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2018.08.27 (MON)

他者のための意思決定は自己のための意思決定とは異なる脳活動に基づく

~意思決定を受ける側への共感との関係を明らかに~

順天堂大学医学部生理学第一講座の小川昭利助教、東京大学大学院人文社会系研究科の亀田達也教授らの共同研究グループは、人が他者のためにリスクのある意思決定が必要なとき、他者の視点から考えることに関わる右側頭頭頂接合部*1がリスクに対して中立に活動することを明らかにしました。さらに、共感的関心*2が高いと最悪ケース*3への配慮に対する活動が高くなることが分かりました。これらの成果は、意思決定を受ける側への適切な配慮の研究につながると期待されます。
本研究は、英国科学雑誌「Scientific Reports」のオンライン版(2018年8月27日付)で公開されました。
本研究成果のポイント
  • 他者のための意思決定には他者の視点から考えることに関わる脳部位がリスク中立に活動する
  • 自分のための意思決定では、最悪ケースへの関心が眼球運動に反映される
  • 共感的関心が高いほど、他者の最悪ケースへの配慮に対する脳活動が高くなる

背景

他者のためにリスクのある意思決定を行うことは、医療場面やファイナンス場面など、我々の社会に広く見られます。自己のためのリスクのある意思決定では、平均的に期待できる結果とともに最悪ケースが想定されることがわかってきました。しかし、他者のためのリスク意思決定における神経基盤や特徴はわかっていませんでした。そこで本研究では、相手の視点に立って考えることに関わる脳部位である右側頭頭頂接合部に注目し、他者のために経済的なリスクのある意思決定を行う場合に、最悪ケースに対して脳活動が見られるのか、それともリスクに中立な平均的な結果に対して脳活動が見られるのかを調べました。また、他者に対する情動的な共感が脳活動にどのように影響するのか調べました。 この目的に向けて、本研究では、行動、眼球運動、それに脳活動を計測するための行動実験およびfMRI実験を実施しました。

内容

本研究では、行動実験(60名、うち女性26名と男性34名)とfMRI*4実験(24名、うち女性10名と男性14名)を実施し、自己と他者のためのリスクのある意思決定(くじ箱選択課題)を実験参加者に行ってもらいました(図1左)。fMRI実験で脳活動を計測し、両実験で選択内容とどちらの選択肢に注目していたのかを計測しました(fMRI実験では眼球運動計測を実施)。また、共感的関心を質問紙により調べました。
実験参加者の選択内容にはあまり自他差が見られなかったのに対して、共感的関心が高いほど他者のための意思決定において最悪ケースへの配慮をしていたことがわかりました。また、どちらの選択肢に注目していたかを調べたところ、自己のための場合には最悪ケースに焦点が当てられる一方、他者のための意思決定では提示された選択肢を偏りなく考慮しているような眼球運動が見られました(図1右)。
我々が注目した他者の視点に立って考えることに関わる脳部位である右側頭頭頂接合部(図2左)では、自己の場合には最悪ケースに反応する脳活動が、他者の場合にはリスクに対して中立である平均に反応する脳活動が見られました(図2中)。さらに、他者の場合に最悪ケースに反応する脳活動は、共感的関心の強さと相関することがわかりました(図2右)。
これらの結果は、自己と他者のための意思決定における脳の働きが、リスクに対して異なることを示しています。リスクに対して中立である平均を重視するのか、それとも最悪ケースを重視するのか、意思決定を受ける側への適切な配慮の研究につながると期待されます。

図1

本研究ではく箱選択課題を行いました。実験参加者は、2くじ箱から1つを選びます。選択肢となるくじ箱には高中低の3つの金額が示されていて、それぞれ等確率(1/3)で当たります。この例では、平均を重視する場合は右を、最低額を重視する場合は左を選択することになります。この課題をひとりあたり、自己のためと他者のために36回ずつ行いました。MRI実験では、脳活動を計測すると同時に、実験参加者が選択肢のどちらを見ていたかを調べる眼球運動の計測も同時に行いました。実験参加者は、自己のときにより最低額の大きい選択肢を見る傾向があったのに対し、他者のときにはどちらの選択肢も同じくらい見ていました(右)。
この結果から、自己のための意思決定では最悪ケースの良い方の選択肢への関心が見られるが、他者のための意思決定では偏りなくどちらの選択肢も考慮していたと考えられます。

図2

右側頭頭頂接合部は右半球の側頭葉と頭頂葉の境界にあたる領域(左、矢状面*4)で、他者の心の状態の推測に関わると考えられます。その脳活動は、自己のための意思決定においては選択肢の最低額に、他者のための意思決定では選択肢の平均額に強く反応することが示されました()このことは他者のための意思決定における選択肢の最低額に右側頭頭頂接合部が関わっていないというわけではありません。共感的関心の強い人ほど、他者のための意思決定における選択肢の最低額に対する右側頭頭頂接合部の活動が有意に見られました()

今後の展開

これからの超高齢化社会においては、自分以外の他者のための意思決定が必要となる場面が多くなると予想されます。本研究の成果は、他者のための意思決定が自己のための意思決定とは異なる脳活動に基づくことを示しました。自己の場合では最悪ケースへの注目に対応する脳活動が見られたのとは対照的に、他者の場合ではリスクに中立な平均的な結果に対応して脳活動が見られました。これらのことから、意思決定において重視する情報には自他の違いがあることを考慮することが重要となります。今後は、合議による他者のための意思決定の神経基盤を調べる研究へと展開する予定です。

用語解説

*1 右側頭頭頂接合部: 大脳の側頭葉と頭頂葉が接する領域のこと。この領域は、他者の心の状態などを推測する認知機能である「心の理論」や自己と他者の区別に関わっていると考えられている。
*2 共感的関心: 同情などの他者指向の感情の喚起されやすさの程度。
*3 最悪ケース: いくつかの選択肢があるとき、 それぞれの選択によって得られる結果のうち最低の結果のこと。
*4 fMRI: 機能的磁気共鳴画像法の略。脳活動に関連した血流変化を画像化する方法である。神経細胞が活動すると、消費された酸素を補うために血流が増加する。このとき計測した画像に起こる信号の変化から脳活動を調べることができる。
*5 矢状面: 体の正面の中心に対して平行に頭を左右に分ける面のこと。

論文

本研究成果は、英国科学雑誌の「Scientific Reports」誌のオンライン版(http://www.nature.com/articles/s41598-018-31308-6)で2018年8月27日に公開されました。
英文タイトル:Deciding for others as a neutral party recruits risk-neutral perspective-taking: Model-based behavioral and fMRI experiments
日本語訳: 他者のための意思決定にはリスク中立な視点取得に関わる神経基盤が使われる
著者: Akitoshi Ogawa, Atsushi Ueshima, Keigo Inukai, Tatsuya Kameda
筆者(日本語表記):小川昭利(1)、上島淳史(2)、犬飼佳吾(3)、亀田達也(2)
所属: (1)順天堂大学、(2)東京大学、 (3)明治学院大学
DOI: 10.1038/s41598-018-31308-6
謝辞:本研究は、JSPS科研費(JP16K16076, JP16H06324, JP25118004)による支援と、JST CREST 脳領域/個体/集団間のインタラクション創発原理の解明と適用 (JPMJCR17A4, 17941861)の支援を受けて行われました。
また、本研究に協力頂きました実験参加者に感謝いたします。