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2019.07.05 ()
プレスリリース大学・大学院

白血病細胞においてKrasが、がん抑制因子として働くことを発見

~細胞分化シグナルを標的にした白血病新規治療薬の開発へ~

順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所の岩渕和久准教授(医療看護学研究科 教授)、横山紀子特任助教らの研究グループは、がん遺伝子として知られるKrasの正常なKras分子ががん抑制因子として働くことを明らかにしました。急性骨髄性白血病(AML)の治癒率はいまだ低く、副作用の少ない新規治療薬の開発が望まれています。本成果は、遺伝子変異してできた異常なKras分子ががん細胞の増殖を促すのに対して、正常なKras分子の本来の働きは、白血病細胞の細胞死を誘導する分化を促進することを発見し、新規治療薬開発及び今後の白血病克服に向けて大きな打開策を提示しました。
本研究は米国実験生物学会連合が発行する学術雑誌FASEB BioAdvancesに掲載されました。
岩渕和久教授のコメント

急性骨髄性白血病は5年生存率が40~50%程度のがんで、65歳以上の高齢者の場合は強力な化学療法ができない場合もあるなど、新たな治療法の開発が必要とされています。今回の結果は、がん遺伝子として有名なKrasの正常なKras分子は細胞の分化に関わるWnt/β-cateninシグナルを活性化して、好中球系細胞への分化を促すことを明らかにしました。好中球は分化・成熟すると自発的に細胞死を引き起こすことが知られています。今後、造血幹細胞や急性骨髄性白血病細胞の正常なKras分子を活性化する分子機構を明らかにすることで、急性骨髄性白血病の新たな治療薬を開発することが可能となることが期待されます。
本研究成果のポイント
  • 白血病細胞の分化にがん遺伝子と知られているKras が関与することを発見
  • 正常なKras分子はWnt/β-catenin 経路を介して分化を促進させることを解明
  • 細胞死を誘導する分化シグナルを標的にした白血病の新規治療薬開発へ

背景

白血病*1は血液や骨髄の中に腫瘍細胞(白血病細胞)が出現する病気です。臨床経過及び検査所見により急性白血病と慢性白血病に分類され、急性白血病は、白血病細胞の種類により急性骨髄性白血病(急性非リンパ性白血病)と急性リンパ性白血病に大別されます。我が国の急性白血病の発症頻度は人口10万人あたり約6人で、成人では急性骨髄性白血病が80%以上を占めています。
現在、急性骨髄性白血病(AML)は抗がん剤を用いた化学療法や分子標的薬が次々と開発されているにも関わらず、未だに5年生存率は40~50%程度です。また、急性骨髄性白血病の化学療法では、正常な細胞も障害を受けることは避けられず、65歳以上の患者さんには治療に伴う副作用のため治療することが難しいがんです。そのため、副作用の少ない新規治療薬の開発が望まれています。急性骨髄性白血病の10%程度を占める急性前骨髄性白血病(APL)の場合は、レチノイン酸誘導体等を用いることで正常白血球へと分化誘導させることができ、90%以上の治療効果が得られています。急性骨髄性白血病の細胞株であるHL-60*2はDMSOなどの薬剤処理により好中球*3などの血球細胞へ分化誘導され、プログラムされた細胞死である自発的アポトーシスを引き起こすことから、骨髄系細胞の分化機構解明のモデルとして広く汎用されています。しかしながら、 骨髄系白血病細胞の分化機構の詳細なメカニズムは不明でした。そこで研究グループは、分化促進することによる白血病治療薬の新規開発を目指して、HL-60 細胞の分化誘導機構の解明を試みました。

内容

まず、研究グループは急性骨髄性白血病細胞株のHL-60細胞をDMSO刺激により好中球系細胞へと分化誘導させる過程で正常なKras分子が活性化することを発見、正常なKras分子を細胞からなくしたり、Krasの阻害剤を用いることでHL-60細胞の分化が抑制されることを見出しました。このことから、正常なKras分子は骨髄系白血病の分化に関与すると考えられました。次に、正常なKras分子がどのように分化に関与するのかを解明するため、動物の発生や細胞の分化に関わるWnt/β-cateninシグナル伝達経路*4が、Krasによる骨髄系白血病細胞の分化に関与している可能性を考えました。そこで、Wnt/β-catenin経路の代表的な分子であるGSK3β*5のリン酸化を検討したところ、分化に伴いリン酸化が増強されることが判明し、Wnt/β-catenin経路の関与が示唆されました。実際、細胞の分化に伴いGSK3βのリン酸化を介して、β-cateninがそれらの働き場所である“核”に蓄積していくことを突き止めました。さらに、β-cateninの阻害剤を用いると、分化が抑制されることから、正常なKras分子はWnt/β-cateninシグナル経路を活性化して分化を促進させることを明らかにしました。つまり、正常なKras分子はWnt/β-catenin経路を経て好中球系細胞への分化に必要な蛋白質及び受容体の発現を増強し、 最終的に細胞死を誘導するHL-60 細胞の分化を促進することが明らかになりました。(図1)

図1

図1:本研究で明らかになった骨髄系細胞におけるKrasの本来の役割
(1) HL-60 細胞は分化誘導刺激(DMSO)を受けると、Krasが細胞膜へと移動し活性化される。
(2) Krasの刺激は、細胞質のGSK3βのリン酸化を誘導する。
(3)リン酸化によりGSK3βの活性が抑制され、非リン酸化型のβ-cateninが細胞質で増加、蓄積する。
(4)蓄積したβ-cateninは核内に移行する。
(5) HL-60細胞の分化に必要な分子の遺伝子発現が起こり分化が促進され最終的に細胞死が誘導される。
一方、分化誘導刺激が来ないときは、β-cateninは分解し、シグナルは伝達されないため分化はおきない。
本研究により、正常なKras は最終的に細胞死を誘導するHL-60 細胞の分化を促進することを明らかにした。

 

今後の展開

今回、研究グループが初めて明らかにした、がん遺伝子として知られているKrasの正常なKras分子ががん抑制因子として働き、白血病細胞の分化をWnt/β-cateninのシグナル経路を介して促進するというメカニズムは、Kras遺伝子の変異体が作る異常Kras分子ががん細胞を増殖させ、白血病を引き起こすという従来のがん遺伝子の概念とは異なっていました。すなわち、細胞自体に備わっているKras分子の本来の機能である分化誘導を促進し、最終的に細胞の自然死を引き起こすことができれば、副作用が非常に少ない方法で治癒が可能になると考えられます。今回の成果を応用することにより、新たな作用機序に基づく白血病新規治療薬の開発に繋がることが期待されます。
今後さらに骨髄系細胞の分化とアポトーシス誘導機構に関与する分子群を網羅的に解析することで分化と細胞死の振り分け機構を解明していく予定です。

用語解説

*1 白血病:血液又は骨髄の中に腫瘍細胞(白血病細胞)が出現する病気
*2 HL-60 細胞:前骨髄性白血病患者から株化された細胞
*3 好中球:微生物などを貪食殺菌する細胞で、分化成熟すると24時間以内に細胞死を起こす
*4 Wnt/ β-catenin伝達経路: wntにより起こるシグナル経路の一つ
*5 GSK3β: wntシグナル伝達経路の代表的なリン酸化酵素

原著論文

本論文は米国実験生物学会連合が発行する学術雑誌FASEB BioAdvancesに2019年7月3日付で公開されました。
タイトル: Kras promotes myeloid differentiation through Wnt/β-catenin signaling
タイトル日本語訳:KrasはWnt/β-cateninシグナルを介して骨髄性細胞の分化を促進する。
著者: Noriko Yokoyama, Yeon-Jeong Kim, Yoshio Hirabayashi1,3, Yoko Tabe, Kenji Takamori, Hideoki Ogawa, Kazuhisa Iwabuchi1,5
著者(日本語表記):横山紀子、金然正、平林義雄1,3、田部陽子、高森建二、小川秀興、岩渕和久1,5
著者所属: 1)順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所 2)理化学研究所 脳神経科学研究センター神経成長機構研究チーム 3)理化学研究所 細胞情報研究室 4)順天堂大学医学部臨床検査医学 5) 順天堂大学大学院医療看護学研究科感染制御看護学分野
DOI: 10.1096/fba.2019-00004
本研究は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業、JSPS科研費奨励研究JP18H00451、革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)18gm0910006h0103の支援を受け、また、順天堂大学医学部臨床検査医学、理化学研究所 脳神経科学研究センター神経成長機構研究チーム及び細胞情報研究室との共同研究として実施されました。

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