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2023.03.09 (THU)

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心臓血管外科手術後の急性腎障害の発症を抑制する新しい人工心肺管理の有効性を確認 ― 至適人工心肺管理の確立に向けて ―

順天堂大学医療科学部臨床工学科の向田宏 講師、大学院医学研究科心臓血管外科学の松下訓 准教授、天野篤 特任教授らは、人工心肺による補助のもとで心臓血管外科手術を施行される患者さんに対し、酸素供給量*1を指標に人工心肺の灌流量*2を調節することで術後の急性腎障害の発症を抑制できることを確認しました。
この結果は、至適人工心肺管理方法の確立のための新たな指標となり得、患者予後向上への寄与が期待されます。
本論文はThe Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery誌165巻2号(2023年2月号)に掲載されました。

本研究成果のポイント

  • 人工心肺補助下に心臓血管外科手術を施行される患者さんに対して、人工心肺中の酸素供給量を300mL/min/m2以上となるように灌流量を調節する介入研究(ランダム化比較試験)を国内で初めて実施した。
  • 酸素供給量を指標に灌流量を調節する人工心肺管理は、従来の体表面積から算出された灌流量を一定に保つ人工心肺管理と比較して、術後における急性腎障害の発症を抑制した。
  • これらの結果はより安全な人工心肺管理の確立につながり、患者予後の向上が期待される。

背景

心臓手術の際は心臓や肺の代わりとなる「人工心肺」を使用し酸素が豊富に含まれた血液を全身へ送り出します。そのため、臓器が必要とする酸素を適切に届けるためには人工心肺から送り出す血液の「量」と「濃さ」が非常に重要です。
これまで人工心肺の灌流量の管理は、体表面積から算出された灌流量を一定に保つ管理方法が一般的に行われてきましたが、時に術後の腎機能障害を発症することが報告されていました。その原因として手術中の貧血による腎臓への酸素供給量の低下が関係することが明らかになりました。つまり一定に灌流量を保つ場合、手術の出血などから貧血の状態になると相対的に酸素供給量が低下してしまいます。このような場合には、酸素供給量を確保するために灌流量を増加することが臓器保護にとって重要であることを示唆しています。輸血も一つの方法ですが、合併症などのリスクを考えると灌流量を増加する方がより安全かつ簡便です。
これまでも海外では従来の体表面積から算出した一定の灌流量を維持する人工心肺管理と、組織に送り出される酸素供給量を指標に灌流量を調節する新しい人工心肺管理のどちらが術後の腎機能に有利であるかの比較検討は行われていました。しかしながら、人工心肺中に貧血になりやすいとされる体格が小柄な患者さんでの検討はされていませんでした。そこで今回私たちは日本国内の症例を用いて検証を行いました。

内容

本研究では、順天堂大学医学部附属順天堂医院で人工心肺補助下に心臓血管外科手術を施行される患者300名を対象とし、人工心肺中の灌流量を体表面積から算出しそれを維持する従来群と、酸素供給量が300mL/min/m2以上になるように灌流量を調節させる灌流量調節群に無作為に割り付けるランダム化比較試験を行いました。手術終了時、術後1日目、術後2日目に腎機能分類であるKDIGO分類*3を用いて急性腎障害の発症の有無を評価しました。
その結果、術後の急性腎障害発症率は従来群では30.4%、灌流量調節群では14.6%と灌流量調節群において有意に低く、発症リスクが0.48倍に低下することが明らかになりました(図1)。以上の結果から、酸素供給量を指標に灌流量を調節する新しい人工心肺管理は、術後の急性腎障害の発症を抑制することが明らかになりました。加えて貧血の指標であるヘマトクリット値*4と急性腎障害の関係について分析したところ、人工心肺中の貧血が進行するほど灌流量調節群では急性腎障害の発症率が低いことがわかりました(図2)。これは、貧血による酸素供給量の低下を灌流量の増加で補えることを示唆しており、この灌流量を調節する新しい人工心肺管理は貧血の状態ではより有効であることを示しています。

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図1:灌流量調節群と従来群の急性腎障害発症率
灌流量調節群(14.6%)では従来群(30.4%)と比較して、急性腎障害の発症率は低かった。
酸素供給群では急性腎障害の発症リスクが0.48倍に低下することを示しています。

 

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図2:人工心肺中の貧血進行時における積極的な灌流量増加による急性腎障害発症リスクの低減
人工心肺中の最低ヘマトクリット値が低いほどオッズ比(※)が低く、灌流量の増加による
急性腎障害発症リスクを下げる効果が大きいことが明らかになった。
(※)オッズ比とはある事象の起こりやすさを比較して示す統計学的な尺度。オッズ比が1より小さければ小さいほど急性腎障害の発症リスクが低いことを示している。

今後の展開

人工心肺中の酸素供給量を一定以上となるように灌流量を調節する新しい人工心肺管理が有用であることを示した本研究の結果は、最適な人工心肺管理を確立する上で臨床的意義は高いと考えられます。さらに、血液が薄まりやすく貧血が進行しやすい人工心肺という環境下では、術後の急性腎障害の予防にのみならず、輸血量の低減にも寄与する可能性があります。今後、本研究が心臓血管外科手術における合併症の軽減を目指す至適人工心肺管理の新たなエビデンスに役立てられることが期待されます。

用語解説

*1 酸素供給量 :組織や臓器へ送られる血液中に含まれる酸素の総量。
*2 灌流量 :人工心肺装置から全身へ送られる1分間あたりの血液の量。
*3 KDIGO分類  :腎臓病の予後を改善することを目的とした国際組織であるKDIGO(Kidney Disease: Improving Global Outcome)により定義された腎機能障害の分類。
*4 ヘマトクリット値 :血液中に赤血球が占める割合であり、貧血の指標である。高いと酸素を運ぶ量が多いことを意味する。

原著論文

本研究はThe Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery誌の165巻2号(2023年2月号)に掲載されました。
タイトル: Oxygen delivery-guided perfusion for the prevention of acute kidney injury: A randomized controlled trial
タイトル(日本語訳): 急性腎障害を予防する酸素供給ガイド下人工心肺管理:ランダム化比較試験
著者:Hiroshi Mukaida1,2,3), Satoshi Matsushita2), Taira Yamamoto2), Yuki Minami3), Go Sato3), Tohru Asai2) and Atsushi Amano2)
著者(日本語表記): 向田宏1,2,3)、松下訓2)、山本平2)、南侑輝3)、佐藤剛3)、浅井徹2)、天野篤2)
著者所属:1)順天堂大学医療科学部臨床工学科、2)順天堂大学大学院医学研究科心臓血管外科学講座、3)順天堂大学医学部附属順天堂医院臨床工学室
DOI:  10.1016/j.jtcvs.2021.03.032

 
本研究は日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム(16dm0107098、20dm017097)および脳とこころの研究推進プログラム(21wm0425008、22dm0207074)などの助成を受けて行われました。