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2023.04.17 (MON)
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中学・高校生期と高齢期の両方の運動習慣がサルコペニアリスクを低減 ~高齢者を対象とした文京ヘルススタディー(観察研究)で明らかに~
順天堂大学大学院医学研究科スポートロジーセンターの博士研究員 田端宏樹、田村好史 先任准教授、河盛隆造 特任教授、綿田裕孝 教授らの研究グループは都内在住の高齢者1607名を対象とした調査により、中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動習慣がある高齢者ではサルコペニア(*1)や筋機能低下のリスクが低いことを明らかにしました。超高齢社会に直面する我が国では、長期介護・寝たきりが社会問題化しており、要介護の主要なリスクであるサルコペニアの予防は重要な課題です。
サルコペニアのリスク低減により有効な運動を実施すべき重要な時期を示唆した本成果は、我が国における介護予防や健康寿命の延伸の観点から、極めて有益な情報であると考えられます。本研究は「Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle」のオンライン版で公開されました。
本研究成果のポイント
- 東京都文京区在住の高齢者1607名を対象とした調査を実施。
- 中学・高校生期と高齢期の両方の時期で運動習慣がある高齢者では骨格筋機能が高く、サルコペニアのリスクが低いことが明らかとなった。
- サルコペニアの予防には、中学・高校生期と高齢期の両方で運動を実施する重要性が示唆された。
背景
サルコペニアとは加齢や疾患により、骨格筋の筋量や筋力などの骨格筋機能が著しく低下し、身体機能に障害が生じた状態であり、日常生活動作の制限や転倒・骨折など要介護に繋がる様々な悪影響を引き起こします。我が国を含むアジア人は欧米人に比べBMIの低い人(やせ型の人)が多く、生来の骨格筋量が少ないため、アジア人の高齢者はサルコペニアに陥りやすいと言われています。
運動は骨格筋機能を維持・改善できるためサルコペニアの予防に有効ですが、生涯のいずれの時期の運動実施が高齢期の骨格筋機能の維持、すなわちサルコペニアの予防により有効であるかは十分に解明されていませんでした。骨格筋機能は20~25歳でピークを示し、50歳前後から徐々に低下していくことより、ピークを高める中学・高校生期と低下を抑える高齢期での運動実施がサルコペニアの予防により重要な運動実施時期である可能性があります。
そこで本研究では、都市部在住高齢者を対象とした観察型コホート研究“Bunkyo Health Study”(文京ヘルススタディー) (*2)において、中学・高校生期および高齢期の運動習慣とサルコペニアおよび骨格筋の筋量低下、筋パフォーマンス低下との関連について検討しました。
内容
本研究では、東京都文京区在住の高齢者を対象とした観察型コホート研究“Bunkyo Health Study”のベースライン測定に参加した65~84歳の高齢者1607名(男性679名、女性928名)の骨格筋機能指標(骨格筋量、握力、脚伸展・屈曲筋力、最大歩行速度、血中マイオカイン濃度)および質問紙を用いた運動習慣調査のデータを用いて解析を行いました。サルコペニアはAWGS2019(*3)の診断基準を参考に握力(男性<28kg、女性<18kg)、DXA法(*4)による骨格筋量(男性<7.0kg/m2、女性<5.4kg/ m2)、最大歩行速度(男性<1.46 m/s、女性<1.36m/s)で診断しました。中学・高校生期の運動習慣の有無と現在(高齢期)の運動習慣の有無とで4群に分け、サルコペニアの有病率、サルコペニアの診断要素の保有率および骨格筋機能指標を比較しました。
その結果、男性では中学・高校生期と高齢期のいずれもで運動習慣を有する人では両時期で運動習慣を有さない人に比べてサルコペニアの有病率が0.29倍、筋量低下の保有率が0.21倍、筋力・身体機能低下の保有率が0.52倍低く、女性ではサルコペニアの有病率に差はみられなかったものの、中学・高校生期と高齢期のいずれもで運動習慣を有する人では両時期で運動習慣を有さない人に比べて筋力・身体機能低下の保有率が0.53倍低いことが示されました。
図1:4つの運動グループとサルコペニアの有病率の関連
*年齢、BMI、教育年数、喫煙歴、たんぱく質摂取量、2型糖尿病の有無、心血管疾患の有無、骨粗鬆症の有無、若年期から中年期の運動習慣指数で調整
男性では中学・高校生期と高齢期(現在)の両方で運動習慣を持つ群で両方の時期に運動習慣を持たない群に比べて、サルコペニアのオッズ比(*5)が0.29倍と有意に低い。
図2:4つの運動グループとサルコペニアの診断要素の保有率との関連
*年齢、BMI、教育年数、喫煙歴、たんぱく質摂取量、2型糖尿病の有無、心血管疾患の有無、骨粗鬆症の有無、若年期から中年期の運動習慣指数で調整
中学・高校生期と高齢期(現在)の両方で運動習慣を持つ群で両方の時期に運動習慣を持たない群に比べて、男性では筋量低下の保有率のオッズ比が0.21倍、筋力・身体機能低下の保有率のオッズ比が0.52倍と低く、女性では筋力・身体機能低下の保有率のオッズ比が0.53倍と低かった。
今後の展開
本研究では、男性は中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動することにより、サルコペニアのリスクを低減できる可能性が明らかになりました。また、女性においても中学・高校生期と高齢期の両方の時期に運動することにより、高齢期の筋力・身体機能の低下リスクを低減できる可能性が示されました。
本研究の興味深い点は、高齢期の運動だけでなく、数十年前の中学・高校生期の運動が高齢期の骨格筋機能の維持に関連している可能性を示している点です。昨今、少子化や働き方改革などにより学校における部活動の在り方が変わり、中学・高校生期に運動に取り組む機会が減少してきています。実際にスポーツ庁の調査では2009年から2018年の間に中学生の運動部活動所属者が約13.1%減少したと報告されています。本研究の成果は、若い頃の運動の長期的な意義を示唆しており、若い頃に参加しやすい運動やスポーツの機会を増やしていくことが将来の健康長寿社会の創出につながると期待されます。
今回の研究により、中学・高校生期と高齢期の運動が骨格筋機能に良い影響を与えうることが示唆されましたが、それぞれの時期にどのような運動をどれくらい行うことが必要かなど、まだ不明の点が多く残されており、今後さらなる研究を進めていきます。
用語解説
*1 サルコペニア:
加齢や疾患により筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態を指す。2016年に国際疾病分類に登録された。ヨーロッパやアジアのワーキンググループで診断基準の共通見解(EWGSOP2、AWGS2019)がある。
*2 Bunkyo Health Study (文京ヘルススタディー):
順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンターで2015年から取り組んでいてる、東京都文京区民1,629名の高齢者を対象として、認知機能・運動機能などが「いつから」「どのような人が」「なぜ」低下するのか?「どのように」早期の発見・予防が可能となるか?などを明らかにする研究。
(参照: https://research-center.juntendo.ac.jp/sportology/research/bunkyo/)
*3 AWGS2019 (Asian Working Group for Sarcopenia 2019):
アジアサルコペニアワーキンググループが提唱するアジア人のためのサルコペニアの診断基準。2014年にAWGS2014が提唱され、2019年にAWGS2019として改訂された。 AWGS2019では筋力低下(握力:男性<28kg、女性<18kg)、身体機能低下(6m歩行速度:<1.0m/秒、5回椅子立ち上がりテスト:≧12秒など)、骨格筋量低下(骨格筋指数:男性<7.0kg/m2、女性<5.4kg/m2)によりサルコペニアが診断される。
*4 DXA法 (二重エネルギーX線吸収測定法):
2種類の微量なX線を利用して透過率の違いから体組成を測定する方法。
*5 オッズ比:
ある疾患などへのかかりやすさを群間比較した尺度のこと。オッズ比が1より小さいとかかりにくいことを意味する。
原著論文
本研究成果は「 Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle」のオンライン版(2023年4月13日付 )で公開されました。
英文タイトル: Effects of Exercise Habits in Adolescence and Older Age on Sarcopenia Risk in Older Adults
: The Bunkyo Health Study
タイトル(日本語訳): 青年期および高齢期の運動習慣がサルコペニアリスクに与える影響:文京ヘルススタディ-
著者: Hiroki Tabata1, Hikaru Otsuka2, Huicong Shi2, Mari Sugimoto2, Hideyoshi Kaga3, Yuki Someya4, Hitoshi Naito3, Naoaki Ito3, Abulaiti Abudurezake1, Futaba Umemura2, Mai Kiya3, Tsubasa Tajima3, Saori Kakehi1, Yasuyo Yoshizawa5, Ryuzo Kawamori1,2,3, Hirotaka Watada,1,3 and Yoshifumi Tamura1,2,3,5,6
著者(日本語表記): 田端 宏樹, 大塚 光, 石 薈聡, 杉本真理, 加賀 英義, 染谷 由希, 内藤 仁嗣, 伊藤 直顕, アブドラザク アブラディ, 梅村 二葉, 木屋 舞, 田島 翼, 筧 佐織, 吉澤 裕世, 河盛 隆造, 綿田 裕孝, 田村 好史
著者所属:
- 順天堂大学大学院医学研究科 スポートロジーセンター
- 順天堂大学大学院医学研究科 スポーツ医学・スポートロジー
- 順天堂大学大学院医学研究科 代謝内分泌内科学
- 順天堂大学スポーツ健康科学部
- 順天堂大学大学院医学研究科 共同研究講座(健康寿命学講座)
- 順天堂大学国際教養学部
DOI : https://doi.org/10.1002/jcsm.13218
本研究は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(2014-2018,S1411006)、JSPS科研費(JP18H03184、JP20K23261)、ミズノスポーツ振興財団、三井生命厚生財団の研究助成を受け実施しました。また、本研究に協力頂きました参加者様のご厚意に深謝いたします。