カ月間の58の食品及び飲料の平均摂取量を評価することができます。

*5 主成分分析
多数の項目を総合して、より少ない数の合成変数を作るための統計学的手法。食品・栄養素の潜在的な相乗効果を評価できることから、近年の栄養疫学において、食事パターンを導き出す手法として広く用いられています。

原著論文

本研究成果は「Nutrients」のオンライン版(2022年11月15日付)で公開されました。
英文タイトル:Association of ALDH2 Genotypes and Alcohol Intake with Dietary Patterns: The Bunkyo Health Study
タイトル(日本語訳):ALDH2遺伝子多型およびアルコール摂取と食事パターンの関連:文京ヘルススタディー
著者:Mari Sugimoto1, Hiroki Tabata2, Hideyoshi Kaga3, Yuki Someya2, Saori Kakehi1,2, Abulaiti Abudurezake 2, Hitoshi Naito3, Naoaki Ito3, Huicong Shi1, Hikaru Otsuka1, Futaba Umemura1, Yasuyo Yoshizawa4, Ryuzo Kawamori1,2,3, Hirotaka Watada1,2,3 and Yoshifumi Tamura1,2,3,4,5,
著者(日本語表記): 杉本真理、田端宏樹、加賀英義、染谷由希、筧佐織、アブドラザク アブラディ、内藤仁嗣、伊藤直顕、 石薈聡、大塚光、梅村二葉、吉澤裕世、河盛隆造、綿田裕孝、田村好史
著者所属: 
順天堂大学大学院医学研究科 スポーツ医学・スポートロジー
順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンター
順天堂大学大学院医学研究科 代謝内分泌内科学
順天堂大学大学院医学研究科 共同研究講座(健康寿命学講座)
順天堂大学国際教養学部
https://doi.org/10.3390/nu14224830
なお本研究は、基盤形成支援事業 (文部科学省)、ハイテクリサーチセンター整備事業(文部科学省)、JSPS科研費(文部科学省)(JP23680069, JP26282197, JP15K01729)の支援を受け実施しました。
また、本研究に協力頂きました参加者様のご厚意に深謝いたします。