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2023.03.27 (MON)

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3 cm以下の早期肺がんに対して 肺機能温存手術である区域切除の有用性を証明 -The Lancet Respiratory Medicineに論文発表-

発表のポイント

● 日本臨床腫瘍研究グループの肺がん外科グループにおける大規模な臨床試験の結果、胸部薄切CT*1で3 cm以下のすりガラス影*2を多く含む肺がんに対して、区域切除*3が肺葉切除に劣らない生存割合を示し、肺機能も温存できることが明らかになりました。

● 本試験の結果、3 cm以下の早期肺がんにおいて、これまで標準治療として行っていた肺葉切除に加えて、切除範囲がより小さい区域切除が標準治療のひとつとして確立し、より肺機能温存に配慮した外科治療の提供が可能となります。

● 本試験の成果は英国学術雑誌「The Lancet Respiratory Medicine」に発表されました。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院(病院長:島田和明、所在地:東京都中央区)が、中央支援機構(データセンター/運営事務局)を担い支援する日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group:JCOG)では、科学的証拠に基づいて患者さんに第一選択として推奨すべき治療である標準治療や診断方法等の最善の医療を確立するため、専門別研究グループで全国規模の多施設共同臨床試験を実施しています。
この度、JCOGの肺がん外科グループでは、3 cm以下のすりガラス影を主とする肺がん患者さん396人を対象に、区域切除の有用性を検証する単群検証的試験(JCOG1211、研究代表者:順天堂大学大学院医学研究科 呼吸器外科学 鈴木健司、共同研究者:国立がん研究センター東病院 呼吸器外科 青景圭樹、聖マリアンナ医科大学 呼吸器外科 佐治久)を実施しました。その結果、3 cm以下の早期肺がんに対する外科治療において、標準手術である肺葉切除に加えて、肺葉よりも小さい区画で切除する肺機能温存手術のひとつである「区域切除」が有用であることを証明しました。区域切除により肺機能をできるだけ温存することによって、手術後の患者さんの日常生活動作への影響を軽減することが期待されます。2 cm以上の肺がんにおいて、肺機能温存手術の有効性を証明したのは世界で初めてであり、区域切除が標準治療のひとつとして確立したことから、より肺機能温存に配慮した外科治療の提供が可能となります。
本試験の成果は、英国学術雑誌「The Lancet respiratory medicine」で発表(日本時間2023年3月27日付)されました。

背景

肺がんは日本および世界でも罹患数、死亡数が多いがんです。また治療が困難な難治がんのひとつであり、治療開発が盛んに行われています。近年、がん検診やCTの普及により、より早期に肺がんが発見される機会が増え、治癒を目指せる治療として外科治療の重要性が増してきています。3 cm以下の肺がんに対しては肺葉切除が標準治療として行われていますが、平均余命の延長に伴い、肺がんを含む新たながんの罹患増加やがん罹患年齢の高齢化が進み、肺機能温存の重要性が認識されています。しかし、腫瘍が小さいもしくは早期の肺がんにおいて、肺をどの程度切除すればよいか、以前から議論が続いていました。
肺の外科手術における機能温存手術には、「区域切除」と「楔状切除」があります。これらが標準治療の肺葉切除に有効性や安全性が劣らなければ臓器を温存できることになります。肺の機能は有限であり、肺の切除範囲が大きいと術後の患者さんの日常生活動作に影響することが知られています。がんの根治性は極めて重要ですが、機能温存と両立させる過不足のない手術が強く求められていました。

JCOG1★

研究方法・成果

JCOG の肺がん外科グループでは、全国43施設の協力を得て、胸部CT所見においてすりガラス影を主とする3 cm以下のステージI期肺がんに対する区域切除の有用性を検証する単群検証的試験3を実施しました。
臨床研究実施計画・研究概要公開システム
https://center6.umin.ac.jp/cgi-open-bin/ctr/ctr_view.cgi?recptno=R000013286


本試験は胸部薄切CTにおいて、腫瘍の最大径が3 cm以下、かつすりガラス影を主とする(C/T比*4が0.5以下)肺がんを有する患者を対象に行いました。年齢は20~79歳、全身状態のスコア(PS: Performance status)が0か1と良好であり、規定の採血データなどで臓器機能障害がなく、肺葉切除に耐え得るなどの適格規準を満たす患者さんにご参加いただきました。

JCOG2★

2013年9月から2015年11月の期間に396人の患者さんが登録されました。全患者登録終了後、5年後に主たる解析が行われました。区域切除が完遂された357人の患者さんの術後5年時点における無再発生存割合は98%で、上回るべき最低値として予め設定していた87%を有意に上回ったため、区域切除が同対象においても有効であると結論づけられました。

JCOG3★

また、区域切除後の術後早期に発症する主な有害事象のうち、比較的重症なGrade (重症度評価)3~4の有害事象は、肺感染(1%)、肺瘻(1%)、胸水(<1%)と漿液腫(<1%)でした。呼吸機能も肺葉切除に比べて区域切除では術後1年後の肺活量(1秒量)の低下が有意に少なかったことが明らかになりました。
以上の結果から、区域切除の有効性と安全性が証明され、同対象においては肺葉切除に加えて区域切除が標準治療のひとつと位置付けられました。

展望

本試験の結果を受け、エビデンスに基づいた外科治療の提供が可能となり、3 cm以下ですりガラス影を主とする肺がんに対しては、切除マージン(がんからの適切な距離)が確保できれば、区域切除を行うことが第一選択として推奨されます。本試験の結果により、日本だけでなく世界的にも標準治療の肺葉切除に加えて区域切除が行われる機会が増え、肺がん患者さんにより有用な手術が適用されることが期待されます。
また、JCOG肺がん外科グループではさらに肺がんの病態解明に努め、根治性が高く、機能温存の面からも優れた治療開発を進めてまいります。

発表論文

雑誌名: The LANCET Respiratory Medicine
タイトル: Segmentectomy for ground glass-dominant lung cancer with a tumour diameter of 3 cm or less (JCOG1211): a multicentre, single-arm, confirmatory, phase 3 trial
著者: Keiju Aokage, Kenji Suzuki, Hisashi Saji, Masashi Wakabayashi, Tomoko Kataoka, Yuta Sekino, Haruhiko Fukuda, Makoto Endo, Aritoshi Hattori, Takahiro Mimae, Tomohiro Miyoshi, Mitsuhiro Isaka, Hiroshige Yoshioka, Ryu Nakajima, Kazuo Nakagawa, Jiro Okami, Hiroyuki Ito, Hiroaki Kuroda, Masahiro Tsuboi, Norihiko Okumura, Makoto Takahama, Yasuhisa Ohde, Tadashi Aoki, Yasuhiro Tsutani, Morihito Okada, Shun-ichi Watanabe.
掲載日: 2023年3月7日(日本時間)
DOI: 10.1016/S2213-2600(23)00076-0

研究費

● 国立がん研究センター研究開発費
成人固形がんに対する標準治療確立のための基盤研究(29-A-3, 2020-J-3)

● 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
革新的がん医療実用化研究事業
「非浸潤または小型非小細胞肺癌に対する標準的機能温存手術の確立に関する研究」(17ck0106323h0001, 18ck0106323h0002, 19ck0106323h0003, 20ck0106599h0001, 21ck0106599h0002, 22ck0106599h0003)

日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)の概要

日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group:JCOG)は、新しい治療法の開発や検5証的試験の実施を通じて、科学的証拠に基づいて第一選択として推奨すべき治療である標準治療や診断方法等の最善の医療を確立することを目的として研究活動を行っています。各種がんの治癒率の向上とがん治療の質の向上を図ることを目標としています。
JCOGは国立がん研究センター研究開発費、日本医療研究開発機構研究費を主体とする公的研究費によって助成される研究班を中心とする多施設共同臨床研究グループで、がん診療連携拠点病院を中心とした医療機関の研究者で構成される専門分野別研究グループと国立がん研究センターが管轄する中央支援機構(国立がん研究センター中央病院臨床研究支援部門)および各種委員会から構成されており、法人格を有さない任意団体です。
JCOG website: http://www.jcog.jp/index.htm

用語解説

*1 胸部薄切CT(Computed tomography)
通常のCTのスライス厚よりもより薄いスライス厚で撮像するCT。一般的には2 mm以下のスライス厚でのCTのことを指す。病変をより細かく評価でき、肺病変においてすりガラス影の評価が可能となる。

*2 すりガラス影
CT画像において、肺の中にすりガラスのような模様が見られる場合、それを「すりガラス影」と呼ぶ。すりガラス影は、特に肺胞内に液体が溜まる疾患や、肺胞壁が肥厚する疾患、肺胞内の炎症や感染症、肺がんなどの病気によって引き起こされることがあり、特に初期の肺腺がんに認められる。肺腺がんにおけるすりガラスの部分は病理学的には比較的早期の肺がん部分に相当し、その割合と肺がんの悪性度が相関することが知られている。すりガラスに見えない所見の充実部分と対比される。

*3 区域切除
肺を切除する方法のひとつ。肺葉切除は左右で5つある葉の単位で肺の切除を行うが、区域切除はさらに細かく区分けした肺区域単位で切除を行うことであり、肺葉切除よりも肺実質が温存できる(2ページの図参照)。

*4 C/T比(consolidation to tumor ratio)
薄切CT画像での評価で、肺結節における充実部分とすりガラス影を含む結節の最大径の比。C/T比と病理学的な肺がんの悪性度が相関していることがわかっており、その比を指標として肺の機能温存を図る外科治療開発が日本で行われている。本臨床試験においては、「C/T比が0.5以下」のことを「すりガラス影を主とする」と表記している。