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2024.06.20 (THU)

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既存薬への耐性マラリア原虫をも駆逐する新しい治療薬の開発(続報)

順天堂大学医学部熱帯医学・寄生虫病学講座の吉田菜穂子助教、大学院医学研究科生体防御・寄生虫学の美田敏宏教授、スポーツ健康科学部の久保原禅客員教授、および慶應義塾大学薬学部の菊地晴久教授らの共同研究グループは、近年同グループが発見した新規マラリア治療薬候補物質の化学構造を改良しました。2021年、研究グループは、細胞性粘菌由来の化合物DIF-1とその誘導体のスクリーニングを実施し、強力な抗マラリア活性を有する化合物を発見、報告しています。今回、同研究グループは新たなDIF誘導体をデザイン・合成し、その化合物が第一選択薬であるアルテミシニン耐性原虫を含む既存薬剤への耐性原虫に強力な抗マラリア活性を有することを証明しました。近年アルテミシニン耐性原虫が拡散しつつあり、新たな薬剤開発が求められています。

本成果は、Biochemical Pharmacology誌のオンライン版に2024430日付で公開されました。

本研究成果のポイント

  • 抗マラリア活性を持つ細胞性粘菌由来の化合物DIF-1から新たなDIF誘導体を合成
  • In vitro(実験用ディッシュ内)およびin vivo(生体内:マウス)において、新規DIF誘導体はより強力な抗マラリア活性を発揮
  • アルテミシニン耐性原虫をも駆逐できる新規マラリア治療薬の開発へ
■背景

マラリア*1は世界三大感染症の1つで、マラリア原虫が引き起こす寄生虫疾患です。2022年には世界で年間2億人以上の新規感染者が発生し、60万人以上が死亡しています(WHO World Malaria Report 2023)。感染者の9割以上がアフリカに集中し、経済発展の遅延とそれによるマラリア対策の遅滞という悪循環が続いています。熱帯熱マラリア原虫は、ヒトマラリアの中で最も多い感染者数と病原性を示しますが、治療薬であるクロロキンやアルテミシニン*2に対する耐性原虫も出現しており、新規治療薬の開発が求められています。一方、土壌微生物の一群である細胞性粘菌類*3は、近年創薬資源としての潜在性がある微生物群(未利用創薬資源)として注目されており、さまざまな生物活性を有する化合物が見い出されています。2021年、研究グループは新規マラリア治療薬の候補物質を探索することを目的として、細胞性粘菌由来の化合物DIF-1*4とその誘導体41化合物の中から抗マラリア活性を有する化合物のスクリーニングを実施し、有望な誘導体DIF-1(+2)を発見しました。今回、より強力な抗マラリア活性を有する新たなDIF誘導体DIF-1(+3)を発見しました。

内容

2021年に研究グループは細胞性粘菌D. discoideum(図1A)由来の化合物DIF-1(図1B)とその誘導体(合計41化合物)の抗マラリア活性を検討し、DIF-1(+2)(図1B)が最も強力な抗マラリア活性を有することを発見、報告しました。本研究では、新たなDIF誘導体DIF-1(+3)(図1B)を合成し、in vitro(実験用ディッシュ内)での抗マラリア活性を検討しました。この実験では、ヒトマラリアの原因となるPlasmodium falciparum3つの培養株(3D7, IPC3445, IPC5202)を用いました(図1C)。その結果、DIF-1(+3)DIF-1(+2)よりも強力な抗マラリア活性を有することが明らかとなりました。注目すべきは、DIF-1(+3)がクロロキンとアルテミシニンに対する耐性株(図1CIPC3445 & IPC5202)に対しても強力な増殖抑制作用を発揮したことです。

        

美田先生画像1

図1:本研究で用いた化合物とそれらのin vitro抗マラリア活性の比較検討

A: 細胞性粘菌の一種Dictyostelium discoideum(和名「キイロタマホコリカビ」)の子実体の写真。B: D. discoideum由来の化合物DIF-1と、2つの誘導体DIF-1(+2)DIF-1(+3)の化学構造式。C: 実験方法の模式図と実験結果。様々な濃度のDIF存在下でヒト熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumの培養株を赤血球と共に3日間培養後、マラリア原虫数を測定しIC50*5を算定した(値が小さいほど、抗マラリア活性が大きい)。その結果、今回新たに合成したDIF-1(+3)は、クロロキン、アルテミシニン耐性株に対してもDIF-1(+2)よりも強力な抗マラリア活性を有することが明らかとなった。

     

次に、DIF-1(+2)DIF-1(+3)を用いて、in vivo(生体内:本研究ではマウス)での薬効を比較検討しました(図2)。マウスに齧歯類熱マラリア原虫Plasmodium bergheiを感染させ、その後6日間DIF-1(+2)あるいはDIF-1(+3)を毎日1回腹腔内に投与しました。その結果、DIF-1(+3)はマウス生体内においてもDIF-1(+2)よりも強力にマラリア原虫の増殖を抑制することや、マラリア感染マウスを延命させることが分かりました(図2)。さらに、DIF-1(+3)の毒性検討を行った結果、DIF-1(+3)は各種血液生化学的指標に対して顕著な影響は与えないことも示されました。

これらの結果は、DIF-1(+3)は、既存薬(クロロキンとアルテミシニン)に耐性を示すマラリア原虫をも駆逐する新規抗マラリア薬開発に臨床応用できる可能性を示唆しています。

    

美田先生図2

図2:マウスを用いたDIF誘導体の薬効の検討

A: 実験方法の模式図。齧歯類マラリア原虫Plasmodium bergheiをマウスに接種し、DIF非投与群(対照)とDIF投与群に分けた。4時間後と感染1〜7日目にDIF-1(+2)を腹腔内投与した。DIF非投与群と投与群のマウス血液を採取し、原虫に感染した赤血球の比率を毎日モニターした。B: 測定結果のグラフ。DIF投与群の感染赤血球率は非投与群(対照)と比べて有意に少なかった。

  

■今後の展開

今回、研究グループは新たなDIF誘導体DIF-1(+3)を化学合成し、in vitroおよびin vivoにおける抗マラリア活性を検討、より強力な抗マラリア活性を有することを発見しました。さらに、それらDIF誘導体は既存薬(クロロキンとアルテミシニン)耐性原虫に対しても有効でした。これは、従来の抗マラリア薬とは異なった作用機序や標的を持つ可能性が高いことを示しています。今後研究グループは、より有効なDIF誘導体の開発を目指すと同時に、DIF誘導体の抗マラリア活性機序の解明を進める予定です。第一選択薬アルテミシニンへの耐性が世界のマラリアの9割以上が存在するアフリカに出現し、徐々に拡散している現在、DIF誘導体を利用した薬剤耐性マラリアにも効果のある新たなマラリア治療薬が開発されれば、多くのマラリア患者を救い、マラリアのエリミネーション(排除)に向けた強力なツールとなります。

■用語解説 

*1 マラリア: 世界3大感染症の1つ。原生生物であるマラリア原虫が引き起こす感染症でハマダラカが媒介する。原虫の違いにより熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリア、サルマラリアに大別される。本研究では、熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumをターゲットにしている。

*2 アルテミシニン: 1970年代に中国で開発され、ほぼ全ての地域においてマラリア治療の第一選択薬として用いられている。

*3 細胞性粘菌: 細胞性粘菌類は土壌微生物の一群で、分類学的には真菌(カビ、キノコ)類とは異なる「界」に属する。細胞性粘菌の一種Dictyostelium disdoideum(和名「キイロタマホコリカビ」)はモデル生物として世界中で研究されているが、近年、細胞性粘菌類は「未利用創薬資源」として注目されている。

*4 DIF-1 (differentiation-inducing factor 1) : Dictyostelium discoideumの分化を引き起こす低分子化合物(分化誘導因子)。粘菌より生産される。

*5 IC50濃度: マラリア原虫の増殖を50%抑制することができるDIFの濃度

研究者のコメント

現在の第一選択薬であるアルテミシニンは1970年代に開発されました。現在に至るまで、それを凌駕する薬は商品化されていません。抗マラリア薬の創薬はそれ程難しいのです。私たちはアフリカにアルテミシニン耐性マラリアが出現していることを発見していますが、今回合成した化合物は耐性原虫にも効果があります。研究成果が実れば多くの人を救うことができると信じています。

(美田敏宏)

■原著論文

本研究はBiochemical Pharmacology誌のオンライン版に(2024430日付)先行公開されました。

タイトル A longer-chain acylated derivative of Dictyostelium differentiation-inducing factor-1 enhances the antimalarial activity against Plasmodium parasites

タイトル(日本語訳): ジクチオステリウム分化誘導因子-1の長鎖アシル化誘導体が抗マラリア活性を増強する

著者Naoko Yoshida, Haruhisa Kikuchi, Makoto Hirai, Betty Balikagala, Denis A Anywar, Hikari Taka, Naoko Kaga, Yoshiki Miura, Naoyuki Fukuda, Emmanuel I Odongo-Aginya, Yuzuru Kubohara, Toshihiro Mita

著者(日本語表記): 吉田菜穂子1)、菊地晴久2)、平井誠1)、バリカガラベティ1)、デニスアニワ3)、高ひかり4)、加賀直子4)、三浦芳樹4)、福田直到1)、エマニュエルアギーニャ3)、久保原禅5)、美田敏宏1)

著者所属: 1)順天堂大学医学部 熱帯医学・寄生虫病学講座、2)慶應義塾大学薬学部 天然医薬資源学講座、3)グル大学医学部、4)順天堂大学大学院 医学研究科研究基盤センター生体分子研究室、5)順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科健康生命科学

DOI: 10.1016/j.bcp.2024.116243.  

 

本研究はJSPS科研費23K09657, 19K07139, 17H04074, 18KK0231, 22H03336, 22K19658,AMED研究費JP22wm0325045の支援を受け国際共同研究の基に実施されました。

なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。