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2020.04.28 (TUE)

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クロールでの泳ぎ出し前のバタ足は大きな減速の原因に

~ バタ足使用がパフォーマンスにデメリットとなることを実証 ~

順天堂大学スポーツ健康科学部の武田剛准教授、および筑波大学体育系の高木英樹教授らの共同研究グループは、競泳のクロールの泳ぎ出しにおいて飛び込みやプール壁の蹴り出し後にバタ足(*1)をすると、大きく減速することを実証しました。これまでの研究においても、クロールのバタ足は推進力への貢献よりも、水平姿勢の維持という役割が大きいと考えられてきましたが、泳ぎ出しにおけるバタ足の効果についてはよくわかっていませんでした。今回の研究では、競技会等において実際の選手達が用いる「バタフライキック(*2)のみで泳ぎ出す」条件と「バタフライキック後にバタ足を追加し泳ぎ出す」条件を比較した結果、バタ足の追加がクロールの泳ぎ出しにとってデメリットとなることを証明しました。本成果は、競泳選手のクロールのパフォーマンス向上に直接貢献できるものです。本論文はSports Biomechanics誌のオンライン版に2020年4月27日付で先行公開されました。
本研究成果のポイント
  • クロールの泳ぎ出しまでの動作を「バタフライキックのみ」と「バタフライキック後にバタ足を追加」の2条件で比較
  • バタ足を行うと大きく減速するため、バタフライキックのみで泳ぎ出すほうがよいことを実証
  • クロールの最速泳法や水泳指導法の確立に寄与

スポーツ健康科学部 武田 剛 准教授からのコメント
競泳の現場では、トップレベルの選手やコーチ達の間で共通認識として捉えられているコツでも、まだエビデンスがないものが多く、また、トップレベル以外の選手やコーチ達にこれらの情報が共有されづらいという課題があります。
今回の研究では、競泳で一般的に行われている「クロールの泳ぎ出し」に着目して実証実験を行った結果、「泳ぎ出し時にバタ足を使用してはいけない」ということが明らかになりました。今後はこの知見に基づいた競泳のトレーニングや技術指導がなされることを期待しています。またこの知見は、競泳の飛び込みやプールの壁蹴りで得られた高い速度(初速度)をできるだけ維持する必要がある「競泳の特性」に基づいたものであり、今後の研究では、この「初速度の維持」という特性に焦点をあてて、競泳のコツの科学的実証に取り組んでいきたいと考えています。

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武田 剛 准教授

背景

競泳では、プールへの飛び込みや折り返しを行うターン動作の壁蹴り時の方が、実際に泳法動作を行なっている時よりも高い速度が出るため、この時の高い速度を維持しながらスムーズに泳ぎ出すことを目的に、クロールの泳ぎ出しではバタフライキックやバタ足が用いられてきました。実際の競技会においても、バタフライキックのみで泳ぎ出す選手のほかに、バタフライキック後にバタ足を追加して泳ぎ出す選手が見られます。バタ足の推進力はバタフライキックより劣るものの、クロールでは泳法自体にバタ足を使用することから、バタフライキック後にバタ足を追加することでスムーズに泳ぎ出せるのではないかといった議論がこれまでにもなされてきました。そこで研究グループは、クロールにおけるバタフライキック後のバタ足の効果を明らかにすることを目的に、プール壁を蹴ってからの泳ぎ出し条件を、①「バタフライキックのみ」と②「バタフライキック後にバタ足を追加する」の2条件で設定し、条件間の速度変化を比較して、パフォーマンスへの影響を検討しました。

内容

研究グループは、日常的に競泳のトレーニングを積み、日本国内の全国大会規模の競技会に出場経験をもつ男性競泳選手8名を対象とした実験を行いました。プール壁を蹴ってからクロールを泳ぎ出す前の動作を2条件設定し、2条件の練習期間を1週間設けました。この2条件のうち、「バタフライキック条件」では、壁蹴り後にバタフライキックのみを5回行ってクロールへと移行し、15m地点まで全力で泳いでもらいました。一方、「バタフライキック-バタ足条件」では、壁蹴り後5回のバタフライキック後に6回のバタ足を追加し、クロールを泳ぎ出してもらいました(図1)。

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図1:クロールの泳ぎ出しまでの基本局面構造と実験で検証した2条件の内容
両条件ともにバタフライキック5回までは同じであるが、「バタフライキック-バタ足」条件はクロールを泳ぎ出す前にバタ足6回を追加する試技内容である。バタフライキックの回数は泳ぎ出しの際の一般的なキックの回数に基づいており、クロールの左右ひとかき中に使用するキックの回数(通称:6ビートクロール)に基づく。
壁蹴りから泳ぎ出しまでの区間を水中カメラで撮影し、対象者の泳速度を条件間で比較すると、「バタフライ-バタ足」条件では、バタ足を行っている局面の速度低下が明らかとなりました(図2)。

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図2:実験で実施した2条件の平均速度の推移
両条件ともに5回目のバタフライキックまでに速度差が見られないが、バタ足の追加により平均で0.31m/sの速度差が生じ、大きな減速となること明らかになった。その後のクロール泳ぎ出しによって、「バタフライキック-バタ足」条件の速度の復帰が見られるが、減速によるタイムの遅れを取り戻すことはできない。実験データに基づくとバタ足6回中に平均で約0.21m後退することになる。
この泳ぎ出し前のバタ足の使用は、大きな減速の原因となるのではとの指摘が以前からされてきましたが、この実験によって、バタ足使用によるパフォーマンスへのデメリットが明確に示されました。これは全国規模の競技大会に出場するレベルの競泳選手にとってはパフォーマンスに大きく影響を与える結果であることから、クロールの泳ぎ出しには「バタ足を使用すべきでない」ことが広く周知されることを期待します。ただし、本研究成果は高度な技術レベルの選手のデータから明らかになったことであり、初中級者やジュニア世代ついては、育成段階や練習計画に合わせて応用していくことが望ましいと考えます。

今後の展開

クロールのバタ足は、推進力獲得にはあまり貢献しないとされていましたが、本研究により、高い速度が獲得される飛び込み後や壁蹴り後の泳ぎ出しに使用した際には、デメリットとなることが示されました。主要動作である泳法動作の前に飛び込みや壁蹴りによって事前に高い速度(初期速度)が獲得される競泳の特性に着目し、研究グループは今後も初期速度を保つ泳技術の発見やその評価、メカニズムの解明に取り組むとともに、泳法や指導法の改善に貢献していきたいと考えています。

用語解説

*1 バタ足:左右の足を交互に動かし、足の甲と裏で後方に水を押し出すキック。英語圏ではフラッターキックと呼ばれ、バタ足は日本国内での通称である。

*2 バタフライキック:両足同時に足の甲と裏で後方に水を押し出すキック。キック動作自体がイルカの推進動作に似ていることからドルフィンキックとも呼ばれる。

原著論文

本研究はSports Biomechanics誌のオンライン版で(2020年4月27日付)先行公開されました。
タイトル: Underwater flutter kicking causes deceleration in start and turn segments of front crawl
タイトル(日本語訳):競泳クロール泳のスタートとターン局面における水中バタ足は減速を招く
著者:Tsuyoshi Takeda, Shin Sakai, Hideki Takagi
著者(日本語表記):武田剛1)、酒井紳2)、高木英樹2)
著者所属:1)順天堂大学スポーツ健康科学部、2)筑波大学体育系
DOI: 10.1080/14763141.2020.1747528

協賛ならびに研究助成金

本研究は順天堂大学スポーツ健康科学部教員研究費の支援を受け実施されました。スポーツ健康科学部本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。

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