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2023.08.23 (WED)

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細胞内の運び屋が荷物を安定化して運ぶ仕組みを解明 ―モーター分子キネシンが荷物を認識・安定化して輸送する分子機構を解明―

♦発表概要

順天堂大学特任教授、東京大学名誉教授、特任教授(研究当時)、廣川信隆博士、東京大学大学院医学系研究科蒋緒光大学院生(研究当時)、小川覚之助教(研究当時)を中心とする共同研究グループは、細胞内物質輸送に関わるモーター分子KIF3A/KIF3B/KAP3(注1)複合体と荷物APCタンパク質の複合体の溶液中構造を解析し、複合体の分子状態として、荷物を乗せていない伸びた状態と、荷物を認識した状態、荷物を強く結合した状態、さらにその中間的遷移段階を観察しました。複数の解析法を統合し、溶液中での構造変化と結合部位を詳細に解析し、細胞内輸送において荷物を認識して安定的に目的地まで運ぶ機構を明らかにしました。この研究によって細胞内輸送における荷物の認識機構が明らかとなり、細胞内輸送機構の障害との関わりが指摘される様々な疾患の発症機構の解明や治療法確立への基盤となると考えられます。

♦発表のポイント
  • 細胞内物質輸送においてモーター分子KIF3/KAP3が荷物を認識して安定化する分子機構を明らかにしました。
  • KIF3/KAP3複合体が荷物を認識する際に、荷物を乗せていない伸びた状態と、荷物を認識した状態、荷物を強く結合した状態、さらにその中間的遷移段階の構造変化をすることを世界で初めて明らかにしました。
  • 今回の成果によって細胞内輸送の荷物認識機構が明らかとなり、関連が指摘される疾患の発症機構の理解基盤となることが期待されます。

 

廣川先生1

♦発表内容

〈研究の背景〉

私たちの体を構成する細胞には極性があり、特に脳神経系の神経細胞は核などがある細胞体から、ときに1mにもなる長い突起を出して働きます。細胞の働きに必要な物質群は細胞内小器官やタンパク質複合体などとして微小管というレールに沿って細胞内を輸送されています。私たちの社会における物流システムと似ていますが、細胞内の物質輸送において様々な荷物を輸送している運び屋が、キネシンスーパーファミリータンパク質(KIFs)というモータータンパク質群です。この運び屋タンパク質には多くの種類があり様々な荷物を分担して輸送しています。しかしこれまでこの運び屋タンパク質がその荷物をどのように認識しているのか、そしてどのように長い移動中に安定して荷物を保持しているのかについては謎に包まれていました。

 

〈研究の内容〉

今回、本研究グループは、KIF3A/KIF3Bという運び屋タンパク質の複合体と荷物を載せる(アダプター)KAP3タンパク質、さらにその荷物であるAPCタンパク質の複合体を試験管内で作り、様々な分子解析技術を融合して用いることによって、荷物を認識している状態と認識していない状態の分子構造の変化を溶液中で観察しました。

 

廣川先生2

荷物を結合していない時はKIF3/KAP3複合体は伸びた構造をしている(上図ABK)。荷物を結合している状態には段階があり(上図ABK-APC)、荷物を乗せた(ドッキング)状態(Form D)と荷物を強くロックした状態(Form L)、そしてその中間的遷移段階(Form T)の構造変化が観察された。構造は高速原子間力顕微鏡(AFM)、X線小角散乱(SAXS)、クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)によって得た溶液構造を示す。

その結果、モーター分子KIF3/KAP3複合体は、荷物を結合していない時は伸びた構造(図1ABK)をしていましたが、荷物を結合している時には複数の段階があり(図1、ABK-APC)、荷物を載せた(ドッキング)状態(Form D)と荷物を強くロックした状態(Form L)、そしてその中間的遷移段階(Form T)の構造変化が観察されました。これらの変化は高速原子間力顕微鏡(AFM)、X線小角散乱(SAXS)、クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)などによって溶液状態の構造が解析されました。さらに荷物を結合する際の結合部位も質量分析によって詳細に解析し、アダプターのKAP3タンパク質だけでなくKIF3タンパク質の複数の領域が荷物の結合に関与していることが分かりました。

 

廣川先生3

荷物と結合していない状態のKIF3/KAP3複合体(KIF3A/KIF3B/KAP)と荷物APCが接近する。荷物を結合していない時はKIF3/KAP3複合体は伸びた構造をしている(図上段)。特異的な構造により荷物APCを認識し、ドッキングする(図中段)。さらに複数の部位の結合により荷物を強くロックし、目的地まで安定した輸送を行う(図下段)。

 

〈今後の展望〉

この研究によって細胞内輸送における荷物の認識機構が明らかとなり、細胞内輸送機構の障害との関わりが指摘される様々な疾患の発症機構の解明や治療法確立の基盤となると考えられます。本研究成果は、2023年8月14日(米国東部標準時)に科学誌「EMBO Reports」に掲載されました。

 

本研究は順天堂大学健康総合科学先端研究機構及び東京大学大学院医学系研究科分子細胞生物学専攻の廣川研究室を中心として、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所(IMSS)、名古屋大学理学研究科、自然科学研究機構(NINS)生命創生探究センター(ExCELLS)、理化学研究所環境資源科学研究センター、獨協医科大学、奈良先端科学技術大学院大学、群馬大学との共同研究によって実施されました。KEK-IMSSでは、SAXS実験が放射光実験施設Photon FactoryのビームラインBL-15A2にて、Cryo-EM実験が構造生物学研究センター(SBRC)のTalos Arcticaにて実施されました。NINS-ExCELLSでは、AFM実験(課題No 20-328, 21-322 小川)が実施されました。

♦用語解説

(注1)分子モーターKIF3
神経系に多く発現するキネシンスーパーファミリータンパク質の一種。遺伝子レベルで45種類あるキネシンスーパーファミリータンパク質は、細胞内でさまざまな物質と結合し、動くことで、細胞のさまざまな場所に必要な物質を運ぶ。記憶・学習などの脳の高次機能、体の左右軸の決定、腫瘍形成の抑制などの生命現象に関与する。KIF3にはKIF3A, KIF3B, KIF3Cがあり、荷物と結合するアダプタータンパク質KAP3と共に複合体を形成することが知られている。

♦論文情報 

〈雑誌〉EMBO Reports(オンライン版:8月14日)
〈題名〉The two-step cargo recognition mechanism of heterotrimeric kinesin
〈著者〉X. Jiang, T. Ogawa, K. Yonezawa, N. Shimizu, S. Ichinose, T. Uchihashi, W. Nagaike, T. Moriya, N. Adachi, M. Kawasaki, N. Dohmae, T. Senda, N. Hirokawa*
〈DOI〉10.15252/embr.202356864
〈URL〉https://doi.org/10.15252/embr.202356864

♦研究助成

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP20am0101071、支援番号:1133)、科研費JP16H06372 (廣川)、JEOL Ltd(廣川)、JP20H05499 (小川)、JP20K07222(小川)、JP19K06516 (KEK-IMSS-PF清水)、東京医学会研究助成(小川)の支援を受けました。