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2024.01.11 (THU)

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診療放射線学領域におけるスマートグラスを用いた振り返り学習の有効性 ― 多角的視点(学生、患者、全体)による診療放射線技師教育コンテンツ ―

順天堂大学保健医療学部診療放射線学科の室井健三 准教授、医学部医学教育研究室の西﨑祐史 先任准教授、大学院保健医療学研究科 代田浩之 研究科長/特任教授らの研究グループは、スマートグラス*1を活用した多角的視点による教育コンテンツを開発し、客観的臨床能力試験(OSCE)*2の振り返り学習の有効性を明らかにしました。本コンテンツの映像情報により、これまで不可能であったOSCE時の学生の行動を客観的に観察することができた一方で、一部のOSCE試験項目でスマートグラス介入群に比べ、従来の教育である対照群の得点の方が上昇しており、その理由として装着時の煩わしさ、ネットワーク不安定さ等が挙げられました。本成果は、スマートグラスを用いた教育の改善の可能性を示すと共に、その教育現場に実装する際の課題を明らかにしました。
本論文はPLOS ONE誌のオンライン版に2024年1月2日付(米国東部時間)で公開されました。

本研究成果のポイント

  • OSCEの振り返り学習用として多角的視点(学生、患者、全体)による教育コンテンツを開発した。
  • OSCE評価の得点差はX線撮影条件の設定の一部で、スマートグラス介入群(0.06±0.1)に比べ、対照群(0.36±0.1)が有意に上昇した(p = 0.042)。
  • スマートグラスを用いた教育の改善の可能性を示すと共に、その教育現場に実装する際の課題を明らかにした。
 
■背景

診療放射線学領域におけるOSCEでは、患者接遇、機器操作、撮影ポジショニングなどの試験が行われます。一般的なOSCE指導では、指導教員による実技指導と模擬試験後の評価および改善点の指摘が行われますが、学生は模擬試験中の映像などによる客観的情報で学生自身が実技内容を振り返ることはできませんでした。この現状を改善するため、本研究ではOSCEの振り返り学習に用いる情報として、スマートグラスを活用した「学生視点」「患者視点」と、ビデオカメラを活用した「全体視点」をひとつのモニタ上で同期して観察できる多角的視点による教育コンテンツの開発に取り組みました。そして、従来の教育方式(対照群)とスマートグラスを用いた教育コンテンツでの教育方式(介入群)での教育前後の模擬OSCEを実施し、模擬OSCE前後の評価点の差から本コンテンツの教育的効果について評価することを目的としました。

■内容

研究デザインは、従来の教育方式(対照群)とスマートグラスを用いた教育コンテンツでの教育方式(介入群)におけるランダム化比較試験としました。調査対象は、順天堂大学保健医療学部診療放射線学科3年の学生でOSCE受験予定者117人中のアンケート調査に同意が得られた70人(対照群37人、介入群33人)でした。今回の調査では、胸部X線撮影をOSCEの試験項目としました。模擬OSCEは教育介入の前後に実施しました。評価者は診療放射線技師免許を持ち、臨床経験が5年以上の教員5名が担当しました。評価項目は服装、容姿、撮影条件設定(3項目)、患者氏名および部位確認、更衣の説明、ポジショニング(4項目)、患者接遇(5項目)、撮影後対応、手指衛生実施の全18項目としました。患者視点と学生視点情報をスマートグラス(SMART GLASSES M400,VUZIX)で映像化し、全体視点情報をビデオカメラ(AG-UCK 20G,Panasonic)で映像化して、多視点遠隔作業視線システム(Remote NAKAMA,AVR Japan)で3つの映像をひとつのモニタ上で同期して観察できる多角的視点による教育コンテンツを開発しました。本コンテンツにより、これまで不可能であったOSCE時の患者の視点、学生の視点、学生の行動を客観的に観察することができ、スマートグラス介入群で模擬OSCEでの高得点化につながると予想していましたが、X線撮影条件の設定の一部で、スマートグラス介入群(0.06±0.1)に比べ、対照群(0.36±0.1)が有意に上昇しました(p = 0.042)。その他の項目では、有意な差はみられませんでした。

  

スマートグラス1

■今後の展開

本コンテンツの利用により、これまで不可能であったOSCE時の患者の視点、学生の視点、学生の行動を客観的に観察することを可能にしました。これにより、学生がOSCEの振り返り学習に取り組む客観的な映像情報を入手できOSCEでの高得点につながると予想していましたが、いくつかの項目は介入群で対照群より有意に低い評価となり当初の予想と矛盾する結果となりました。その理由としては、スマートグラスを頭に装着してX線撮影の手順を行うことに学生が違和感を覚えたこと、スマートグラスの使用に慣れていなかったため、集中力に影響を与えた可能性があると考えました。また、ネットワークが遮断されて映像にアクセスできず、その解決に長時間を費やしたことで、トレーニングへの集中力やトレーニング内容の理解度が低下した可能性がありました。スマートグラスのようなウェアラブル技術の活用は、高い教育満足度をもたらす可能性がある一方で、デバイスの取り扱いや安定したネットワーク環境、画質の維持など、利用者が遭遇する問題への対応が不可欠となります。本研究により、本コンテンツの教育現場に実装する際の課題が明らかにしました。これらの課題を改善することでスマートグラスを用いた教育の改善(扱いやすく使いやすいこと、トラブルがないことなど)が可能であることが示唆されました。

■用語解説 

*1 スマートグラス:一般的に眼鏡のような形状でユーザーに情報やコンテンツを表示するためのデバイス。
*2 客観的臨床能力試験(OSCE):Objective Structured Clinical Examination。医師および医療従事者のプロフェッショナルが実際の臨床状況で適切に患者を評価し、処置する能力を測定する試験。

研究者のコメント

今回の取り組みにより、今まではできなかった自分自身のOSCEの様子を可視化するという問題は解決できましたが、デバイスの使いやすさを向上させるという新たな問題も明確になりました。今後は本コンテンツ利用者である学生の観点からコンテンツ全体の使いやすさを向上させるとともに、診療放射線学領域以外での教育にも対応できるコンテンツ開発につなげていきたいと考えています。

 
■原著論文

本研究成果はPLOS ONE誌のオンライン版に2024年1月2日付(米国東部時間)で公開されました。
タイトル: An analysis of the effectiveness of reflective learning through watching videos recorded with smart glasses—with multiple views (student, patient, and overall) in radiography education
タイトル(日本語訳): 診療放射線技師教育におけるスマートグラスを用いた多角的視点(学生、患者、全体)の映像を視聴することによる振り返り学習の有効性
著者:Kenzo Muroi1, Shinsuke Kyogoku1, Yasuaki Sakano1, Hajime Sakamoto1, Kazuma Nakazeko1, Kazuya Koyama1, Issei Fukunaga1, Kensuke Hori1, Kumiko Kotake2, Shuko Nojiri3, Miwa Sekine4, Yuji Nishizaki4, Hiroyuki Daida1
著者(日本語表記): 室井健三1)、京極伸介1)、坂野康昌1)、坂本肇1)、中世古和真1)、小山和也1)、福永一星1)、堀拳輔1)、小竹久実子2)、野尻宗子3)、關根美和4)、西﨑祐史4)、代田浩之1)
著者所属: 1)順天堂大学保健医療学部診療放射線学科、2)奈良県立医科大学医学部看護学科・大学院看護学研究科、3)順天堂大学革新的医療技術開発研究センター、4) 順天堂大学医学部医学教育研究室
DOI: 10.1371/journal.pone.0296417

 

本研究は令和3年度順天堂大学学長教育改善プロジェクトの研究助成を受け実施しました。また、本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。