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2020.05.13 (WED)

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独居生活が急性冠症候群の長期予後に与える影響について

~65歳未満の患者では「一人暮らし」が長期予後不良の要因に~

順天堂大学医学部附属静岡病院 循環器内科の諏訪哲先任准教授、荻田学准教授、和田英樹助教、大学院生の竹内充裕らの研究グループは、独居生活が急性冠症候群(ACS; Acute Coronary Syndrome) に対して経皮的冠動脈形成術(カテーテル治療*1)を行った後の長期予後に与える影響について解析を行いました。人口の高齢化が進む欧米諸国や日本において、独居であることが心血管疾患の発症リスクを高めることが報告されていますが、ACSの長期予後との関連は明確ではありませんでした。本研究では、特に65歳未満の患者において、独居生活が長期予後不良の要因となることを明らかにしており、今後、一人暮らしをする65歳未満の患者を対象とした治療介入が予後改善につながる可能性を示しました。本研究はEuropean Heart Journalの学術雑誌「Quality of Care and Clinical Outcomes」オンライン版に公開されました。
本研究成果のポイント
  • 急性冠症候群に対して緊急カテーテル治療を行った2547例を対象に観察研究を実施
  • 65歳未満の患者では独居生活が有意な長期予後不良因子であることが明らかに
  • 65歳未満の独居患者に対しての治療介入が急性冠症候群の予後改善につながる可能性
研究グループからのコメント
静岡病院循環器内科の大きな特色として、急性冠症候群に対するカテーテル治療数が全国規模であることが挙げられます。カテーテル治療については、欧米と日本で行われている治療の実態に差があるといわれており、我が国からの新たな知見を発表することは責務であります。今後当院の急性冠症候群のデータベースをさらに発展させ、多施設共同研究にも積極的に参加することで、新たな急性冠症候群の治療法の開発に貢献していきたいと考えております。

循環器内科

静岡病院循環器内科(還暦を迎えた諏訪 哲 科長を囲んで)

背景

急性冠症候群(ACS)は、心臓に酸素や栄養を供給する冠動脈の中で動脈硬化により生じたプラークの破綻とそれに伴う血栓形成により血管が急速に狭窄・閉塞し、心臓の筋肉が虚血・壊死に陥る致命的な疾患で、治療法や薬剤が進歩している現在でも世界の主要死亡原因であり続けています。研究を行った順天堂大学医学部附属静岡病院は伊豆半島を含む静岡県東部地域最大の救命医療を支える基幹病院で、ドクターヘリの基地病院として24時間365日フル稼働しており、急性心筋梗塞をはじめとするACSの治療に力を入れています。研究グループはACSの予後を改善させる緊急カテーテル治療に関するデータを取りまとめてきました。これまでの研究で独居生活が心血管疾患を発症する危険な因子であることは報告されていましたが、ACSの長期予後との関連は明確になっていないことから、本研究では、データをもとに独居生活と長期予後との関係についての解析を行いました。

内容

今回1999年から2015年の間にACSで搬送され当院にて緊急カテーテル治療を施行した2548名の患者を対象に約5年間の死亡率に関して解析を行いました。患者背景は年齢の中央値が69歳で男女比は男性73%、女性24%でした。動脈硬化の危険因子である生活習慣病の有病率については糖尿病 37%、高血圧症 67%、脂質異常症 54%でした。
このなかで、治療を行った時点で独居の患者; 268名 (11%)と同居家族のいる患者; 2280名 (89%)の2群に分けて比較検討を行いました。年齢は独居の患者の方が有意に高齢で、女性の比率が多く認められました。全体では独居生活の患者と同居家族のいる患者の間で死亡率に関して有意差は認めませんでしたが(図1) 、65歳未満の患者においては死亡率に関して独居の患者群が有意に高い(同居家族のいる患者と比較して約1.8倍)ことが明らかになりました(図2)。この結果は年齢、性別および高血圧、糖尿病、脂質異常症などの動脈硬化リスクをなどの因子を含めた分析においても変わりませんでした。

図1

図1:急性冠症候群に対して経皮的冠動脈形成術を施行した後の死亡率
急性冠症候群に対して経皮的冠動脈形成術を施行した2548名のうち、独居患者(268名)と同居家族のいる患者(2280名)のデータについての比較検討を行いました。その結果、二群間で死亡率に有意な差はありませんでした。

図2

図2: 65歳未満の患者における急性冠症候群に対して経皮的冠動脈形成術を施行した後の死亡率
65歳未満の患者(927名)を抽出して独居患者(130名)と同居家族のいる患者(797名)についての比較検討を行いました。その結果、独居患者群の方が有意に高い死亡率であることが明らかになりました。

今後の展開

独居生活がもたらす影響として、孤独・抑うつなどの感情的な要素や、食生活の乱れ・怠薬などにより生活習慣病の管理が不十分になるという医学的要素が報告されています。特に今回、65歳未満の患者において死亡率に有意な影響が認められたのは労働環境下におけるストレスや経済的な問題などが影響した可能性が推察されます。一方、65歳以上の高齢者では両群間に差がなく、独居であることが必ずしも予後不良ではないことが示唆されました。
平成30年に総務省より発表された「情報通信白書」では、近年の独居世帯の増加が報告され、2040年には全世帯の約40%の割合に達すると推測されています。今後増加していく独居患者に対して適切な治療介入を行うことで、ACSに対して緊急カテーテル治療を行った後の長期予後改善につながっていくことが期待されます。
現在も主要な死因である急性冠症候群に対しての治療は、急性期の緊急カテーテル治療を始めとしてその後の治療や外来通院まで多くの要素が含まれています。静岡病院は今後も、「救急を断らない循環器内科」として質の高い急性期治療をより多く提供するとともに、その後の外来通院においても患者の皆様それぞれに必要とされる治療を行えるように、地域の医療機関と十分な連携をとりながら、日々精進していく所存です。今後も地域救急医療向上のために伊豆発のデータを世界に発信できるように努力して参ります。

用語解説

*1 カテーテル治療:手首や足の付け根からカテーテルと呼ばれる細い管を血管内に挿入し、狭窄・閉塞した冠動脈をバルーンを用いて広げたり、ステントと呼ばれる金属の網を留置することで血流を回復させ、開存させる治療。

原著論文

本研究はEuropean Heart Journalの学術雑誌「Quality of Care and Clinical Outcomes」オンライン版に(2020年2月11日付)公開されました。
タイトル: Comparison of long-term mortality between living alone patients vs. living together patients with acute coronary syndrome treated with percutaneous coronary intervention
タイトル(日本語訳): 独居生活が急性冠症候群の長期予後に与える影響について
著者:Mitsuhiro Takeuchi, Manabu Ogita, Hideki Wada, Daigo Tahakashi, Yui Nozaki, Ryota Nishio, Kentaro Yasuda, Norihito Takahashi, Taketo Sonoda, Shoichiro Yatsu, Jun Shitara, Shuta Tsuboi, Tomotaka Dohi, Satoru Suwa, Katsumi Miyauchi, and Hiroyuki Daida
著者(日本語表記):竹内充裕1)、荻田学2)、和田英樹2)、高橋大吾1)、野崎侑衣1)、西尾亮太1)、安田健太郎2)、高橋徳仁1)、園田健人2)、谷津翔一朗2)、設楽準2)、坪井秀太1)、土肥智貴1) 、諏訪哲2) 、宮内克己1) 、代田浩之1)
著者所属:1)順天堂大学医学研究科 循環器内科講座、2)順天堂大学医学部附属静岡病院 循環器内科
DOI: 10.1093/ehjqcco/qcaa011

協賛ならびに研究助成金

本研究に開示すべき利益相反関連事項はありません。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。

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