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2023.03.17 (FRI)

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粘液分子が花粉から眼を保護する仕組みを解明 ― 花粉症の新たな治療へつながる可能性 ―

順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センターの安藤智暁 助教、北浦次郎 教授、奥村康 センター長ら、および同大学医学部附属 浦安病院眼科の松澤萌 助手、大学院医学研究科眼科学 海老原伸行 教授らの研究グループは、眼の表面を保護する粘液(ムチン分子*1)のシアル化糖鎖*2が、粘液の花粉などの粒子を包み込んで除去する機能を高め、花粉症の抑制に役立っていることを初めて明らかにしました。これまでムチン分子の糖鎖については、結膜疾患によってその組成が変化することは知られていましたが、その役割については明らかになっていませんでした。研究グループは、マウスを用いた実験により、シアル化糖鎖を作るSt6galnac1酵素*3が、花粉を隔離する粘液層の形成に関わり、花粉症の発症を抑制することを明らかにしました。本研究成果は、2023年 3月17日に英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

本研究成果のポイント

  • 眼に多く発現するシアル酸転移酵素St6galnac1の役割を解明
  • St6galnac1によりシアル化されたムチンは花粉粒子を粘液層でカプセル化する
  • シアル化酵素の増加によるアレルギー性結膜炎の予防と治療応用の可能性

背景

粘液を構成する主要なタンパク質であるムチンは、粘膜表面の防御に重要な働きをしていると考えられています。粘液は主に眼の結膜に存在する杯細胞*4という細胞から分泌されており、この杯細胞を刺激してより粘液を多く分泌させる薬がドライアイの治療に使われています。杯細胞から放出されるムチンはゲル形成性ムチンとも呼ばれ、その表面に非常に多くの糖鎖を持っています。この糖鎖は水を引きつけることによって、眼を潤すなど、重要な働きをしています。これまで、ゲル形成性ムチンは眼に入った異物や病原微生物を取り除く作用があるとされていましたが、花粉症など眼のアレルギー疾患においてどのような働きをしているのかは明らかではありませんでした。また、ムチン上の糖鎖は機械的刺激を受ける疾患や炎症を伴う疾患など、様々な疾患によって組成が変化することが知られていましたが、それが原因で病態を悪化させているのか、もしくは病態を抑えようとして生体が反応している状態なのかは不明でした。

内容

ヒトの眼の杯細胞は、その内部に貯めているムチンがマイナス電荷を持っているため、アルシアンブルー染色*5という方法で青色に染色することができます。研究グループは、マウスの系統によって、アルシアンブルーに染まる杯細胞を持つ系統と、染まらない系統があることに着目しました。まず、ヒトにおいてもマウスにおいても青色に染まるマイナス電荷を帯びた物質はシアル酸であることをつきとめ、青色に染まらない系統のマウスではシアル酸化糖鎖を合成する酵素St6galnac1が酵素活性を失っていることを明らかにしました。実際に、酵素活性を持つSt6galnac1を導入すると、杯細胞が青色に染まるようになり、この酵素が眼のムチンのシアル化に重要な働きをしていることが明らかになりました。
興味深いことに、シアル化されたムチンは眼に入ってきた花粉粒子を効率的に捕まえ、ゲル状の被膜でカプセル化することがわかりました。一方、シアル化されていないムチンではこの作用がほとんどないこともわかりました。これらの結果から、シアル化糖鎖を持つムチンは眼の表面を保護する役割があると考えられます。
そこで、ヒトの病気にこの作用が関わっているのかを調べたところ、慢性的な刺激や炎症を伴う病気で、ST6GALNAC1やST6GALNAC1が合成するシアル化糖鎖が増加していることが明らかになりました。さらに、マウスの花粉症モデルでは、ムチンをシアル化できるマウスで発症が抑制されることが判明しました。これらの結果から、①ゲル形成性ムチンのシアル化が異物、特に花粉などのアレルゲン粒子の侵入に対して保護的に働くこと、②ヒトは病的な状態に対応するために、シアル化糖鎖を増加させる仕組みを備えていることがわかりました。
安藤先生

図1:本研究で明らかになったムチンのシアル化糖鎖の役割
杯細胞は糖鎖のついたムチン分子を合成し、細胞の中に貯蓄している。シアル酸転移酵素が働くと、糖鎖にシアル酸が付加され、シアル化糖鎖を持ったムチン分子ができる。花粉が眼に入ると、杯細胞は粘液を放出して花粉を捕まえるが、シアル酸が付加されている場合には粘液層でカプセル化し花粉を効率よく除去したり、細菌やアレルゲン粒子などの微粒子を閉じ込めることが可能になる。
(©Matsuzawa M et al. 2023. The protective role of conjunctival goblet cell mucin sialylation. Nat commun, DOI:10.1038/s41467-023-37101-y, より改変. クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際) https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)

今後の展開

今回の研究では、粘液分子であるムチンが持つ糖鎖がシアル化されることによって、その働きが強化される仕組みが明らかになりました。シアル化されたムチンが眼に入った花粉の周りに形成するカプセル層は、細菌などを通さないため、黄砂や微粒子が眼に入った時にも重要な働きを果たす可能性があります。今後はムチンの糖鎖をコントロールする仕組みを解明し、花粉症の予防や治療に繋がるように、さらなる研究を行っていきます

用語解説

*1 ムチン分子: 粘液の主成分をなすタンパク質で、その表面に多数の糖鎖が結合している。粘液として分泌される分泌型と、細胞膜に結合している膜型が存在し、本研究において主な対象となったゲル形成性ムチンは分泌型である。湿潤(湿らせること)、潤滑(滑らかに滑らせること)の2大作用のほか、ゲル形成性ムチンは異物除去などに関わるとされる。
*2 シアル化糖鎖: 糖は複数結合して長い鎖状、もしくは分岐した形状をとることができ、総称して糖鎖と呼ばれる。ムチン分子に結合している糖鎖の先端部にシアル酸が結合したものをシアル化糖鎖と呼ぶ。シアル酸はマイナス電荷を帯びているため、シアル化糖鎖を持つムチンは全体に負電荷を持つ状態になる。シアル酸は「酸」と名がついているが、それ自体も糖の一種である。
*3 St6galnac1酵素 : シアル酸をN-アセチルガラクトサミンに結合させる酵素。シアル酸はCMP(cytidine-5’-monophosphate)という物質に結合した状態で準備され、そこからシアル酸だけを目的の糖鎖に移すことでシアル化糖鎖が合成される。このため、シアル酸転移酵素と呼ばれる。生体内には多種のシアル酸転移酵素が存在しているが、St6galnac1は眼や腸管に多く発現していることが知られている。
*4 杯細胞: 粘膜において粘液を放出する特殊な上皮細胞であり、粘液を細胞内に蓄えた姿が杯のように見えることから杯細胞と呼ばれる。
*5 アルシアンブルー染色: フタロシアニン系色素に属する塩基性の色素で、シアル酸、硫酸基、ヒアルロン酸などを含む酸性粘液多糖類を染色する。染色時のpHによって染色する酸性物質の特異性を変えることができる。

研究者のコメント

ゼリー状の粘液層が花粉の塊を包み込んでいる様子は神秘的で、異物に付着した細菌などを通さないバリアとして働く仕組みは腸管とも共通しています。粘液というとあまりきれいなイメージはないかもしれませんが、汚れ役を買って出て、いつも我々の体をきれいに保つために活躍してくれている重要な仕組みであることがわかりました。糖鎖に着目することで、この粘液の特性をより良い状態に保ち、花粉症の予防や治療に役立てる研究につなげたいと考えています。

原著論文

本研究はNature communications誌に2023年3月17日付で公開されました。
タイトル: The protective role of conjunctival goblet cell mucin sialylation
タイトル(日本語訳): 結膜における杯細胞ムチンのシアル化が果たす保護的な役割
著者:Moe Matsuzawa, Tomoaki Ando, Saaya Fukase, Meiko Kimura, Yasuharu Kume, Takuma Ide, Kumi Izawa, Ayako Kaitani, Mutsuko Hara, Eri Nakamura, Anna Kamei, Akira Matsuda, Nobuhiro Nakano, Keiko Maeda, Norihiro Tada, Hideoki Ogawa, Ko Okumura, Akira Murakami, Nobuyuki Ebihara, and Jiro Kitaura
著者(日本語表記): 松澤萌1,2,3), 安藤智暁1), 深瀬紗綾1,2,3), 木村芽以子1,2,3), 久米泰治1,2,3), 井出琢磨1,4), 伊沢久未1), 貝谷綾子1), 原むつ子1,5) , 中村衣里6), 亀井杏菜1,7), 松田彰3), 中野信浩1), 前田啓子1,8), 多田昇弘9), 小川秀興1), 奥村康1), 村上晶3), 海老原伸行2,3), 北浦次郎1,7)
著者所属:1)順天堂大学 アトピー疾患研究センター, 2)順天堂大学 浦安病院 眼科, 3)順天堂大学 眼科学, 4)順天堂大学 耳鼻咽喉・頭頸科, 5)順天堂大学 研究基盤センター 共同研究・研修室(Ⅰ), 6)順天堂大学 老人性疾患病態・治療研究センター, 7)順天堂大学 アレルギー・炎症制御学, 8)順天堂大学 免疫診断学, 9)順天堂大学 疾患モデル研究センター
DOI: 10.1038/s41467-023-37101-y

 
本研究はJSPS科研費(17H04217, 20H03721, 17K10253, 20K08808)および参天製薬創業者記念眼科医学研究基金などの助成を受けて行われました。本研究にご協力いただきました皆様に深謝いたします。