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2023.09.21 (THU)

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がん関連線維芽細胞の新たな誘導メカニズムを発見 ― がん微小環境におけるグルタミン欠乏の新たな作用 ―

順天堂大学大学院医学研究科分子病理病態学の目澤 義弘 助手、折茂 彰 主任教授らの研究グループは、乳がん内に存在してがんの悪性化を調節する働きを持つがん関連線維芽細胞 (CAFs) *1が腫瘍内に誘導される新たなメカニズムを発見しました。これまで、がん内でアミノ酸が不足した状態が、CAFsの性質に与える影響は詳しく知られていませんでした。研究グループは、アミノ酸の1つであるグルタミンの欠乏が、正常線維芽細胞にTGF-βシグナル*2を活性化し、CAFsへの転換を誘導することを初めて発見しました。本成果は、がん内のグルタミンの欠乏によってCAFsが誘導されるという新たな学説を提示するものです。
本論文はCancer Science誌のオンライン版に2023年9月14日付で公開されました。
 
 

◎本研究成果のポイント

  • グルタミン欠乏は線維芽細胞のTGF-βシグナルを活性化しCAFsへの転換を誘導する。
  • CAFsで亢進したTGF-βシグナルは、グルタミンの補充で抑制される。
  • CAFsの誘導を抑制する薬剤開発の新たな手がかりになることが期待できる。

     

背景

乳がんなどの固形がんの内部には、がん細胞だけでなく線維芽細胞なども存在し、がん微小環境という低栄養や低酸素などを特徴とした特殊な環境が形成されています。がん内の線維芽細胞は、がん関連線維芽細胞 (CAFs)と呼ばれており、がんの悪性化を促進する作用を持つことが知られています。しかし、がんの増殖・進展過程で、正常組織に存在する線維芽細胞が、がん内に移動するとなぜ悪性化を促進する性質を獲得してしまうのかは明らかになっていませんでした。本研究では、がん内の低栄養状態に着目し、アミノ酸の1つであるグルタミンの欠乏が、線維芽細胞のCAFsへの転換を誘導している可能性を検証しました。

内容

まず、健常人の乳腺組織に由来する線維芽細胞をグルタミン含有及び不含有の培地で培養し、両者の性質を比較しました。その結果、グルタミン不含有の培地では、CAFsで亢進しているTGF-βシグナルが活性化していたことから、CAFsに類似した状態に誘導されたと考えられました。さらに、この線維芽細胞を詳しく調べたところ、2つの特徴を発見しました。1つ目は、グローバルヒストンアセチル化*3が低下していること、2つ目はmTORC1*4という細胞内のエネルギー代謝を調節するタンパク質複合体の機能の低下です。ヒストンアセチル化の低下を促進する酵素 (ヒストン脱アセチル化酵素)の阻害剤やmTORC1阻害剤を用いた実験から、グルタミンの欠乏がTGF-βシグナルを活性化するためには、ヒストン脱アセチル化酵素の働きとmTORC1の機能低下が必要であることが明らかになりました(図1)。
また、グルタミン存在下で培養された乳がんCAFsと正常乳腺由来線維芽細胞を比較したところ、ヒストン脱アセチル化酵素の亢進によるグローバルヒストンアセチル化の低下とmTORC1の機能低下という、前述のグルタミン欠乏下の正常乳腺線維芽細胞で観察された2つの変化がCAFsにおいても確認されました。このことは、グルタミン欠乏をきっかけに正常乳腺線維芽細胞に誘導されるこれらの性質が、CAFsではグルタミン存在下でも安定的に維持されているということを示します。次に、これらを実験的に回復させる処理 (ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤やグルタミンの補充)を乳がんCAFsに施したところ、これらの処理には、CAFsで亢進しているTGF-βシグナルを抑制する作用があることが明らかになりました。さらに興味深いことに、231症例の乳がん患者のがん組織を組織マイクロアレイ*5で解析したところ、がんの中にヒストンアセチル化の低下したCAFsが存在する症例は、予後不良であることが示されました。
以上の結果から、乳がん微小環境におけるグルタミン欠乏は、正常な線維芽細胞にTGF-βシグナルを活性化し、CAFsへの転換を誘導することが示唆されました(図1)。

  

  

今後の展開

従来、低栄養によるストレスはCAFsの誘導メカニズムとは考えられていませんでした。しかしながら、我々の研究結果は、がん内のグルタミン欠乏がTGF-βシグナルの亢進を介して線維芽細胞のCAFsへの転換を誘導することを示唆します。今後、グルタミン欠乏がどのようにしてTGF-βシグナルを活性化するのかをより詳しく調べることで、CAFsの誘導を抑える薬剤の開発が可能になるのではないかと期待しています。

【説明付き】画像

用語解説

*1 CAFs:carcinoma-associated fibroblasts (がん関連線維芽細胞)の略称。がん内に存在し、がん進展などを補助する働きが知られており、新たな治療ターゲットと考えられ、国内外で多くの研究がなされている。正常組織でコラーゲンなどの細胞外基質を産生する線維芽細胞などに由来することが知られている。

*2 TGF-βシグナル:transforming growth factor-βシグナルの略称。個体発生、がん、免疫など様々な場面で細胞の増殖や分化などを調節するシグナル伝達経路。正常線維芽細胞を活性化し、CAFsへの転換を促すシグナル伝達経路の1つ。

*3グローバルヒストンアセチル化:ヒストンというDNAを細胞内の核に格納するためのDNA結合タンパク質に、アセチル基という化学修飾が付加されること。付加される位置が広範な状態を想定している時にグローバルヒストンアセチル化と呼ばれている。

*4 mTORC1:mechanistic/mammalian target of rapamycin complex 1の略称。細胞内の栄養素が増加すると働きが強まり、細胞の成長を促進するタンパク質複合体。グルタミンをはじめとした多数の栄養素によって働きが調節されることが知られている。

*5組織マイクロアレイ:多数の症例のがん組織の小さな領域を円柱状に抜き取り、整列させて作製されたブロック。一度に複数症例のタンパク質発現を解析することができる。

◎研究者のコメント

アミノ酸が単なる栄養素ではなく、細胞の性質や機能の決定にも影響を与えるという概念は以前から提唱されていましたが、がん微小環境においてその意義は詳しくわかっていませんでした。グルタミン欠乏がTGF-βシグナル活性化を介してCAFsを誘導することより、詳細なメカニズムを解明していくことで、CAFsを標的にした薬剤の開発に繋がると期待しています。

  

   

原著論文

本研究はCancer Science誌のオンライン版で(2023年9月14日付)先行公開されました。

タイトル:Glutamine deficiency drives TGF-β signaling activation that gives rise to myofibroblastic carcinoma-associated fibroblasts

タイトル(日本語訳):グルタミン欠乏は筋線維芽細胞性の癌関連線維芽細胞を誘導するTGF-βシグナルの活性化を促進する。

著者:Yoshihiro Mezawa 1), Tingwei Wang 1), Yataro Daigo 2), 3), Atsushi Takano 2), 3), Yohei Miyagi 4), Tomoyuki Yokose 5), Toshinari Yamashita 6), Liying Yang 7), Reo Maruyama 7), Hiroyuki Seimiya 8) and Akira Orimo 1)

著者(日本語表記):目澤 義弘1)、王 庭偉1)、醍醐 弥太郎2)、 3)、高野 淳2)、 3)、宮城 洋平4)、横瀬 智之5)、山下 年成6)、楊 麗英7)、丸山 玲緒7)、清宮 啓之8)、折茂 彰1)

著者所属:1) 順天堂大学医学研究科 分子病理病態学、2) 東京大学 医科学研究所 附属病院 抗体・ワクチンセンター、3) 滋賀医科大学 先端がん研究センター 臨床腫瘍学講座・腫瘍内科・腫瘍センター、4) 神奈川県立がんセンター 臨床研究所 がん分子病態部、5) 神奈川県立がんセンター 病理診断科、6) 神奈川県立がんセンター 乳腺外科、7) 公益財団法人がん研究会 がん研究所 がんエピゲノムプロジェクト、8) 公益財団法人がん研究会 がん化学療法センター 分子生物治療研究部

DOI:10.1111/cas.15955

 

本研究はJSPS科研費JP16H06276 (AdAMS), JP16H06277 (CoBiA), 20J15495, 18K07207, 22K20837及び、公益財団法人東京生化学研究会(現 公益財団法人中外創薬科学財団)の支援を受けて実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。