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2019.11.06 ()
プレスリリース大学・大学院

大腸癌の新たな転移メカニズムを解明

~大腸癌の細胞集団を標的にした転移抑制法の開発へ~

順天堂大学大学院医学研究科分子病理病態学の折茂 彰 准教授、下部消化管外科学の坂本一博 教授、水越幸輔 助手、岡澤 裕 助教ら、および東京大学大学院新領域創成科学研究科の波江野洋 特任准教授らの共同研究グループは、大腸癌の新たな転移メカニズムを解明しました。大腸癌の転移は従来より単一癌細胞によって形成されると考えられていましたが、本研究では、実際の患者さんの大腸癌細胞を解析に用いたことにより、特定の性質(上皮系*1および上皮/間葉系*2)を持つ癌細胞集団が転移を形成することを明らかにしました。本成果は、大腸癌細胞集団を標的とした転移抑制治療の可能性を示し、今後の癌治療薬開発及び癌克服に向けて打開策を提示しました。本研究はInternational Journal of Cancer誌のオンライン版で先行公開されました。

研究グループからのコメント

大腸癌の転移は単一癌細胞によって形成されると考えられていましたが、患者さんの承諾を得て手術により摘出された大腸癌検体を解析することにより、特定の性質(上皮系および上皮/間葉系)を持つ癌細胞集団が転移を形成することを明らかにしました。今回の研究の意義は、実験用に準備された培養ヒト大腸癌細胞株や遺伝子改変マウス発癌モデルを使用せずに、患者さん由来の癌組織を用いて、転移形成における大腸癌細胞集団の重要性を示したことにあります。
また、研究グループは癌微小環境中に存在する線維芽細胞が特定の性質(上皮系および上皮/間葉系)を持つ乳癌細胞集団の形成を促進し、浸潤・転移を促進するメカニズムを2019年8月27日にプレスリリース「乳癌の浸潤・転移を促進する新たなメカニズムを発見」に発表しました。これらの成果および今回の成果は、特定の性質を持つ癌細胞集団による転移形成メカニズムが異なる癌種においても保存されている可能性を示唆しています。
本研究グループが目指している「癌細胞集団を標的にすることによる癌転移再発の抑制」の基礎研究のさらなる発展および臨床応用への橋渡しを今後も進めていきたいと思います。

研究グループ

< 研究グループのメンバーたち >
前列:左側より下部消化管外科学の岡澤 裕 助教、水越幸輔 助手、坂本一博 教授
後列:左側より分子病理病態学の折茂 彰 准教授、小山 侑 大学院生
本研究成果のポイント
  • 患者大腸癌の転移を模倣したマウスモデルの開発
  • 特定の性質をもつ大腸癌細胞集団が転移形成に重要であることを明らかに
  • 大腸癌細胞集団を標的とした癌の転移抑制法の開発へ道

背景

大腸癌は大腸に局所的に腫瘍を形成し増大します。癌が進行すると周囲の組織に浸潤し、肝臓や肺に転移がおこります。大腸癌は上皮系の性質を有した多数の癌細胞がシート状に存在することにより形成されています。従来の仮説では、癌細胞が何らかの刺激により間葉系*3の性質を獲得することでシート状に存在した大腸癌細胞が単一細胞化してシートから離れて周辺組織へ浸潤し、他の臓器への転移が起こると考えられていました。一方では他の研究グループにより、大腸癌細胞は、間葉化せず上皮系の形態を維持したままの複数の癌細胞が複数集まった小集団が浸潤し転移するという仮説も提示されています。
このように異なる仮説が提唱された背景として、実験用に準備された培養ヒト大腸癌細胞株*4や遺伝子改変マウス発癌モデル*5が過去の多くの研究で用いられたことが挙げられます。そこで、本研究では、患者さんから承諾を得て手術により切除された大腸癌組織を免疫不全マウス*6に移植することにより、実際のヒトの癌の転移を観察できるモデルを開発し、転移メカニズムを詳細に調べました。

内容

本研究では、40人の大腸癌患者さんから承諾を得て手術により採取された腫瘍片を、免疫不全マウスの皮下に移植しました(図1-①)。 次に、皮下に生着した腫瘍を摘出し、その細胞懸濁液(固体の微粒子が液体中に分散している混合物)を別のマウスの腸粘膜に注射しました(図1-②)。すると約半数のマウスの腸に腫瘍が生着し増大しました(図1-③)。さらに、その内の半数以上で肝転移もしくは肺転移が観察されました(図1-④)

図1

図1:本研究で開発した患者由来異種移植片モデルマウス
① 40例の患者さんより手術で切除された大腸癌の腫瘍片を免疫不全マウス (1st マウス)の皮下に移植しました。
② 皮下で生着・増大した腫瘍を摘出しその細胞懸濁液を別のマウス (2nd マウス)の腸粘膜に移植しました。
③ 移植した半数程度のマウスに大腸癌が形成されました。リンパ腫を形成したり、癌が形成されないマウスもいました。
④ 解剖し転移している臓器を調査した結果、半数以上のマウスの肝臓や肺への転移(黄色矢印)が確認されました。
括弧内の分母は癌細胞が移植されたマウスの匹数、分子は腫瘍や転移が形成されたマウスの匹数を示します。
これらの結果より、患者由来大腸癌がマウスの腸で増大し、ヒト大腸癌の転移の好発部位である肝臓や肺に自発的に転移を形成することが明らかになりました。
これらの癌の転移様式を数理モデル*7を使用して解析したところ癌細胞集団の方が単一の癌細胞よりも転移が発生しやすいことがわかりました 。上皮系および上皮/間葉系の状態を示す腫瘍細胞は、大腸癌患者の腫瘍、マウスで増大した患者由来異種移植片*8および血管内循環腫瘍細胞集団*9でも検出されました(図2-①~③)。これらの上皮/間葉系癌細胞は肝転移巣の増大とともに徐々に減少することがわかりました(図2-④)。また、上皮系あるいは上皮/間葉系の状態を阻害した異種移植片由来腫瘍オルガノイド*10をマウスの脾臓内に注射すると、肝臓への定着・増殖を著しく抑制しました。このことから、上皮系および上皮/間葉系の性質が癌細胞集団の転移形成に必須であることが示されました。以上の結果より、大腸癌細胞集団に存在する癌細胞は上皮系および上皮/間葉系の性質を有しており、これらの性質を介して転移形成を可能にしていることを明らかにしました(図2)

図2

図2:本研究で明らかになった大腸癌の浸潤・転移様式
① 大腸癌原発巣には上皮系および上皮/間葉系の性質を呈した癌細胞が存在する。
② これらの大腸癌細胞は集団を形成し局所浸潤する。
③ その後、これらの大腸癌細胞集団は血管内に入り、血液循環中に検出される。
④ その後、これらの大腸癌細胞集団は肝臓や肺に転移を形成する。転移した上皮/間葉系の大腸癌
細胞は上皮系の表現型に戻ることより増殖能を亢進し、転移コロニー形成をさらに促進する。

以上の結果より、上皮系および上皮/間葉系の性質を呈したヒト大腸癌細胞は集団を形成し、局所浸潤し、血中循環系に入り、肝臓や肺などの臓器に転移する。そして、これらの癌細胞は、転移コロニー形成過程で、上皮/間葉系の性質を減弱し上皮系の性質を再度獲得することにより転移巣の増殖を促進することが明らかになりました。

今後の展開

今回、研究グループは患者大腸癌において、上皮系および上皮/間葉系の性質を呈した癌細胞集団が転移を形成する新たな大腸癌の浸潤・転移メカニズムを発見しました。この発見はこれまで不明であった大腸癌の浸潤・転移過程において、上皮系および上皮/間葉系の形質が、癌細胞集団による転移コロニー形成に極めて大きな役割を果たすことを示しただけでなく、これらの形質や癌細胞集団を標的とした治療が癌の転移を抑制できる可能性を示しました。今後は、大腸癌細胞に上皮/間葉系を誘導するメカニズムの詳細を解明し、このような癌細胞集団の形成を阻害することにより、浸潤・転移を抑制する方法を明らかにしていく予定です。

用語解説

*1 上皮系:体表面を覆う表皮、管腔臓器の粘膜や分泌腺を構成する腺細胞などを総称した上皮細胞形態のこと。
*2 上皮/間葉系:上皮系の形態と結合組織を形成する非上皮細胞形態の混合した形態のこと。
*3 間葉系:組織間の間隙を埋める結合組織を形成する非上皮細胞形態のこと。
*4 培養ヒト大腸癌細胞株:人為的に生体外で長期間分裂・増殖が繰り返され株化されたヒト大腸癌細胞のこと。
*5 遺伝子改変マウス発癌モデル:遺伝子やシグナル伝達系の異常の導入によりマウスに誘発された癌モデルのこと。
*6 免疫不全マウス:免疫細胞の欠損により免疫力の低下した実験マウスのこと。移植されたヒト細胞の拒絶を抑制し、その生着を容易にする。
*7 数理モデル:観察から示唆される現象を数式化することにより定性的に現象を再現するモデルのこと。
*8 患者由来異種移植片:患者の癌組織を免疫不全のマウスに移植することにより生じた癌断片のこと。
*9 血管内循環腫瘍細胞集団:血管内に存在し、循環している癌細胞集団のこと。
*10 腫瘍オルガノイド: 3次元的に試験管内でつくられた腫瘍のこと。

原著論文

本研究はInternational Journal of Cancer誌のオンライン版で(2019年11月1日付)先行公開されました。
タイトル:Metastatic seeding of human colon cancer cell clusters expressing the hybrid epithelial/mesenchymal state
タイトル(日本語訳):上皮/間葉系の性質をもったヒト大腸癌細胞集団による転移形成
著者:Kosuke Mizukoshi1),2), Yu Okazawa1),2), Hiroshi Haeno6), Yu Koyama2),3), Kaidiliayi Sulidan2),4), Hiromitsu Komiyama1), Harumi Saeki2), Naomi Ohtsuji2), Yasuhiko Ito2), Yutaka Kojima1), Michitoshi Goto1), Sonoko Habu5), Okio Hino2), Kazuhiro Sakamoto1), and Akira Orimo2),
著者(日本語表記):水越幸輔1,2)、岡澤 裕1,2)、波江野 洋6)、小山 侑2, 3) 、Kaidiliavi Sulidan 2, 4)、小見山博光1)、佐伯晴美2)、大辻直美2)、伊藤恭彦2)、小島 豊1)、五藤倫敏1)、垣生園子5)、樋野興夫2)、坂本一博1)、折茂 彰2)
著者所属:順天堂大学下部消化管外科1)、順天堂大学病理・腫瘍学2)、東京歯科大学口腔外科3)、順天堂大学産婦人科4)、順天堂大学アトピー疾患研究センター5)、東京大学新領域メディア情報生命6)
DOI: 10.1002/ijc.32672.
本研究は、順天堂大学学長特別プロジェクト研究費、順天堂大学プロジェクト研究費およびJSPS科研費JP16K15625, JP16K15598, JP26115006, National Cancer Center Research and Development Fundおよび文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。

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