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2023.03.22 (WED)

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質問票と紫外線観測データを用いた日本の妊婦のビタミンD栄養状態に与える要因の解明 ―ロジスティック回帰モデルの活用で妊婦のビタミンD欠乏状態の予測が可能に―

最近日本の若年女性を中心に、ビタミンD(VD)欠乏による骨の健康状態の悪化が報告されています。国立環境研究所と順天堂大学の研究チームは、順天堂大学附属練馬病院の産婦人科を受診した妊婦309人に対し、VD栄養状況の調査を行いました。アンケートによって、妊婦の食事によるVD摂取量と、外出時の太陽紫外線による皮膚におけるVDの生成量を推定し、血液中VD濃度との相関を解析しました。その結果、食事からの摂取とVD濃度には年間を通じて弱い相関がある一方、紫外線によるVD生成とVD濃度には、紫外線の強い夏のみに強い相関があることを明らかにしました。この結果を元に、我々は妊婦の血中VD濃度を推定するロジスティック回帰モデルを構築し、VD欠乏状態である妊婦の88%を予測することに成功しました。
実際の紫外線測定データをもとに皮膚におけるVD生成量の推定を行ったのは世界初の成果であり、本結果をもとに妊婦にVD欠乏について情報提供することにより、妊婦のVD栄養状況の改善が期待されます。また今後研究対象をさらに広げることで、日本人のVD栄養状況の把握とその改善に貢献していきます。
本研究の成果は、2023年2月10日付でElsevier社から刊行される医化学分野の学術誌『Journal of Steroid Biochemistry and Molecular Biology』電子版に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

1980年代の南極オゾンホールの発見以降、太陽からの有害紫外線(UV-B)の増加が危惧されるようになりました。UV-Bを浴びすぎると肌や目に悪影響を及ぼす一方で、UV-Bには皮膚でビタミンD(注釈1)(以下「VD」という。)を生成するという働きもあります。
ヒトのVDの取り込みには食事からの摂取と太陽UV-B照射による皮膚での生成があり、厚生労働省では食事からの摂取目安量として1日8.5 μgを推奨しています(注釈2)。一方UV-B照射による皮膚でのVD生成量には、季節、緯度、天候、時間、肌の色など様々な要因が関連しており、環境省、日本ビタミン学会、骨粗しょう症財団等の組織も単一の目安となる日光照射時間を提示することが出来ずにいました。2000年代以降、特に肌の美容の観点を重視する日本の若年女性の間でUV-Bを避ける風潮が広がり、その結果、最近では若年女性を中心にVD不足や欠乏が広がってきていることが報告されてきています(注釈3)。
VD欠乏は自分で認知することができず、VD欠乏の結果として骨の健康状態が悪化し、骨折などを起こして初めてVD欠乏を認識することになります。そこで、国立環境研究所と順天堂大学の研究チームは、日本人の妊婦のVD不足の状態を把握し、要因を推定するための研究を実施しました。また、あわせてVD欠乏を推定するためのモデルの構築を行いました。この研究を実施することで、将来的な日本人女性のVD健康状態の改善に役立てることを目的としました。

2. 研究手法

本研究では、順天堂大学附属練馬病院の産婦人科を2018年8月から2019年10月の間に受診した、妊娠28週の309人の妊婦を対象にVD栄養状態の調査を行いました。妊婦から採取された血液サンプルから、体内のVD栄養状態の指標となる血中25-水酸化ビタミンD(25(OH)D)濃度の測定を行いました。また、食事からのVD摂取量を推定するため、簡易型自記式食事歴法質問票(Brief-type self-administered Diet History Questionnaire: BDHQ)によるアンケートを実施し、妊婦のVD摂取量の推定を行いました。また、対象者の過去3日間と平均的な平日及び休日の外出記録をアンケート形式で答えてもらい、その時の肌の露出状態や日焼け止めクリーム使用の有無などを含めて、採血日から2週間前までに遡った日々の肌でのVD生成量の推定を行いました。肌でのVD生成量の推定には、近くの実際の紫外線観測局のUV-B強度観測データを用い、我々の過去の研究で構築された皮膚におけるVD生成量の推定式を用いました(注釈4, 5)。
表1に、今回の研究で得られた対象者268人(309人中、データ解析のために必要なすべてのデータが得られた人数)の各パラメータ測定結果の一覧を示します。測定値には、その平均値と95%信頼区間注釈6を示します。この表を見ると、食物からのVD摂取量の平均が9.0 μg/day、UV-BによるVD生成量の平均が15.2 μg/day、その合計は24.2 μg/dayとなり、米国やカナダの1日のVD摂取量の推奨値である15.0 μg/dayを上回っています。ところが、妊婦のVD栄養状態の目安となる血中25(OH)D濃度の平均は11.4 ng/mLであり、これはVD欠乏状態注釈7を示す値となっていました。

表1

3. 研究結果と考察

VD 栄養状態の⽬安となる⾎中25(OH)D 濃度に影響を及ぼすパラメータを求めるため、各パラメータと25(OH)D 濃度との相関解析を⾏いました。表2 にその結果を⽰します。これを⾒ると、有意な相関関係を⽰すP 値で0.05 以下となったパラメータは、⾷事からのVD 摂取量とUV-B によるVD ⽣成量の2つでした(表中ハッチをかけた値)。年齢、妊娠前BMI 値、妊娠期間中体重増加量には、⾎中25(OH)D 濃度との有意な相関関係はありませんでした。

表2
次に、UV-B 強度とUV-B によるVD ⽣成量との関係を調べるために、実際のUV-B 強度観測データをもとに、1 年を3 つの期間に分けました。1 ⽇のUV-B 強度の積算値が5500 (J/m2/day)以上である⽉を「強UV-B ⽉」、3500-5500 (J/m2/day)である⽉を「中UV-B ⽉」、3500 (J/m2/day)以下である⽉を「弱UV-B ⽉」と分類しました。今回の研究対象者の⽣活圏に⼀番近い、横浜にある紫外線観測局の2018 年11 ⽉から2019 年10 ⽉の観測データをもとに分類したところ、以下の様に分類されました。

今日中弱

この分類をもとに、各UV-B 強度の⽉について、各パラメータの平均値と95%信頼区間を⽰したのが表3です。それぞれの分類⽉について、対象となるサンプルの数はN で⽰しています。

表3
これを⾒ると、年齢、BMI、⾷事からのVD 摂取量に、UV-B 強度の違いはほとんど影響を与えていないことが判ります。⾷事からのVD 摂取の平均値が弱UV-B ⽉で他の⽉より少し多くなっているのは、この季節に意識的にVD 含有量の多い⾷物を、妊婦らが摂取しているためかもしれません。⼀⽅、UV-B によるVD ⽣成量には、明らかにUV-B 強度の違いが現れています。強UV-B ⽉のVD ⽣成量の平均値が21.3 μg/day であるのに対し、中UV-B ⽉は17.6 μg/day、弱UV-B ⽉は8.5 μg/day にまで減少します。そして、注⽬すべきはすべての季節において、妊婦VD 栄養状態の⽬安となる⾎中25(OH)D 濃度は10〜12 ng/mL という、ビタミンD ⽋乏状態を⽰していたということです。次に、⾎中25(OH)D 濃度と各パラメータとの相関関係を調べるため、各UV-B 強度⽉別に、多変量相関解析を⾏いました。その結果を表4 に⽰します。この表を⾒ると、すべてのUV-B強度⽉について、年齢やBMI には⾎中25(OH)D 濃度との有意な相関は⾒られませんでした。
⼀⽅、⾷事からのVD 摂取量にはすべてのUV-B 強度の⽉において25(OH)D と相関が⾒られ、特に中UV-B ⽉と弱UV-B ⽉には統計的に有意な(P<0.05)強い相関関係(P<0.01)が⾒られました。また、UV-B からのVD ⽣成量に関しては、強UV-B ⽉のみに強い相関関係(P<0.01)が⾒られました。⼀⽅、中UV-B ⽉や弱UV-B ⽉には25(OH)D との相関は⾒られませんでした。

表4
これらの結果をもとに、我々は妊婦の⾎中VD 濃度を推定するロジスティック回帰モデル注釈9を構築しました。ここでは、妊婦の⾎中25(OH)D 濃度が12 ng/mL 以下のVD ⽋乏状態となる確率を、年齢、妊娠前BMI 値、妊娠期間中体重増加量、各季節のUV-B レベル、⾷事からのVD 摂取量、及びUV-B によるVD ⽣成量を説明因⼦として推定しました。その結果、UV-B によるVD ⽣成量のみが独⽴の決定因⼦として採択されました。このモデルは、VD ⽋乏状態となっている妊婦のうちの88%を予測することに成功しました。このモデルを活⽤することで、今後実際に⾎液を採取して⾎中25(OH)D 濃度を測定することなく、妊婦のVD ⽋乏状態を指摘することが可能になると考えられます。

4. 今後の展望

今回の研究で、最近の妊婦の間に幅広くVD ⽋乏状態が広がっていることが明らかとなりました。また、妊婦の多くは推奨量以上のVD を、⾷事やUV-B 照射によって取り込んでいると推定されているにもかかわらず、⾎中VD 濃度は全季節を通して⽋乏状態であることが明らかになりました。その原因として、妊婦においては摂取したVD の多くが胎児の⾻の⽣成に消費されている可能性が考えられます。本結果で得られたロジスティック回帰モデルをもとに妊婦にVD ⽋乏状況について情報提供することにより、妊婦のVD 栄養状況が改善されることが期待されます。また今後調査対象を、妊婦以外の⼥性や⾚ちゃんにも広げていくことで、⽇本⼈⼥性のVD 栄養状況の把握とその改善に貢献していきます。

5. 注釈

1: ビタミンD には、⾻の⽣育に必須な⾎中のカルシウム代謝を正常化する作⽤のほかに、免疫作⽤を⾼め、さまざまな病気の予防効果があることが判ってきています。ビタミンD が不⾜すると、⾻へのカルシウム沈着障害が発⽣し、⾻に関する各種疾病への罹患率が上昇します。
2: 厚⽣労働省「⽇本⼈の⾷事摂取基準(2020 年版)」、2019 年12 ⽉
3: Tsugawa, N, et al. (2016), Association between vitamin D status and serum parathyroid hormone concentration and calcaneal stiffness in Japanese adolescents: sex differences in susceptibility to vitamin D
deficiency, J. Bone Miner. Metab., 34, 464-474.
4: Miyauchi, M., and H. Nakajima (2016), Determining an effective UV radiation exposure time for vitamin D synthesis in the skin without risk to health: Simplified estimations from UV observations, Photochemistry
and Photobiology, 92, 863-869, doi:10.1111/php.12651.
5: 中島英彰 (2020),「(総説)⽇光によるビタミンD の⽣成」, ビタミン, 94, 469-491.
6: 「95%信頼区間」とは、⺟集団から標本を取ってきて、その平均から95%信頼区間を求める、という作業を100 回⾏ったときに、95 回はその区間の中に⺟平均が含まれる範囲を意味します。統計的に有意とされる値の範囲を⽰します。
7: ビタミンD 栄養状態にはいくつかの指標がありますが、最近では⾎中25(OH)D 濃度に応じて、以下の分類が⼀般的になっています。VD 充⾜:> 30 ng/mL、VD 不⾜:20-30 ng/mL、VD ⽋乏:10-
20 ng/mL、VD 極度の⽋乏:< 10 ng/mL。
8: 「P 値」とは、統計学における「仮説検定」(⾃分が設定した仮説が正しいかどうかを統計的に判定する⽅法)において、元データの指標が、サンプルから観察された値と等しいか、それよりも⼤きな(⼩さな)値を取る確率のことです。回帰分析の結果として出⼒されます。例えば、有意⽔準を0.05 (5%)とした場合には、P 値が0.05 以下の値であれば仮説検定は棄却され、作業仮説は間違えていないと統計的に結論付けられます。P 値が⼩さいほど、統計的に有意な相関関係があると⾔えます。
9: いくつかの要因(説明変数)から、ある「2 値の結果(⽬的変数)」が起こる確率を説明・予測する統計⼿法で、多変量解析⼿法の⼀つです。

6. 研究助成

本研究は科学研究費助成事業基盤研究C(⼀般)No. 18K09045、2019 年度⼀般財団法⼈⽇本⾻代謝学会若⼿研究者助成⾦、2021/2022 年度京都⼤学⽣存圏研究所⽣存圏科学共同研究経費の助成を受けて実施されました。

7.発表論文

【タイトル】
Estimation of the vitamin D (VD) status of pregnant Japanese women based on food intake and VD synthesis by solar UV-B radiation using a questionnaire and UV-B observations
【著者】
Hideaki Nakajima, Yuko Sakamoto, Yuka Honda, Toru Sasaki, Yuka Igeta, Daiki Ogishima, Shozo Matsuoka, Sung-Gon Kim, Muneaki Ishijima, and Koji Miyagawa
【掲載誌】Journal of Steroid Biochemistry and Molecular Biology
【URL】https://doi.org/10.1016/j.jsbmb.2023.106272(外部サイトに接続します)
【DOI】doi:10.1016/j.jsbmb.2023.106272(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。

 

国⽴研究開発法⼈国⽴環境研究所
地球システム領域
 主席研究員 中島英彰
 ⾼度技能専⾨員 佐々⽊徹

 

順天堂⼤学附属練⾺病院
整形外科
 准教授 坂本優⼦
 助教 井下⽥有芳
 先任准教授 ⾦勝乾
 産科婦⼈科
 先任准教授 荻島⼤貴
 准教授 松岡正造

 

順天堂⼤学⼤学院医学研究科

整形外科・運動器医学
 教授 ⽯島旨章
 ⼩児科・思春期科学
 ⾮常勤助教 本⽥由佳