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日本人高齢者の膝伸展筋力のゲノムワイド関連解析 -TACC2遺伝子の多型は膝伸展筋力に関連する-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの伊藤修司客員研究員(島根大学医学部整形外科学講座助教)、寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院免疫研究部長、静岡県立大学特任教授)、骨関節疾患研究チーム(研究当時)の池川志郎チームリーダー(研究当時)、島根大学医学部整形外科学講座の内尾祐司教授、順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学の田村好史教授、整形外科・運動器医学の石島旨章教授らの共同研究グループは、日本人高齢者における膝伸展(ひざしんてん)筋力のゲノムワイド関連解析(GWAS)[1]を行い、下肢筋力に関連する領域を同定しました。

本研究成果は、加齢に伴って生じる骨格筋量と筋力および身体機能の低下と定義される「サルコペニア(加齢性筋肉減弱現象)」の遺伝的要因の解明につながるものと期待されます。

下肢筋力は健康指標とよく相関することが知られており、近年はサルコペニアの定義においても下肢筋力が重要視されてきています。しかし、下肢筋力に関わる遺伝的要因については十分に解明されていません。

今回、共同研究グループは、Shimane CoHRE Study[2]とBunkyo Health Study(文京ヘルススタディー)[3]の日本人高齢者を対象に膝伸展筋力のGWASを行い、TACC2遺伝子の多型が膝伸展筋力に関連することを明らかにしました。過去にGWASで同定された下肢筋力に関連する領域はなく、本研究で初めて膝伸展筋力の感受性領域を同定しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Communications Biology』(5月20日付:日本時間5月20日)に掲載されました。

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   日本人高齢者を対象とした膝伸展筋力のGWAS結果

■背景

サルコペニアは高齢者における骨格筋量の低下や筋力もしくは身体機能の低下を指し、転倒や骨折、さらには死亡といった事象につながります1-3。近年、サルコペニアの定義においては筋量よりも筋力が重要視されてきています4。また、下肢の筋力が上肢の筋力より将来的な健康指標と関連するとの報告もあります5)。筋力に遺伝的要因が関連することは知られていますが、これまでのゲノムワイド関連解析(GWAS)の報告は多くが握力を対象にしており、下肢筋力を対象としたGWASはほとんどありませんでした。

   

注1)Bischoff-Ferrari, H. A. et al. Comparative performance of current definitions of sarcopenia against the prospective incidence of falls among community-dwelling seniors age 65 and older. Osteoporos Int. 26, 2793–2802 (2015).

注2)Schaap, L. A., van Schoor, N. M., Lips, P. & Visser, M. Associations of sarcopenia definitions, and their components, with the incidence of recurrent falling and fractures: the longitudinal aging study Amsterdam. J. Gerontol. A Biol. Sci. Med Sci. 73, 1199–1204 (2018).

注3)De Buyser, S. L. et al. Validation of the FNIH sarcopenia criteria and SOF frailty index as predictors of long-term mortality in ambulatory older men. Age Ageing 45, 602–608 (2016).

注4)Cruz-Jentoft, A. J. et al. Sarcopenia: revised European consensus on definition and diagnosis. Age Ageing 48, 16–31 (2019)

注5)Yeung, S. S. Y. et al. Knee extension strength measurements should be considered as part of the comprehensive geriatric assessment. BMC Geriatr. 18, 130 (2018)

研究手法と成果

共同研究グループは、島根県内の一般住民を対象にしたShimane CoHRE Studyから60歳以上の参加者1,845人、東京都文京区の一般住民を対象にしたBunkyo Health Studyから65歳以上の参加者1,607人の膝伸展筋力結果を用いてGWASを行いました。合わせて3,452人のGWASメタ解析[4]結果から、膝伸展筋力と関連する1領域を同定しました(図1)。有意となった一塩基多型(SNP)[5]TACC2遺伝子のイントロン(遺伝情報がコードされていないゲノム領域)上にありました(図2)。TACC2は細胞骨格関連遺伝子[6]であり、骨格筋において発現量が多い遺伝子です。細胞内の微小管の安定化や、細胞分裂の際の増殖と分化に関わるとされています。また、TACC2はアンドロゲン(男性ホルモン)受容体の転写制御に関連するとの報告があります。そこで男性のみと女性のみでそれぞれ解析を行いましたが、いずれにおいても同等の関連が見られました。さらに、60歳未満の173人の膝伸展筋力データを用いてGWASを行ったところ、GWASの有意水準は満たさないものの、関連の方向性としては一致していました。以上から、この関連はどの年代においても見られることが示唆されます。

次に、過去に報告された握力のGWASで同定された領域について、本研究のGWAS結果を評価しました。評価し得た150個の握力と関連するSNPのうち、87個が効果量の方向性が一致していました。そのうち5%有意水準を満たすものは5個ありました。この結果から、上肢と下肢で遺伝的背景を共有する部分が小さいことが分かりました。

筧先生2

図1 日本人高齢者における膝伸展筋力のGWAS結果

二つの日本人高齢者を対象にしたコホート(集団)研究における計3,452人の膝伸展筋力の結果から、ゲノムワイド有意な1領域(10番染色体)を同定した。赤線はゲノムワイド有意水準(p=5×10-8)を示している。

    

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図2 膝伸展筋力と関連する領域の詳細

膝伸展筋力の関連する領域のSNP(rs10749438)はTACC2遺伝子のイントロンにあった。

■今後の期待

今回の研究結果から、膝伸展筋力に関連する領域としてTACC2遺伝子のイントロンにあるSNPを同定しました。TACC2が膝伸展筋力に関わる候補遺伝子であり、サルコペニアを含む今後の研究のさらなる発展が期待されます。また、上肢の筋力と下肢の筋力では遺伝的背景を共有する部分が小さく、今後は下肢筋力の遺伝的要因の解明に向けて、一層の研究が求められます。

■論文情報

<タイトル>

A genome-wide association study identifies a locus associated with knee extension strength in older Japanese individuals

<著者名>

Shuji Ito, Hiroshi Takuwa, Saori Kakehi, Yuki Someya, Hideyoshi Kaga, Nobuyuki Kumahashi, Suguru Kuwata, Takuya Wakatsuki, Masaru Kadowaki, Soichiro Yamamoto, Takafumi Abe, Miwako Takeda, Yuki Ishikawa, Xiaoxi Liu, Nao Otomo, Hiroyuki Suetsugu, Yoshinao Koike, Keiko Hikino, Kohei Tomizuka, Yukihide Momozawa, Kouichi Ozaki, Minoru Isomura, Toru Nabika, Haruka Kaneko, Muneaki Ishijima, Ryuzo Kawamori, Hirotaka Watada, Yoshifumi Tamura, Yuji Uchio, Shiro Ikegawa, and Chikashi Terao

<雑誌>

Communications Biology

<DOI>

10.1038/s42003-024-06108-6

■補足説明

[1] ゲノムワイド関連解析(GWAS)

形質(疾患の有無や量的形質)に対する遺伝的関連を知るための手法で、一塩基多型(SNP)を用いて解析するのが一般的である。形質を目的変数に、SNPの量的情報や各種共変量を説明変数にしてモデル化し、SNPの関連を評価する。GWASはGenome-Wide Association Studyの略。

 

[2] Shimane CoHRE Study

島根大学が2006年より疾病の予知予防を目的に行っている地域住民を対象にしたコホート研究である。CoHREはThe Center for Community-based Healthcare Research and Education(地域包括ケア教育研究センター)の略。

  

[3] Bunkyo Health Study(文京ヘルススタディー)

順天堂大学が認知機能・運動機能などの低下予防を目的として行っている住民コホート研究で、東京都文京区在住の65歳以上85歳未満でランダムに選択された1,629人の高齢者を対象にしている。

  

[4] メタ解析

複数の独立した研究から得られた解析結果を統合するための統計学的手法。

  

[5] 一塩基多型(SNP)

一つの遺伝的座位に、二つ以上の頻度の高い異なるアレルが存在する状態のことを遺伝的多型という。一つの塩基が他の塩基に変わる多型を一塩基多型と呼ぶ。SNPはSingle Nucleotide Polymorphismの略。

  

[6] 細胞骨格関連遺伝子

細胞骨格とは細胞を支持して安定化させるもので、細胞の形状と機械的特性に関与する。フィラメントと呼ばれるタンパク質構造から成っており、それらを作るのが細胞骨格関連遺伝子である

■共同研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター 

 ゲノム解析応用研究チーム   

   チームリーダー        寺尾知可史 (テラオ・チカシ)

   (静岡県立総合病院 免疫研究部長、静岡県立大学 特任教授)

   客員研究員         伊藤修司  (イトウ・シュウジ)

   (島根大学医学部 整形外科学講座 助教)

   研究員(研究当時、現 上級研究員) 劉 暁渓(リュウ・ギョウケイ)

   研究員           石川優樹  (イシカワ・ユウキ)

   客員研究員         大伴直央  (オオトモ・ナオ)

   客員研究員(研究当時)    末次弘征  (スエツグ・ヒロユキ)

   客員研究員         小池良直  (コイケ・ヨシナオ)

   上級技師          冨塚耕平  (トミヅカ・コウヘイ)

骨関節疾患研究チーム(研究当時)

   チームリーダー(研究当時)  池川志郎  (イケガワ・シロウ)

   (現 ゲノム解析応用研究チーム 客員主管研究員)

ファーマコゲノミクス研究チーム

   特別研究員(研究当時、現 研究員) 曳野圭子(ヒキノ・ケイコ)

基盤技術開発研究チーム

   チームリーダー       桃沢幸秀  (モモザワ・ユキヒデ)

 

島根大学

 医学部 

  整形外科学講座

   教授            内尾祐司  (ウチオ・ユウジ)

   准教授           山本宗一郎 (ヤマモト・ソウイチロウ)

   助教            多久和紘志 (タクワ・ヒロシ)

   助教            門脇 俊  (カドワキ・マサル)

   医科医員          若槻拓也  (ワカツキ・タクヤ)

  病態病理学講座

   教授(研究当時)       並河 徹  (ナビカ・トオル)

   (現 看護学科 特任教授) 

  地域包括ケア教育研究センター

   講師            安部孝文  (アベ・タカフミ)

  人間科学部

   教授            磯村 実  (イソムラ・ミノル)

 

順天堂大学大学院

 医学研究科

  代謝内分泌内科学

   主任教授          綿田裕孝  (ワタダ・ヒロタカ)

   教授            田村好史  (タムラ・ヨシフミ)

   准教授           加賀英義  (カガ・ヒデヨシ)

   特任教授          河盛隆造  (カワモリ・リュウゾウ)

  スポートロジーセンター

   特任助教          筧 佐織  (カケヒ・サオリ)

  整形外科・運動器医学

   教授            石島旨章  (イシジマ・ムネアキ)

   准教授           金子晴香  (カネコ・ハルカ)

 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科

   准教授           染谷由希  (ソメヤ・ユキ)

 

研究支援 

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム医療実現バイオバンク利活用プログラム(ゲノム医療実現推進プラットフォーム・先端ゲノム研究開発)「炎症性関節炎の統合ゲノミクス解析(寺尾知可史、JP23tm0424225)」「先天的/後天的構造多型に着目した免疫/精神疾患病態解明に関する研究開発(研究代表者:寺尾知可史、JP21tm0424220)」、同難治性疾患実用化研究事業「シングルセル統合ゲノミクス解析が解き明かす強皮症の病態基盤の開発(研究代表者:寺尾知可史、JP23ek0109555)」、同革新的がん医療実用化研究事業「体細胞モザイクのがん発症および予後因子としての意義解明の開発(研究代表者:寺尾知可史、JP21ck0106642)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)「エンハンサーの遺伝的発現制御の解明による免疫疾患解析(研究代表者:寺尾知可史、課題番号:20H00462)」、同基盤研究(B)「運動器疾患のMulti disease GWAS 解析(研究代表者:池川志郎、課題番号:22H03207)」「身体活動の格差を生み出すメカニズムの解明と新たな普及戦略の構築(研究代表者:鎌田真光、19H03996)」「介護の包括的予防を目指した骨格筋の「量」と「質」に関する研究(研究代表者:河盛隆造、18H03184)」、文部科学省・私立大学戦略的研究基盤形成支援事業「骨格筋機能に着目した統合的な介護予防法開発プロジェクト(研究代表者:綿田裕孝、S1411006)」、ミズノスポーツ振興財団「骨格筋機能が脳血管障害、認知機能障害に及ぼす影響(研究代表者:加賀英義)」、三井生命厚生財団「骨格筋機能が脳血管障害、認知機能障害に及ぼす影響:Community-based study(研究代表者:田村好史)」による助成を受けて行われました。