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2023.03.22 (WED)

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花粉症の多様な鼻症状・眼症状の特徴と両症状の併存に関連する因子を解明 ―花粉症研究用スマホアプリ「アレルサーチ®」を用いたビッグデータ解析研究―

順天堂大学大学院医学研究科眼科学の猪俣 武範 准教授らの研究グループは、2018年2月より公開している花粉症研究用スマートフォンアプリケーション「アレルサーチ® 」*1を用いて収集した包括的な花粉症関連健康ビッグデータを解析し、花粉症の多様な鼻症状、眼症状の特徴の視覚化、および両症状の併存に関連する因子*2の解明に成功しました。ビッグデータ解析によって可視化された個々人の症状に対して最適化された治療を行うことで、花粉症診療のさらなる質向上につながることが期待されます。本研究はアレルギー免疫分野の医学雑誌Allergology International誌オンライン版に掲載されました。

本回のポイント

  • スマートフォンアプリケーションを用いて収集した花粉症関連健康ビッグデータの解析によって、これまで収集が難しかった花粉症患者のアレルギー性鼻炎とアレルギー性結膜炎の多様な症状について包括的な解析を実施した
  • 本研究で明らかとなった多様な花粉症症状(鼻症状、眼症状)の併存に関連する因子を参考にした治療介入を行うことで、花粉症診療のさらなる質の向上を実現できる可能性がある

研究の背景

花粉症は国内で3,000万人以上が罹患するとされる最多の免疫アレルギー疾患であり、今後も増加が予想されています。また、花粉症は医療機関への受診者数の増加や医療費増加の原因となっています。さらに、花粉症による鼻症状や眼症状は生活の質(Quality of Life : QoL)や労働生産性を低下させ、経済的損失を引き起こします。花粉症はアレルギー性鼻炎やアレルギー性結膜炎など全身に多様な症状を引き起こす多臓器疾患であり、発現する症状も個々人によって多岐にわたります。また、花粉症は「アレルギーマーチ」 *3と呼ばれる経過をたどり、小児期から成人期まで症状が変遷し、対応する診療科も次々と変化していく特徴があります。そのため、花粉症患者の症状に適切に対応するためには、横断的な診療科連携が不可欠となります。

花粉症は多因子疾患*4であり、花粉や大気汚染物質といった環境因子のみならず、食生活やコンタクトレンズ装用、喫煙・運動習慣といった生活習慣、年齢や性別、遺伝といった宿主因子*5が複雑に関連します。そのため、さらなる花粉症診療の質向上のためには、疾患以外にも患者の日常生活に関するあらゆるデータを収集し、個々の患者さんの症状に最も適した花粉症治療の提供が求められます。また、花粉症の多臓器症状に対して適切な治療を行うためには、複数の診療科による専門的な介入が必要ですが、これまで診療科の横断的な花粉症関連データの収集は進んでおらず、多臓器に渡る花粉症症状の多様な病態の解明も進んでいませんでした。

そこで我々の研究グループでは、花粉症の多様な症状や病態の解明を目的に、花粉症研究用スマートフォンアプリケーション「アレルサーチ® 」を用いて、個々人における花粉症の多様な症状や、日常生活における花粉症症状のQoLへの影響に関する包括的なデータを継続して収集し、得られた花粉症関連の健康ビッグデータの解析を行いました。

研究の方法

今回の研究では、花粉症研究用スマートフォンアプリケーション「アレルサーチ®」を対象期間中(2018年2月1日〜2020年5月1日)にダウンロードし、オンラインで同意を得た方を対象としました。花粉症の症状は、5項目の鼻症状スコア (NSS)、4項目の非鼻症状スコア (NNSS) を用いて36点満点で評価しました。また、NSSが1点以上の場合はアレルギー性鼻炎群、NNSSが1点以上の場合はアレルギー性結膜炎群、どちらのスコアも共に1点以上の場合はアレルギー性鼻炎とアレルギー性結膜炎の併存群、どちらのスコアも共に1点未満の場合は無症状群としました。花粉症症状によるQoLへの影響度はJapanese Allergic Conjunctival Disease Standard QOL Questionnaire (JACQLQ)*6質問紙票を用いて72点満点で評価しました。
アレルサーチ®を用いて収集したJACQLQスコア、または年齢や性別、既往歴、生活習慣といった因子とアレルギー性鼻炎やアレルギー性結膜炎の有無または併存との関連を多変量解析*7で調査しました。

参加者の特徴

花粉症の方9,041人(年齢 [中央値]: 34歳、女性 [%]: 5,085人 [56.2%])が解析対象となりました。そのうち、アレルギー性鼻炎群は2,010人 (22.2%)、アレルギー性結膜炎群は519人 (5.7%)、アレルギー性鼻炎とアレルギー性結膜炎の併存群は5,315人、無症状群は1,197人 (13.2%)でした。
花粉症症状の特徴
アレルギー性鼻炎とアレルギー性結膜炎の併存群は、アレルギー性鼻炎群、アレルギー性結膜炎群と比較して、NSS、NNSSにおいて有意に高いスコアを示しました (図1A)。また、各群における花粉症の症状を階層型クラスタリングの手法を用いて視覚化しました (図1B)。

猪俣先生1

花粉症症状とQoLの関連

花粉症症状のうち、耳や口のかゆみ (回帰係数 [95%信頼区間]: 1.722 [1.325–2.119])、鼻づまり (1.714 [1.333–2.096])、眼の充血 (1.646 [1.152–2.140])、流涙 (1.526 [1.062–1.990])、鼻漏 (0.495 [0.057–0.933])、鼻のかゆみ (0.465 [0.068–0.861])が有意にQoL低下(JACQLQで評価)と関連していました (図2)。

猪俣先生2

アレルギー性鼻炎とアレルギー性結膜炎併存と関連する因子

アレルギー性鼻炎とアレルギー性結膜炎の併存と関連する因子として、若年齢 (調整オッズ比 [95%信頼区間]: 0.98 [0.97–0.98])、女性 (1.31 [1.19–1.45])、肝疾患 (1.58 [1.26–2.35])、ドライアイ (1.45 [1.30–1.63])、花粉症のシーズン中のコンタクトレンズ装用の中止 (1.91 [1.16–3.14]) が明らかとなりました。肝疾患ではIgEが増加し、I型アレルギー反応を引き起こすことがわかっており、アレルギー性鼻炎とアレルギー性結膜炎の併存と関連した可能性があります。

猪俣先生3●

今後の展開

本研究の成果により、花粉症の鼻症状と眼症状を併発した患者の多様な特徴が明らかになりました。スマホアプリなどのモバイルヘルスは、デジタルフェノタイピングによる花粉症の多様な病態理解により、花粉症の診療の質の向上に資する可能性があります。当研究グループの患者・市民参画を導入して開発したスマホアプリを用いた研究推進により、花粉症診療のさらなる質の向上を目指します。

 
■原著論文
本研究はアレルギー免疫分野の医学雑誌Allergology International誌オンライン版に掲載(2023年2月3日付)されました。
タイトル: Individual multidisciplinary clinical phenotypes of nasal and ocular symptoms in hay fever: Crowdsourced cross-sectional study using AllerSearch
タイトル (日本語訳): 花粉症における眼・鼻症状の多様な臨床的表現型の解明:アレルサーチを用いたクラウド型横断研究
著者 (日本語表記): 猪俣武範1、Jaemyoung Sung1、藤尾謙太1、中村正裕2、赤崎安序1、梛野健1、奥村雄一1、岩上将夫3、藤本啓一1、海老原伸行1、中村真浩1、猪俣明恵1、Hurramhon Shokirova1、黄天翔1、廣澤邦彦1、三浦真里亜1、大野瑞1、諸岡裕城1、岩田七奈美1、岩崎有真1、村上晶1
著者所属: 順天堂大学1 、東京大学2、筑波大学3
掲載誌: Allergology International
掲載論文のリンク先: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1323893023000011
DOI: https://doi.org/10.1016/j.alit.2023.01.001

 

■用語解説・注釈
*1 アレルサーチ®: 2018年2月に順天堂大学大学院医学研究科眼科学講座が開発した花粉症研究のためのスマホアプリ。花粉症の症状、アレルギー性結膜炎の充血度合い、花粉症による生活の質や労働生産性への影響などの評価が可能です。花粉の飛散量ならびにPM2.5情報、ユーザーの花粉症症状のマップ表示 (みんなの花粉症マップ)、花粉症症状の日記 (花粉症ダイアリー)などをアプリ上で表示することができます。アレルサーチの商標は順天堂大学発ベンチャー企業であるInnoJin株式会社が保有します。
*2 関連因子: 疾患との関連が疑われる因子のこと。なお、関連因子に関する今回の解析は両者の相関関係を評価したものであり、因果関係は示されていません。例えば、花粉症のシーズン中のコンタクトレンズ装用の中止とアレルギー性鼻炎およびアレルギー性結膜炎の発症には関連を認めました(図3)が、花粉症症状が強くなったため、花粉症のシーズン中にコンタクトレンズ装用を中止した可能性があります。そのため、アレルギー性鼻炎およびアレルギー性結膜炎の発症を防ぐために花粉症のシーズン中のコンタクトレンズ装用の継続を推奨するものではありません。
*3 アレルギーマーチ: 乳児期のアトピー性皮膚炎の発症から始まり、小児期に食物アレルギー、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎等を次々と罹患する病態のこと。
*4 多因子疾患: 遺伝子や生活習慣などの多数の要因が組み合わさり発症する疾患のこと
*5 宿主因子: 年齢や性別、遺伝、人種といった、対象の個人が持つ個別の素因のこと
*6 Japanese Allergic Conjunctival Disease Standard QOL Questionnaire (JACQLQ): 日本眼科アレルギー学会が作成したアレルギー性鼻結膜疾患に対する疾患特異的なQOL調査票のこと
*7 多変量解析: 複数のデータの関連性や特性を評価する解析手法のこと

 

■協賛ならびに研究助成金
本研究は、株式会社シード、ジョンソンエンドジョンソン株式会社、InnoJin株式会社、ノバルティスファーマ株式会社、ロート製薬株式会社の助成を受け実施されました。
AMED免疫アレルギー疾患実用化研究事業「患者・市民参画を取り入れた、診療の質の向上に資する研究」(JP19ek0410063)、「アトピー性皮膚炎をモデルとした次世代リバーストランスレーショナル研究基盤構築に向けた研究」(JP23ek0410090)、JSPS科研費21K17311、公益財団法人一般医薬品セルフメディケーション振興財団平成31年度調査・研究助成金、順天堂大学環境医学研究所研究助成を受け実施しました。
本研究にご協力いただいた参加者の皆様に深謝いたします。