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2022.11.10 (THU)

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日独における新型コロナウイルス感染症の重症度と病態の比較

―人種によって異なる血管内皮の性状が重症化リスクと関連する―

順天堂大学大学院医学研究科ゲノム・再生医療センターの服部浩一特任先任准教授、バイオリソースバンク活用研究支援講座のベアーテ ハイジッヒ特任准教授、東京大学医科学研究所等の国際共同研究グループは、新型コロナウイルス(SARS-Co-V2)感染症(COVID-19) *1の日本人とドイツ(独)人の患者データを比較し、病態の違いと要因について考察しました。その結果、COVID-19の重症化に関与するサイトカインストーム*2の発生が、血管内皮に由来する一部の血液凝固・線維素溶解系 (線溶系)因子を含むアンジオクライン因子*3の活性を通じて制御されていること、アンジオクライン因子の発現は人種によって異なる内皮性状を反映しており、その相違が、病態、重症度に影響している可能性を明らかにしました。このことは、アンジオクライン因子がCOVID-19の新しい創薬標的となり得ることを示唆したものです。本研究成果は、2022年10月26日「Biomedicines」(電子版)で公開されました。
本研究成果のポイント
  • 血管内皮由来のアンジオクライン因子の活性・分泌量と病態との関連性を示した
  • COVID-19の重症化に血管内皮機能異常・障害が関与していることを示唆した
  • アンジオクライン因子が新しい創薬標的となり得ることを示した

背景

新型コロナウイルス感染の第1波〜2波(2020年2月~2020年8月頃)にかけて欧米では、血液における凝固・線溶系の亢進やサイトカインストームを基礎とする様々な症例報告がされるとともにアジア諸国と比較して重症度、死亡率が高いことが問題となっていました。また日本国内でも、第5波(2021年7月頃)以降、自宅や療養施設で軽症・中等症と診断された方の急変、死亡例が急増し、断続的に医療逼迫の状況を招きました。最近は、小児のクラスターと家庭内感染が問題化しており、公衆衛生危機管理上もCOVID-19病態の詳細解明と重症化の予見は、喫緊の重要課題と捉えられています。
新型コロナウイルス感染症においては、肥満や糖尿病、高血圧等の基礎疾患を持つ人や、喫煙者が重症化されやすいということが言われていますが、基礎疾患への罹患や喫煙などの生活習慣によって生体の各臓器を構成する血管内皮細胞の性状が変化したり、機能異常が起こることが関連しているのではないかと考えられています。本研究は、COVID-19患者の遺伝学的背景に伴う先天的要因と、基礎疾患への罹患や生活習慣によって引き起こされる血管内皮障害・機能異常がCOVID-19の重症化および病態とどのように関連するのかを明らかにし、重症化の早期診断や治療法開発の基盤を形成することを目的として実施しました。

内容

本研究では、2020年3月から2021 年2月までの期間における日本国内のCOVID-19患者174名、独国内の6059名の患者情報および血液サンプルを収集し、炎症反応、炎症性サイトカイン、凝固・線溶系を含むアンジオクライン因子の活性と血中濃度の解析を行いました。期間を考慮すると、全てオミクロン株出現前の検体です。人種的背景として、本邦の患者の90%以上がアジア人で、独国側の約80%がコーカソイド*4でした。研究期間中100万人あたりのCOVID-19患者数、重症度、死亡率は、いずれも有意に独国が日本を上回っていました。また、軽症・中等症レベルに属する患者の割合は日本側85.29%に対して、ドイツでは65.29%となり、独国の方が重症者の割合が高い結果となりました。また高血圧や心臓病等の心血管系の合併症は、日独双方で有意な重症化因子でした。日独間の人種的背景の相違が顕著に認められたのは、心血管系の合併症の無いグループでした。このグループでは、軽症・中等症レベルに属する日本人の患者ではCRP*5や白血球数等によって確認される炎症反応や、IL-6*6をはじめとする炎症性サイトカイン、凝固・線溶系の活性が抑制されていたのに比較して、独国人の患者では、これらがいずれも有意に高値でした。また、日本人の患者では凝固・線溶亢進を示すフィブリノーゲン*7、D-dimer*8双方が重症度と有意に相関していたのに対し、独国人では血小板減少が重症度と有意に相関していました。また独国人では、凝固亢進が優位に進む傾向にあることも解りました。これらの凝固・線溶系の制御因子やIL-6は、血管内皮に由来する生理活性物質を総称する「アンジオクライン因子」に属しています。これまでの研究で、アンジオクライン因子はサイトカインストーム症候群においてサイトカインストームの発生を誘導することが解っています。従って、本研究の解析結果は、こうした血管内皮に発現、そして産生・分泌されるアンジオクライン因子の血中濃度、あるいは活性に日独間で有意差を認めたことから、血管内皮機能異常、内皮障害の存在が、COVID-19の重症化、サイトカインストームの発生に深く関与していることを示唆しています。

図

図:血中の炎症性サイトカインの濃度増加と線溶系亢進の日独比較
上段
両国のCOVID-19患者の血中の炎症性サイトカインIL-6の血中濃度と線溶系亢進の証左としてD-dimerの値を合併症の有 無、日独間で比較した。合併症の無い群では、独国側に有意な増加を認めている。

下段
合併症の無い群では、独国側で、炎症反応が強く、また凝固・線溶亢進も著しかった。また、合併症を有する群では、炎症性因子は疾患の重症度を即時的に反映はしていたが、予後因子としては、炎症性因子よりも、凝固・線溶系因子の方が有用であることが示唆された。

今後の展開

今回の研究により、COVID-19の重症化メカニズムに、複数の炎症性サイトカインの産生増加、サイトカインストームの発生と、これに伴う血管内皮障害・機能異常が関連することが示唆されました。これに伴って検出される血中の凝固・線溶系を含むアンジオクライン因子は、COVID-19の重症化の予見や早期診断において有用であるだけでなく、新しい治療標的としての可能性を有しています。研究グループはこれまでに神戸学院大学との共同研究で、複数のサイトカインストーム症候群の疾患モデル動物に対して、新規の抗線溶剤の投与が予後を有意に改善することを報告しています。現在、ワシントン大学セントルイス校においてCOVID-19の疾患モデルに対する同治療法の有効性を検証中です。こうした炎症性疾患に対する新しい分子標的療法、また早期診断法の開発基盤の形成は、COVID-19の重症化抑制と共に、多くのサイトカインストーム症候群、慢性炎症性疾患にとっても多大な寄与をもたらすことが期待されます。

用語解説

*1 新型コロナウィルス(SARS-Co-V2)感染症(COVID-19):severe acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-Co-V2)を原因とする疾患。2019年11月、中国武漢市で初めて発生が確認され、2020年に入ってパンデミックを引き起こした。この疾患の重症化基盤に、サイトカインストーム症候群が存在することが示唆されている。 
*2 サイトカインストーム:感染症や薬剤投与などの原因により血中サイトカイン(IL-1,IL-6,TNF-αなど)の異常上昇が起こり、その作用が全身に及ぶ結果、好中球の活性化、血液凝固機構活性化、血管拡張などを介して、ショック・播種性血管内凝固症候群(DIC)・多臓器不全など重篤な病態へと移行する。免疫系の暴走と形容されることがあり、関連するサイトカインストーム症候群はどれも難治疾患である。 
*3 アンジオクライン因子: 血管内皮に発現し、臓器、組織に分泌、産生供給される生理活性物質の総称。成長因子、接着分子、ケモカイン、プロテアーゼなどから構成される。近年、臓器に応じ特異的な発現パターンを有することから臓器特異的血管内皮の存在が示唆されている。
*4 コーカソイド:身体的特徴に基づく歴史的人種分類概念の一つで、主要な居住地はヨーロッパ、西アジア、北アフリカ、インドとされる。
*5 CRP:体内に炎症が起きたり、組織の一部が壊れたりした場合に有意に増加する、血液中に肺炎球菌菌体のC多糖体と反応する物質として発見されたC反応性蛋白のこと。CRPは、正常な血液のなかにはごく微量にしか見られないため、炎症の有無を診断するのにこの検査は、繁用されている。
*6 IL-6:T細胞やマクロファージ等の細胞から産生される液性免疫を制御するサイトカインの一つで、その過剰産生が、多くの炎症や免疫疾患の発症要因となっていることが判明しており、COVID-19もその一つとされている。
*7 フィブリノーゲン: 血液凝固反応の最終段階でトロンビンの作用により、フィブリンを生成し、血液凝固・止血・血栓形成だけでなく、創傷治癒、炎症、血管新生、妊娠継続および細胞あるいはマトリックス間の相互作用などに関与する糖タンパク。
*8 D-dimer: 線溶系因子プラスミンによって血栓中のフィブリンから生成する、フィブリンの分解産物の一つ。臨床検査において、凝固、線溶状態の異常を鋭敏に反映するため、DICや血栓疾患の早期診断に欠かせない補助項目となっている。凝固と線溶は、どちらか一方のみが亢進しない協調機構によって、出血、創傷修復や血栓形成が制御されている。
研究者のコメント

コロナ禍は、論文著者らの施設の患者様や同僚の医療従事者、またその親族に至る多くの方々を次々と失い、いとも容易く社会の活動性を奪取していきました。当方らは、COVID-19の脅威と畏怖に連日打ちのめされそうな思いで、病棟へ向かいました。この論文は、禍中にあってフィジシャンサイエンティストとして出来ることを追求した著者らが、論文著者として名前が出せない、ご協力頂きました患者様はじめ多くの医療従事者の汗と涙に捧げるものであります。

原著論文

本研究はBiomedicines誌のオンライン版に2022年10月26日付で公開されました。
タイトル: COVID-19 severity and thrombo-inflammatory response linked to ethnicity
タイトル(日本語訳):COVID-19における人種的背景と凝固・線溶―炎症反応を通じた重症度との連関
著者:Beate Heissig 1), Yousef Salama 2), Roman Iakoubov 3), Joerg Janne Vehreschild 4), Ricardo Rios5), Tatiane Nogueira 5), Maria J.G.T. Vehreschild 6), Melanie Stecher 7), Hirotake Mori 1), Julia
Lanznaster 8), Eisuke Adachi 9), Carolin Jakob 7), Yoko Tabe 1), Maria Ruethrich 10), Stefan
Borgmann 11), Toshio Naito 1), Kai Wille 12), Simon Valenti 1), Martin Hower 13), Nobutaka Hattori 1), Siegbert Rieg 14), Tetsutaro Nagaoka 1), Bjoern-Erik Jensen 15), Hiroshi Yotsuyanagi 9), Bernd Hertenstein 16), Hideoki Ogawa 1), Christoph Wyen 17), Eiki Kominami 1), Christoph Roemmele 18), Satoshi Takahashi 9), Jan Rupp 19), Kazuhisa Takahashi 1), Frank Hanses 20), Koichi Hattori 1) and the LEOSS study group
著者所属:1 Juntendo University, 2 An-Najah National University, 3 Technical University of Munich, 4 University Hospital of Frankfurt, 5 Institute of Computing, Federal University of Bahia, 6 Goethe University, 7 University of Cologne, Cologne, 8 Klinikum Passau, 9 The University of Tokyo, 10 Universitaetsklinikum Jena, 11 Klinikum Ingolstadt, 12Ruhr-Universitaet Bochum, 13 Hospital of University Witten /Herdecke, 14 Universitaetsklinikum Freiburg, 15 Universitaetsklinikum Duesseldorf, 16 Klinikum Bremen-Mitte, 17 Praxis am Ebertplatz Koeln, 18 University Hospital of Augsburg, 19 Universitaetsklinikum Schleswig-Holstein-Luebeck, 20 University Hospital Regensburg
DOI:  https://doi.org/10.3390/biomedicines10102549
本研究はJSPS科研費JP19K08857, JP17K09941, JP21K08404, JP19K08858, JP22K07206, JP18K08657, JP21K08692, 東京大学医科学研究所国際共同研究拠点として支援を受け、多施設との共同研究の基に実施されました。
本研究にご協力頂いた全ての皆様に改めて深謝致します。