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2023.03.16 (THU)

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新原理の自己測定体液成分センサの開発 ― ナノ材料を用いて酵素の中から電子を取り出す ―

順天堂大学 医療科学部臨床工学科 六車仁志、東洋紡株式会社 岩佐尚徳、産業技術総合研究所 ナノ材料部門 平塚淳典、田中丈士、清水哲夫らの共同研究グループは、単層カーボンナノチューブ(CNT)*1を孤立化(会合凝集状態から一分子に分離する)して酵素の活性中心に配置させることで、酵素反応によって生じる電子を直接取り出すことに成功しました。それにより、単層CNTの優れた機能を活用した高感度でダイナミックレンジの広いセンサ特性が得られ、有効期限が3か月と短い既存製品の欠点を克服できる新原理の自己測定体液成分センサの開発を可能にしました。今後は、血糖値やケトン体*2、尿酸などをより安価なセンサで自己測定できるよう、同技術の製品化を目指します。本論文は米国電気電子学会の論文誌IEEE Sensors Journalに2023年2月1日付で公開されました。

本研究成果のポイント

  • 単層カーボンナノチューブ孤立化の最適化を行った。
  • 孤立化した単層カーボンナノチューブにより酵素の中から直接電子を取り出した。
  • 新原理(直接電子伝達型)の自己体液成分測定センサを実現した。

背景

CNTは、ナノ材料の一種であり、炭素原子のみで構成され、直径が数ナノメートル程度の円筒状の分子構造を持ちます。高い電気伝導性、耐熱性、熱伝導性、機械的強度、のため、電子機器、電池、自動車、医療機器などに使用されています。市販の自己測定血糖値およびケトン体センサにおいて、体液の中から目的の成分を分離操作なしで識別するためには酵素の利用が不可欠です。酵素反応によって生じた電子を低分子である電子伝達媒介物質により電子伝達を行い、標的物質量を電流値に変換しています(媒介型)。しかし、媒介型で使用される電子伝達媒介物質には自然還元が起きることから、保存期限があります。この状況は、血糖値が実際よりも高めに出てしまい、インスリンの過剰投与など不適切な条件で治療を行うことによる医療事故につながる危険があります。本研究では、単層CNTを用いて電子伝達媒介物質を使用せず直接電子伝達を行うことで、保存期限のないセンサの実現を試みました。また、ナノ材料であるCNTの性能を利用することで高性能なセンサ特性も期待しました。

内容

CNTは水に溶けにくい性質を持っており、分子同士が凝集しているため、バイオセンサにおいて水溶性の酵素と接続させるためには、分子同士の凝集を解く(孤立化)必要があります。研究グループは、単層カーボンナノチューブを分散剤(コール酸ナトリウムまたはカルボキシメチルセルロース)とともに水中で超音波処理を18度以下の温度に保ちながら超音波ホモジナイザーで4時間処理します。その後、210万Gの超遠心を2時間行います。その上澄み80%液が完全孤立化したCNTを含む水溶液となります。単層CNTは、様々な製造法がありますが、単層CNTの重要なパラメータである、直径、長さ、カイラリティ*3、純度を完全に制御できないため、既存の単層CNTを用いて、最適な単層CNTの探索と孤立化条件の最適化を行いました。酵素の活性中心は1.5nm程度であるため、直径が1.5nm以下の単層CNTであれば、活性中心に至る酵素の立体構造に起因する1.5nmの溝をすり抜けて到達することができます。その結果、酵素反応で発生した電子を直接電極に受け渡し、センサ動作に成功させました(図1)。また、製品化を想定した場合、製造コストを下げるという条件も満たす必要があり、実際の製品に近い形でのバイオセンサストリップ*4を開発しました。患者の採血の負担を和らげるためには、血液の場合には、5マイクロリットル以下の測定チャンバーにし、一度の工程で60個のセンサストリップを作製できます(図2)。55度の環境下で1週間保存したところ、従来の製品では電子伝達媒介物質の自然還元による不良電流値が生じましたが、本デバイスには問題はありませんでした。同様の手法で痛風の原因なる尿酸センサの開発も行いました。

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今後の展開

現在、自己測定体液センサの個人利用は、1型糖尿病の患者に限定されており、食後に投与するインスリン量を決めるために使用します。インスリンの投与量が少ないと血糖値を下げることができずエネルギーとして体内に取り込めなくなり、高血糖に起因する三大合併症(腎症、網膜症、神経障害)につながります。投与量が多すぎると低血糖となり意識を失います。病院では、透析治療中に看護師や臨床工学技士が血液回路の採血ポートから採取して行い、透析治療の管理に使用します。この研究により、センサチップの使用有効期限がなくなり、価格が下げられると、II型糖尿病患者、境界型、その他多くの人が簡便に血糖値等を測定できるようになります。

用語解説

*1 カーボンナノチューブ:炭素原子が六角形に配置されて構成されるシート(グラフェン)を筒状に巻いて形成された炭素の同素体。シートが1枚であれば、単層カーボンナノチューブ、複数のシートであれば、多層カーボンナノチューブである。高い電気伝導性と触媒能と機械的強度、などの性質がある。 
*2 ケトン体:化学物質の総称名。生体中では主に、3-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトンの3種類存在する。糖尿病患者が糖分を体内に取り込めない、または、ダイエット中に糖分が不足した、という状況で脂肪をエネルギーとして利用する際に生じる。
*3 カイラリティ:カーボンナノチューブを形成する際のグラフェンシートを巻く方向に相当する。カーボンナノチューブの電気物性(金属性、半導体性)を決定する。
*4 バイオセンサストリップ:バイオセンサは、生体機能を利用したセンサであり、生体物質(酵素、抗体、DNA)と電子デバイス(電極、トランジスタ)の組み合わせからなる。バイオセンサのセンシング部分を短冊状の使い捨てモジュールしたものがバイオセンサストリップである。

原著論文

本研究は、米国電気電子学会の論文誌であるIEEE Sensors Journalに2023年2月1日付で公開されました。
タイトル: Amperometric biosensor strip with carbon nanotube and ketone body 3-hydroxybutyrate dehydrogenase 
タイトル(日本語訳): カーボンナノチューブとケトン体3-ヒドロキシ酪酸脱水素酵素を用いるアンペロメトリックバイオセンサストリップ
著者:Kazushi Suzuki 1,Hitoshi Muguruma 2, Hisanori Iwasa 3, Takeshi Tanaka 4, Atsunori Hiratsuka 4, Tetsuo Shimizu 4, Katsumi Tsuji 3, and Takahide Kishimoto 3
著者(日本語表記):鈴木和志1)、六車仁志2)、岩佐尚徳3)、田中丈士4)、平塚淳典4)、清水哲夫4)、星野陽子4)、辻勝巳3)、岸本高英3)
著者所属:1)芝浦工業大学大学院、2)順天堂大学医療科学部、3)東洋紡株式会社、4)産業技術総合研究所 ナノ材料部門 
DOI: 10.1109/JSEN.2022.3229474 

本研究はJSPS科研費19H02539, 19K05172の支援を受け実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。