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2018.11.20 (TUE)

I型アレルギー反応を即時に阻止する抗IgE抗体Fabの作製に成功

~喘息、花粉症などのアレルギー疾患の新たな治療法の開発へ~

順天堂大学医学部附属練馬病院血液内科の平野隆雄客員教授、順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センターの小柳明美助教、アトピー疾患研究センターの北浦次郎先任准教授および奧村康センター長らの研究グループは理化学研究所の眞貝洋一主任研究員らとの共同研究により、喘息、花粉症、食物アレルギーに代表されるI型(即時型)アレルギー*1疾患モデルに即効する抗IgE抗体Fab*2(クローン名:6HD5)の作製に成功しました。この抗IgE抗体Fab(6HD5)はIgEに結合する部位を含む抗体断片で、マスト細胞*3上のIgE-IgE受容体複合体*4に直接結合してその機能を低下させ、即効的にラットのI型アレルギー反応を長期間阻止することを見出しました。この成果は、I型アレルギー疾患の新しい治療に大きく道を開く可能性を示しました。
本研究は、英科学雑誌Scientific Reports電子版(2018年9月24日付)に発表されました。
アトピー疾患研究センター 北浦次郎 先任准教授からのコメント

順天堂大学医学部附属練馬病院血液内科の平野隆雄客員教授が作製した抗IgE抗体FabがI型(即時型)アレルギーの動物モデルに著効することを明らかにしました。マスト細胞のIgE受容体に結合しているIgEに作用して即効性を示す点が特徴です。今後、同様の作用をもつ抗ヒトIgE抗体Fabを作製して、臨床応用を目指したいと思います。
本研究成果のポイント
  • 今回作製した抗IgE抗体Fab(クローン名:6HD5)は「即効的」に動物モデルのI型アレルギー反応を長期間阻止する。
  • 抗IgE抗体Fab(6HD5)はIgE-IgE受容体複合体に直接結合してその機能を低下させマスト細胞の活性化を抑える。
  • IgE-IgE受容体複合体を標的にしたI型アレルギー疾患の新たな治療法の開発に道。

背景

花粉症や食物アレルギーに代表されるI型(即時型)アレルギーは近年著しく増加し、もはや国民病と言っても過言ではありません。花粉・ダニなどのアレルゲンを認識するIgEはマスト細胞の表面に存在するIgE受容体に結合してIgE-IgE受容体複合体を形成します。次に、アレルゲンとIgEが反応するとIgE受容体は刺激を受け細胞内へ指令を出し、マスト細胞が活性化して即時にヒスタミンなどを放出(脱顆粒)します。その結果、血管の拡張や透過性亢進、平滑筋の収縮などがおこり、さまざまな即時型アレルギー症状が現れます。抗IgE抗体製剤(オマリズマブ) はIgEとIgE受容体との結合を阻害する作用から、I型アレルギー治療薬として臨床応用されています。しかし、オマリズマブは治療効果が現れるまでに時間を要するという問題点がありました。そこで研究グループは、 I型アレルギーを即効的に長期間阻止する治療法の開発を目的として、すでにIgE受容体に結合しているIgEに直接結合してアレルギー反応を抑える抗体Fabの開発に取り組みました。具体的には、IgEの様々な部位に結合する抗IgE抗体Fabを作製し、I型アレルギーモデルとしてラットの受身皮膚アナフィラキシー(PCA)反応*5を利用してその効果を検証することにしました。

内容

研究グループは、まずラットのPCA反応を用いて、作製した抗IgE抗体Fabの前投与によるI型アレルギーの予防・治療効果を検証しました。ラットの皮膚にIgEを注射した後に、抗原を色素とともに静脈注射すると、皮膚局所のマスト細胞はIgEと抗原により活性化して脱顆粒します。脱顆粒により放出されるヒスタミンは血管透過性を上昇させるため、皮膚局所に色素が漏出します。その程度がPCA反応の強さを反映します。作製した様々なタイプの抗IgE抗体Fabを皮膚に投与してからPCA反応を誘導したところ、抗IgE抗体のFab(クローン名:6HD5)が最も低い濃度でPCA反応を長期(10日間)にわたって阻止しました(図1)。この抗IgE抗体Fab(6HD5)はラットのマスト細胞の活性化を抑え脱顆粒も強く抑制することを明らかにしました。次に、この抗体Fab(6HD5)がIgEのどの部位に結合するかを生化学的手法で解析した結果、抗体Fab(6HD5)はIgE-IgE受容体複合体の機能維持に重要な箇所に結合することを明らかにしました。

図1

図1:今回作製した抗IgE抗体Fab(6HD5)によるPCA反応の阻止
(a) ラットにPCA反応を誘導すると皮膚に色素漏出が認められる
(b) 抗IgE抗体Fab(6HD5)の投与はラットのPCA反応(皮膚の色素漏出)を阻止する
以上の結果から、今回新たに作製した抗IgE抗体Fab(6HD5)はマスト細胞上のIgE-IgE受容体複合体に直接結合してその機能を著しく低下させて、抗原の投与によるマスト細胞の活性化を抑制し、I型アレルギー反応を阻止することが明らかになりました(図2) 。

図2

図2: 本研究で明らかになった抗IgE抗体Fab(6HD5)によるマスト細胞活性化抑制のメカニズム
IgE受容体にIgEが結合してIgE-IgE受容体複合体が形成されるだけではマスト細胞は活性化しない。抗原がIgEに結合してIgE受容体を刺激するとマスト細胞は活性化してヒスタミンなどの細胞内顆粒を放出(脱顆粒)する。このとき、抗IgE抗体Fab(6HD5)があるとIgE-IgE受容体複合体のIgEにFab(6HD5)が直接結合することにより、IgE-IgE受容体複合体の機能を抑制するので、抗原刺激によるマスト細胞の活性化(脱顆粒)を抑え、I型アレルギー反応を阻止する。

今後の展開

今回、研究グループが作製した抗IgE抗体Fab(6HD5)は、IgE-IgE受容体複合体の機能維持に重要な部位に直接結合して作用するので、マスト細胞上のIgE受容体の活性化を即時に著しく低下させることができます。競合型の抗IgE抗体(オマリズマブ) がIgE受容体に結合するIgEに結合できないのに対して、抗IgE抗体Fab(6HD5)はIgE受容体に結合するIgEに結合できることを特徴として即効性を発揮します。Fabは抗体断片なので副作用として懸念されるアナフィラキシーの可能性も少ないと考えられます。今後、ヒトへの応用を目指して抗IgE抗体Fab(6HD5)の詳細な作用機序を明らかにするとともに、本研究成果をI型アレルギー疾患の新たな予防・治療法の開発に繋げたいと考えています。

用語解説

*1 I型(即時型)アレルギー: IgEが関与することで引き起こされるアレルギー。IgE受容体に結合したIgE抗体が抗原と反応することでマスト細胞が活性化し、放出された細胞内顆粒のヒスタミンが血管や平滑筋に作用して蕁麻疹や気管支収縮などのアレルギー症状を引き起こす。これらの症状は短時間で現れるので即時型アレルギーと呼ばれる。

*2抗IgE抗体Fab: IgE抗体はY字型の複合体として存在する。Y字型の二つの上部はそれぞれFabと呼ばれ、抗原と結合する部位が含まれる。下部にはIgE受容体と結合する部位が含まれる。本研究で作製した抗IgE抗体FabはIgEに結合する抗体の断片であり、クローン番号が6HD5である。

*3 マスト細胞: 肥満細胞とも呼ばれる。細胞表面にIgEが結合するIgE受容体をもつ。抗原とIgEの反応によりIgE受容体が刺激されるとマスト細胞は活性化して細胞内顆粒(ヒスタミンなど)を即時に放出する。 I型(即時型)アレルギーの中心となる細胞である。

*4 IgE-IgE受容体複合体: マスト細胞のIgE受容体にIgEが結合するとIgE-IgE受容体複合体が形成される。この状態は感作と呼ばれるが、この状態ではマスト細胞が活性化されることはない。抗原がIgEと反応してIgE受容体が刺激されるとマスト細胞は活性化する。

*5 受身皮膚アナフィラキシー反応: マウスやラットの皮下にIgE抗体を投与すると、皮膚局所のマスト細胞のIgE受容体にIgEが結合する。その後、抗原を静脈注射すると、IgEと抗原が反応してマスト細胞は活性化してヒスタミンを放出するので、皮膚局所の血管透過性が上昇する。この反応はI型アレルギー症状を反映し、受身皮膚アナフィラキシー(PCA)反応と呼ばれる。

原著論文

雑誌名:Scientific Reports (https://www.nature.com/srep/)
タイトル:The Fab fragment of anti-IgE Cε2 domain prevents allergic reactions through interacting with IgE-FcεRIα complex on rat mast cells
日本語訳:IgEのCH2ドメインを認識する抗IgE抗体のFabはラットマスト細胞のIgE-FceRI複合体に作用してアレルギー反応を抑える
著者名: Takao Hirano1, Akemi Koyanagi2, Kaoru Kotoshiba3, Yoichi Shinkai3, Masataka Kasai4, Tomoaki Ando4, Ayako Kaitani4, Ko Okumura4, & Jiro Kitaura4
著者(日本語表記):平野隆雄1、小柳明美2、事柴芳3、眞貝洋一3、葛西正孝4、安藤智暁4、貝谷綾子4、奥村康4、北浦次郎4
所属: 1順天堂大学医学部附属練馬病院血液内科および総合診療科、2順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター、3理化学研究所眞貝細胞記憶研究室、4順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センター
DOI: 10.1038/s41598-018-32200-z

なお、本研究は順天堂大学において、理化学研究所との共同研究により実施されました。