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2019.03.13 (WED)

原子力災害関連体験による不眠症状は強く持続する

~福島原子力発電所員の追跡調査から~

順天堂大学大学院医学研究科・公衆衛生学の野田愛 准教授、谷川武 教授らの研究グループは、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故直後より、福島原子力発電所員(第一原発・第二原発)のメンタルヘルス、不眠症状等について追跡調査を実施し、原子力災害関連体験*1による不眠*2症状が、非常に強く持続することを明らかにしました。さらに、原子力災害関連体験は、不眠症状の中でも入眠障害(なかなか寝付けない)に影響していることが分かりました。これらの結果は、原子力災害後における支援策の具体的な改善に役立つと考えられます。本研究は、米国の医学雑誌「Sleep」電子版に発表されました。
本研究成果のポイント
  • 原子力災害関連体験による不眠症状は災害から3年経過しても強く持続する
  • 原子力災害関連体験は特に入眠障害に影響している
  • 「差別・中傷」といった社会的批判は、 惨事ストレス、被災者体験による影響を受けながら、全ての不眠症状(入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒)に関連している

研究責任者の谷川教授からのコメント

背景

災害後の睡眠障害は、災害被災者に最も頻繁に見受けられる症状の1つですが、その多くは一過性であり、時間とともに回復すると考えられています。しかし、非常に強いストレスに曝露された場合、心的外傷後ストレス反応(PTSR:posttraumatic stress response)*3を介して慢性的な睡眠障害に陥ることがあります。研究グループは、2011年~2014年までの3年間の追跡調査を実施したFukushima Nuclear Energy Workers’ Support(NEWS)プロジェクト調査*4から、本研究に先行して、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故における災害関連事象を経験している所員は、経験していない所員に比べて、PTSRのリスクが災害から3年経過しても持続することを明らかにしてきました。しかしながら、原子力災害関連体験とPTSRを背景とする不眠との関連については、これまで十分な検討がされていませんでした。
そこで研究グループは、2011年~2014年までの3年間における原子力発電所員の不眠症状、PTSRを同時に調査し、PTSRの経時的変化を考慮した上で、福島第一原子力発電所事故後の災害関連体験と不眠との因果関係について検討しました。また、原子力災害関連体験の各不眠症状(入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒)への影響についても詳細に調べました。

内容

まず、災害2~3か月後の福島原発所員に対して実施した自己記入式アンケート調査をもとに、①自分の命に危険が迫る体験といった「惨事ストレス」、②財産喪失、自宅からの避難といった「被災者体験」、③差別・中傷等の「社会的批判」を受けた等、①~③の原子力災害関連体験をそれぞれ経験した所員と経験しなかった所員に分け、アテネ不眠尺度*5を用いて、不眠症状の程度を評価しました。本研究では、アンケート調査に回答のあった発電所員1,403名(第一原発:828名、第二原発:575名)を対象とし、原子力災害関連体験と2011年~2014年までの不眠の長期的変化との関連について分析しました。分析の際には、PTSR(出来事インパクト尺度*6)の経時的変化を考慮しました。さらに、災害関連体験の各不眠症状(入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒)への影響についても分析しました。
その結果、①「惨事ストレス」による不眠症状は時間とともに回復する一方、②「被災者体験」、③「差別・中傷」を経験した所員は、経験していない所員に比べると、3年経過してもなお、不眠症状が持続することが認められました(図1)。

図1

図1: 被災者体験や差別・中傷などの社会批判による不眠のリスクは、長期間持続する
①「惨事ストレス」を経験した所員の不眠のリスクは時間(2011年~2014年)とともに徐々に低下していました。しかし、②「被災者体験」や③「差別・中傷」といった経験は、時間に関係なく不眠症状が多いことが認められました。*統計学的有意差あり
図中にあるオッズ比は、1.0より大きい場合、対照群(これらの経験をしていない所員)に比べて、リスクが「高い」ことを示しています。
また、このような原子力災害関連体験は、不眠症状の中でも特に入眠障害と関連していました。さらに③「社会的批判」は、 ①「惨事ストレス」、②「被災者体験」による影響を受けながら、全ての不眠症状(入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒)に関連していることがわかりました(図2)。

図2

図2: 原子力災害関連体験と不眠症状との相関関係(共分散構造分析)
全ての原子力災害関連体験は不眠症状の中でも特に入眠障害と関連していました。
③「社会的批判」は、 ①「惨事ストレス」、②「被災者体験」といった他の原子力災害関連体験による影響を受けながら、全ての不眠症状(入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒)に関連していました。
※各線上に示す数値は標準化係数(最大値1)であり、数値が大きいほど強い相関関係を表し、全て統計学的有意な相関あり
なお、図には示しておりませんが、家族や同僚の死亡といった「悲嘆体験」は、不眠症状に関連が認められませんでした。
以上のことから、PTSR症状とは関係なく、「被災者体験」、「差別・中傷」といった原子力災害関連体験による不眠症状は長期間持続すること、また、原子力災害関連体験は、特に入眠障害に影響を及ぼすことがわかりました。

今後の展開

原子力災害後4~12ヵ月の間、メンタルヘルスの不調を訴える所員に対して、精神科医や臨床心理士が、継続的に治療や心理カウンセリングを提供し、精神的支援を行ってきました。しかし、本研究により、彼らが受けた原子力災害関連体験、特に「被災者体験」、「社会的批判」 による不眠症状は、PTSRとは関係なく長期にわたり持続していることがわかりました。所員の睡眠状況を良好に保つためには、組織的な介入策など広範囲にわたりかつ長期的な支援が必要です。このことは、原発事故のみならず、多くの災害等における支援者ならびに被災者の健康対策を考える上で重要です。

用語解説

*1 原子力災害関連体験: 福島原子力発電所員が東日本大震災およびそれに伴う原子力発電所事故の影響で受けたストレスの原因と思われる経験:①自分の命に危険が迫る体験といった「惨事ストレス」、②自宅からの避難、財産損失といった「被災者体験」 、③「差別・中傷」といった社会的批判を受けた経験。

*2 不眠:入眠障害(夜寝つきが悪い)、中途覚醒(眠りを維持できない)、早朝覚醒(朝早く目が覚める)などの症状が続き、よく眠れないため日中の眠気、注意力の散漫、疲れや種々の体調不良が起こる状態。

*3 心的外傷後ストレス反応(PTSR:posttraumatic stress response):誰にでも苦悩をもたらすような強いストレスを受けた後、正常に起こる心理的反応。①「再体験(侵入)」(繰り返し思い出す)、②「回避・麻痺」(避けてしまう・感情が麻痺する)、③「過覚醒」(神経過敏になる)が生じるが、時間とともに軽快する。

*4 Fukushima NEWS Project (NEWS: Nuclear Energy Workers’ Support):東京電力福島第一・第二原子力発電所員のメンタルヘルス支援を目的としたプロジェクト研究活動。本プロジェクトでは、事故後、福島原子力発電所員は、(*1)で挙げた①惨事ストレス、②被災者体験、③差別・中傷に加え、④家族や同僚の死亡といった悲嘆体験、の「四重のストレス」を経験したことを報告している。

*5 アテネ不眠尺度(AIS: Athens Insomnia Scale):不眠を測る世界共通の基準として用いられている自記式質問紙による評価方法。過去1か月間の8項目の症状についてその強度を0-3点とし、それぞれを加点(最大24点)することによって評価する。本研究では、AIS:6点以上を「不眠症状あり」と評価した。

*6 出来事インパクト尺度:Impact of Event Scale-Revised (IES-R):心的外傷後ストレス反応(PTSR)の重症度を評価する自記式質問紙による評価方法で、世界的に用いられている。最近1週間の22項目の症状についてその強度を0-4点とし、それぞれを加点(最大88点)することによって評価する。本研究では IES-R :25点以上を「心的外傷後ストレス反応あり」と評価した。

原著論文

本研究は、米国の医学雑誌「Sleep」の電子版 (https://academic.oup.com/sleep)に2019年3月11日付で掲載されました。
DOI: 10.1093/sleep/zsz043
英文タイトル: Longitudinal trends in disaster-related insomnia among Fukushima nuclear plant workers: The Fukushima NEWS project study
タイトル日本語訳:福島原子力事故後の災害体験が、原子力発電所員の不眠に与える長期的影響:Fukushima NEWS Project研究
著者: Ai Ikeda, Hadrien Charvat, Jun Shigemura, Stefanos N. Kales, Takeshi Tanigawa
著者(日本語表記):野田(池田)愛1、Hadrien Charvat 2、重村淳3、 Stefanos N. Kales4、谷川武1
所属:1. 順天堂大学、2. 国立がん研究センター、3. 防衛医科大学校、 4. Harvard T.H. Chan School of Public Health
本研究は、厚生労働省科学研費補助金(労働安全衛生総合研究事業: H24-001, 25-H24-001, 26-H24-001)の支援を受け実施されました。
研究責任者の谷川教授からのコメント

8年前の4月、現場からの要請で福島第2原子力発電所に向かい、福島第一原子力発電所所員が夜間休憩する第2原子力発電所内の体育館で旧知の第一原子力発電所所員の多くと約10年ぶりの再会を果たした。水素爆発を2回、線量レベルの急上昇等幾つもの危機を経験した所員から当時の状況を聴く中で、津波後、家族の安否確認出来ないまま震災以後所内に留まっていた時の不安、瀕死体験の中から奇跡的に脱出した事例の数々、一方で世界一安全な原子力発電所を目指し日夜努力してきたことが崩れ、地域住民からの厳しい批判に晒された多くの体験を知り、この震災後のストレス状況をきちんと記録し、その後の健康障害の予防に努めることが重要と考えた。幸いなことに当時の吉田第一原子力発電所所長(当時)、増田第2原子力発電所所長(当時)等からも非常時ということで了解を頂き、5月からストレスに関する調査を実施することが可能となった。この過程で防衛医科大学精神科の重村講師からの支援を受けることができ、野村教授(当時)を始め多くの精神科医師、臨床心理士から高ストレス者への治療的面談が継続された。

原子力発電所の事故の復旧に立ち向かう所員の状況は、整備不良の飛行機に搭乗して必死に墜落を免れようと努力したパイロットの姿と重なる。事故を起こした会社の社員ではあるが、その誰もが非常用電源の位置を変更することも、電源車を平時から配備する等の事故対策を実施する権限はなく、与えられた職場環境で暴走する原子炉と愚直に対峙し、最後は命を賭けて事故収束を図る決意、使命感、責任感を個々人が持って作業に臨んでいた。

当時、労働基準監督署も原子力規制委員会もどの機関も平時ならば当然議論となるはずの彼らの基本的人権の尊重、生命権の保護に向けての対策を講じているとは見えなかった。

長年勤務していた非常勤の一産業医としての立場から心理的苦悩、心的外傷後ストレス反応、睡眠障害に焦点を絞り、彼らの震災後の体験とストレス状況から心の健康障害の防止に繋げる対策を現場で多くの方々と面談する中で考えて実施した。これらの活動は従来の教科書にも学会のガイドラインにも記載されていない課題の数々であった。もし次にこのような災害が起こった場合に産業医として、疫学者としてどのような貢献が出来るか、平時の今、多くの専門家に考えて頂きたく思う。