プレスリリース大学・大学院">

JUNTENDO News&Events ニュース&イベント

2018.01.09 (TUE)

ロイコトリエンB4受容体の構造 -GPCRに対する逆作動薬探索の効率化に向けて-

理化学研究所(理研)横山構造生物学研究室の堀哲哉専任研究員、横山茂之上席研究員、順天堂大学の横溝岳彦教授、奥野利明准教授、青山学院大学の宮野雅司教授らの共同研究グループは、ベンズアミジン基[1]を含む化合物が、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)[2]の一つであるロイコトリエンB4(LTB4[3]受容体(BLT1)の不活性状態[4]の立体構造を安定化していることをX線結晶構造解析[5]と機能解析により明らかにし、多くのGPCRの逆作動薬[6]になり得ることを提唱しました。
多くのGPCRは創薬ターゲット[7]です。薬剤設計の迅速化には、創薬研究の初期段階で、GPCRに対する作動薬[8]、逆作動薬、拮抗薬[9]を効率的に探索・設計することが必要です。多くのGPCRの7回膜貫通ヘリックス束[10]の内部にはナトリウムイオン-水分子クラスター(Na-H2Oクラスター)が結合し、不活性状態のGPCRの立体構造を安定化[11]しています。また、同クラスター結合部位のアミノ酸配列は多くのGPCR間で保存されていますが、隣接する作動薬[8]結合部位のアミノ酸配列は各GPCR間で固有です。そこで、同クラスター結合部位に結合してGPCRの活性抑制能を持つ官能基と、作動薬結合部位に結合して各GPCRへの特異的結合を担う部分を持つ化合物は、不活性状態GPCRの立体構造を安定化する逆作動薬になると考えられてきました。しかし、同クラスターへの結合を模倣する官能基はこれまで同定されていません。
共同研究グループは、BLT1とその拮抗薬との複合体の結晶構造を解明しました。本拮抗薬に含まれるベンズアミジン基は、BLT1のNa-H2Oクラスターと同じ様式でBLT1に結合していました。また結晶構造から、ベンズアミジン基はBLT1の活性状態への構造変化を阻害して、不活性状態の立体構造を安定化していると考えられました。この仮説を実証するために、作動薬であるLTB4によるBLT1のGタンパク質[2]活性化能がベンズアミジン分子そのものにより抑制されることを実験的に示しました。これらの結果から、ベンズアミジン基と作動薬結合部位に結合する部分を組み合わせた低分子化合物が、各GPCRに特異的に結合する逆作動薬になり得ると考えられます。今後、逆作動薬の探索・設計の効率化への貢献が期待できます。
本研究成果は、国際科学雑誌『Nature Chemical Biology』掲載に先立ち、オンライン版(1月8日付け:日本時間1月9日)に掲載されました。
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム)、日本学術振興会 科学研究費助成事業、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、武田科学振興財団の支援により行われました。
[1] ベンズアミジン基、官能基
ベンゼン環にアミジン基(-C(=NH)-NH2)が結合した官能基。官能基とは、有機化合物を特性づける原子団のこと。

[2] Gタンパク質共役型受容体(GPCR)、Gタンパク質
Gタンパク質共役型受容体は、細胞表面に発現して、細胞外シグナルを細胞内に伝達する膜タンパク質である。細胞外シグナルは光や核酸、ペプチド、低分子物質、タンパクと多岐にわたり、それぞれの細胞外シグナルに対して個別のGPCRが存在する。Gタンパク質は細胞内部に存在し、細胞外シグナルによって活性化されたGPCRにより活性化される。活性化されたGタンパク質は、さらに下流のエフェクタ―タンパク質を活性化する。GPCRはGタンパク質だけではなくアレスチンと呼ばれるタンパク質も活性化する。GPCRはG protein-coupled receptorの略。

[3] ロイコトリエンB4(LTB4
アラキドン酸から生成される生理活性脂質の一つ。好中球や単球などの白血球細胞が異物を認識して活性化されると、ロイコトリエンB4がこれらの細胞から分泌され、近傍の白血球を活性化・招集し、異物を排除する。

[4] 不活性状態
逆作動薬により不活性状態の立体構造が安定化され、活性・不活性状態の平衡が不活性状態に移動した状態のこと。他方で、内在性活性が存在しないGPCRは、作動薬が作用しない環境では、逆作動薬がなくても不活性状態に平衡が移動している。

[5] X線結晶構造解析
結晶にX線を照射すると回折点が生じ、その回折データを解析することにより電子密度を描くことができる。その電子密度に原子を当てはめていくと、結晶中の物質の立体構造を解析することができる。この方法によって、タンパク質の立体構造や内部構造を知ることができる。

[6] 逆作動薬、内在性活性
GPCRの種類によっては、作動薬が存在しない場合でも、Gタンパク質やアレスチンを活性化している。この活性を内在性活性という。平衡を不活性状態に移動させて内在性活性を抑制する薬剤を逆作動薬(インバースアゴニスト)と呼ぶ。

[7] 創薬ターゲット
薬剤の標的(ターゲット)となるタンパク質のこと。2005年から2014年までの間でアメリカ食品医薬品局(FDA)に承認された薬剤219種のうち、54種(25%)はGPCRをターゲットとしていた。

[8] 作動薬、内因性作動薬
単純化した2状態モデルとして、GPCRには活性状態と不活性状態が平衡関係にある。活性状態はGタンパク質やアレスチンを活性化する状態で、不活性状態は活性化しない状態である。平衡を活性状態に移動させてエフェクタータンパク質を活性化する低分子化合物や、ペプチド、脂質、タンパク質などを作動薬(アゴニスト)と呼ぶ。生体内にある作動物質を内因性作動薬と呼ぶ。

[9] 拮抗薬
GPCRは、活性状態と不活性状態の平衡関係にあるが、平衡を移動させることなく作動薬また逆作動薬と競合する位置に結合して、作動薬や逆作動薬によるGPCR活性制御を阻害する薬剤を拮抗薬(アンタゴニスト)と呼ぶ。作動薬や逆作動薬がない状態で、拮抗薬がGPCRに結合してもGPCRの内在性活性には影響を与えない。

[10] 7回膜貫通へリックス束
タンパク質はヘリックスやベータシート構造をしている(二次構造)。GPCRはヘリックスが7本束になった構造をしており、そのヘリックス束領域が細胞表面の細胞膜に埋まった状態で存在する。膜を貫通する状態なので、7回膜貫通ヘリックスと呼ぶ。

[11] 安定化
GPCRの活性状態・不活性状態の平衡移動は、GPCRの立体構造変化を伴う。本質的には、平衡移動した状態で立体構造が安定化される。つまり、活性状態ではGタンパク質やβアレスチンを活性化できる立体構造が安定化され、不活性状態では逆作動薬が結合してGタンパク質やβアレスチンを活性化できない立体構造が安定化されている。