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2020.03.18 (WED)

「難治性かゆみ」の発症に関わるセマフォリン3Aの産生メカニズムを解明

~乾皮症やアトピー性皮膚炎などによるかゆみの新しい治療法開発に役立つ可能性~

順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センターの髙森建二 特任教授、鎌田弥生 助教らの研究グループは、既存の治療薬が効果を示さない「難治性かゆみ*1」の発症抑制に関わるタンパク質「セマフォリン3A(Sema3A)*2」の産生メカニズムを解明しました。本研究では表皮の90%を占める表皮角化細胞を用いてSema3A遺伝子の発現調節領域*3を解析した結果、Sema3Aの産生には表皮に存在するカルシウムイオン濃度が関与しており、細胞内シグナル分子*4のMAPKおよび転写因子*5のAP-1がSema3Aの遺伝子発現を調節していることを明らかにしました。本成果は、乾皮症、アトピー性皮膚炎などの難治性かゆみに対する新しい治療法の開発に役立つものです。本論文はJournal of Investigative Dermatology誌のオンライン版に2020年3月12日付で公開されました。
研究グループからのコメント
表皮バリア機能低下を伴う乾燥肌やアトピー性皮膚炎などの難治性かゆみは既存の治療薬が効きにくく、激しいかゆみは不眠やうつなど患者さんの生活の質を著しく低下させます。そのため、世界中でかゆみに対する新しい治療法の開発が求められています。今回の研究では乾燥肌やアトピー性皮膚炎の病変部で減少しているセマフォリン3A(Sema3A)の産生調節に着眼した新しいかゆみ治療法の開発を目指し、正常ヒト表皮におけるSema3Aの産生メカニズムを明らかにしました。今後も引き続き、乾燥肌やアトピー性皮膚炎のかゆみに苦しむ患者さんたちのために、新しい難治性かゆみ治療法の開発を目指していきます。

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右から髙森建二 特任教授、鎌田弥生 助教、冨永光俊 先任准教授
本研究成果のポイント
  • 正常なヒトの表皮においてSema3A遺伝子は主に基底層から有棘層*6で発現する
  • 表皮角化細胞におけるSema3Aの産生はカルシウム濃度による調節を受けている
  • 表皮角化細胞におけるSema3Aの遺伝子発現は細胞内シグナル分子MAPKと転写因子AP-1を介して制御されている

背景

じんましんや虫さされなどのかゆみには主にヒスタミンという物質が関与しており、古くから抗ヒスタミン薬がかゆみ治療薬として用いられてきました。しかし、抗ヒスタミン薬は乾皮症やアトピー性皮膚炎などのかゆみには効きにくいことから、その多くは難治化します。かゆみは不眠・勉学障害・就労障害・うつなどの症状により患者さんの生活の質を著しく低下させてしまう原因となります。そのため、難治性かゆみに効く新しい治療法の開発が求められています。アトピー性皮膚炎の表皮角化細胞では、神経線維の伸長を抑えるSema3Aの産生が減少し、逆に神経線維を伸長させる神経伸長因子が増加することで、本来は真皮にある神経線維が表皮内まで伸び、かゆみを難治化させることが分かってきました。研究グループは過去の研究で、Sema3Aタンパク質を配合した軟膏をアトピー性皮膚炎モデルマウスに塗るとかゆみが鎮まり皮膚炎が改善することを明らかにしましたが、Sema3A軟膏の臨床応用には接触皮膚炎の発症リスクなどの問題がありました。そこで、研究グループはアトピー性皮膚炎の病変部で減少しているSema3A産生の調節に着眼した新しいかゆみ治療法の開発を目指し、Sema3Aの産生メカニズムの解明を目的に研究を進めました。

内容

本研究では表皮に存在するカルシウム濃度勾配に着眼して、表皮角化細胞におけるSema3Aの発現変化を解析しました。表皮角化細胞の角化*7は表皮の一番下層にある基底層から上層の顆粒層に向かってカルシウムイオン濃度が高まることで進行します。カルシウム濃度の異なる培地で表皮角化細胞を培養したところ、カルシウムをほとんど含まない培地ではSema3Aの発現は減少しました。一方、高濃度(1.4 mM*8)のカルシウムを含む培地では、はじめにSema3Aの発現が約2.5倍増加しましたが、その後表皮角化細胞の角化が進行するに従いSema3Aの発現は減少しました。さらに、正常ヒト皮膚組織におけるSema3Aの遺伝子発現*9を調べたところ、Sema3A mRNAは表皮においてカルシウム濃度が低い有棘層の下層と基底層に最も多く分布していました。以上のことから、表皮角化細胞におけるSema3Aの産生はカルシウムイオンの濃度による調節を受けており、主にカルシウム濃度勾配がより低い有棘層下層から基底層においてSema3A 遺伝子が発現していることがわかりました。
また、研究グループは表皮角化細胞を用いてSema3A遺伝子の発現調節領域を単離し解析したところ、転写因子AP-1がその発現調節領域へ結合することがSema3Aの発現に重要であることを発見しました。そこで、表皮角化細胞にAP-1を過剰産生させたところ、カルシウムによるSema3A産生増加はさらに2.5倍高まりました。一方で、細胞内シグナル分子のMAPKやAP-1の働きを妨げる阻害剤を培地に添加すると、カルシウムによるSema3Aの発現増加は抑制されました。
以上の結果から、表皮角化細胞におけるSema3Aは角化の初期段階である有棘層下層と基底層で主に発現し、その遺伝子発現はMAPKとAP-1を介して調節されることが明らかになりました(図1)。

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図1:本研究で明らかになった正常ヒト表皮におけるSema3Aの発現調節メカニズム
表皮においてカルシウムイオン(Ca2+)の濃度勾配は顆粒層で最大となる。Sema3A 遺伝子は角化の初期段階である有棘層の下層から基底層で発現しており、その発現調節メカニズムにはMAPK系のシグナル分子と転写因子AP-1を介することが明らかになった。
Sema3A遺伝子はカルシウムイオン濃度勾配の低濃度域、すなわち表皮細胞の代謝サイクルの初期段階にあたる基底層から有棘下層に発現している。カルシウムイオン濃度が高まると共に表皮角化細胞の角化が進行するが、Sema3A遺伝子の発現は減少する。乾皮症やアトピー性皮膚炎などの疾患によってバリア機能が低下すると表皮のカルシウムイオン濃度勾配が失われ、Sema3Aの発現減少につながる可能性がある。

今後の展開

今回、研究グループは正常ヒト表皮におけるSema3Aの発現調節メカニズムを明らかにしました。Sema3Aの発現調節法を開発できれば、Sema3Aタンパク質を配合した軟膏に匹敵する効果を持つアトピー性皮膚炎の新規鎮痒薬として応用できる可能性があります。また、Sema3Aの発現減少はアトピー性皮膚炎のかゆみだけでなく、骨粗鬆症、がんなど様々な病態との関連性も報告されていることから、他の疾患に対する新規治療薬の開発への応用も期待されます。今後は、アトピー性皮膚炎の病変部におけるSema3Aの発現減少メカニズムの解明に向けて研究を推し進め、Sema3Aの発現のオンオフを高精度に制御する難治性かゆみの新たな治療法の開発を目指していきます。

用語解説

*1 難治性のかゆみ: 一般的なかゆみ治療に用いられている抗ヒスタミン薬が効きにくいかゆみ。アトピー性皮膚炎、乾皮症、乾癬、腎不全、肝疾患などに伴うかゆみは難治性で、それらのかゆみが発生するメカニズムはそれぞれ異なり、いまだ不明な点も多い。
*2 セマフォリン3A (Sema3A):神経線維の伸長を抑えるタンパク質。塗布によるかゆみ抑制作用が認められる。
*3 発現調節領域:デオキシリボ核酸(DNA)はメッセンジャーRNA(mRNA)に転写される配列の外側に遺伝子発現のオンオフの調節をする領域を持つ。
*4 細胞内シグナル分子:細胞の外からのシグナルを細胞内で伝達し、最終的にタンパク質の発現誘導などの細胞応答を起こすタンパク質の総称。
*5 転写因子: DNAに結合して、DNAの持つ遺伝情報をmRNAに転写する過程を調節するタンパク質の総称。
*6 有棘層(表皮の構造のひとつ):ヒトの皮膚は表皮、真皮、皮下組織の三層構造から成る。体の表面に位置する表皮は約90%が角化細胞からできており、表皮の一番下層にある基底層で分裂した角化細胞が体の表面に向かって押し上げられながら、形や性質が少しずつ変化し、有棘(ゆうきょく)層、顆粒層、角質層を形成する。
*7 角化: 基底層の細胞が有棘細胞、顆粒細胞、角質細胞と変わっていく過程のこと。基底層で生まれた角化細胞が角質層にたどり着き、垢として剥がれ落ちるまでの期間は健康な人では約1か月である。
*8 mM:溶液1リットル中に溶けている目的物質(溶質)の物質量をmol/L(M)で表したものをモル濃度という。mMは1 mol/L(M)の1000分の1の濃度である。
*9 遺伝子発現: DNAが持つ遺伝情報がmRNAに写し取られ、mRNAの情報を元にタンパク質が作られること。

原著論文

本研究は米国研究皮膚科学会と欧州研究皮膚科学会発行の学術雑誌Journal of Investigative Dermatology誌のオンライン版で(2020年3月12日付)先行公開されました。
タイトル:Calcium-inducible MAPK/AP-1 signaling drives semaphorin 3A expression in normal human epidermal keratinocytes.
タイトル(日本語訳):正常ヒト表皮角化細胞におけるセマフォリン3Aの発現はカルシウムとMAPK/AP-1経路を介して制御される
著者:Yayoi Kamata, Mitsutoshi Tominaga, Yoshie Umehara, Kotaro Honda, Atsuko Kamo, Catharina Sagita Moniaga, Eriko Komiya, Sumika Toyama, Yasushi Suga, Hideoki Ogawa, Kenji Takamori
著者(日本語表記):鎌田弥生1, 2、冨永光俊1, 2、梅原芳恵1、本田耕太郎1、加茂敦子3、Catharina Sagita Moniaga1、古宮栄利子1、外山扇雅1、須賀康2, 4、小川秀興1、髙森建二1,2,4
著者所属:1順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センター、2順天堂大学大学院医学研究科抗加齢皮膚医学研究講座、3順天堂大学医療看護学部、4順天堂大学医学部付属浦安病院皮膚科
DOI: 10.1016/j.jid.2020.01.001
本研究はJSPS科研費特別研究員奨励費(課題番号JP13J09449)、JSPS科研費若手研究B(課題番号JP16K19739)、JSPS科研費基盤研究C(課題番号JP19K08756)および文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業(S1311011)などの支援を受けて実施されました。
【参考記事】
「栄養学から皮膚科学の研究者へ。「かゆみ」解明に向けて様々な研究プロジェクトを推進!」


鎌田 弥生 Kamata Yayoi
順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 助教
順天堂かゆみ研究センター 皮膚グループ 研究コア・リーダー

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