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2020.06.02 (TUE)

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ビール苦味成分として知られるホップ苦味酸による認知機能改善効果を確認

~毎日の食事を通じた認知症予防方法の開発へ期待~

順天堂大学医学部精神医学講座の大沼徹先任准教授、新井平伊名誉教授(現アルツクリニック東京院長)およびキリンホールディングス株式会社の阿野泰久研究員、福田隆文研究員らの共同研究グループは、健常人を対象にした臨床試験(ランダム化二重盲検比較試験*1)により、ビールに含まれる苦味成分である熟成ホップ由来苦味酸*2(以下、ホップ苦味酸)が認知機能やストレス状態を改善することを確認しました。これまで、ホップ苦味酸がアルツハイマー病*3への予防効果を示すことは非臨床試験より報告されていたものの、ヒトでの効果は十分には検証されていませんでした。今回の研究により、ホップ苦味酸による認知機能改善効果が確認できたことで、食生活を通じた新しい認知症予防方法の開発に繋がることが期待されます。本論文はJournal of Alzheimer’s Disease誌に2020年5月26日付で公開されました。
本研究成果のポイント
  • 物忘れを自覚する中高齢者を対象にホップ苦味酸を用いたランダム化二重盲検比較試験を実施
  • ホップ苦味酸の摂取群で認知機能および気分状態の改善効果を確認
  • 毎日の食事を通じた認知症予防方法の開発へ

背景

高齢化の進む日本国内では認知症の患者が急増しており、大きな社会課題となっています。認知症の根本的な治療方法はありませんが、一方、認知機能の低下は早期に発見して対策することである程度の改善が可能であることが報告されています。そのため、日常生活を通じた予防方法に注目が集まっており、食習慣も予防法の一つとして期待されています。
これまでの報告で、ビールの苦味成分であるホップ苦味酸は脳腸相関*4を活性化して認知機能を改善し、脳内炎症の抑制によりアルツハイマー病予防効果を示すことが非臨床試験により明らかになっています。しかしながら、ホップ苦味酸がヒトの認知機能に与える効果は十分に解明されていませんでした。そこで本研究では、物忘れの自覚症状を有した中高齢者を対象に、ホップ苦味酸の摂取が認知機能に与える効果を検証するために、ランダム化二重盲検比較試験を実施しました。

内容

本研究では、主観的な認知機能低下の自覚症状(SCD)を有する中高齢者の中からSCD質問紙等をもとに100名の健常な中高齢者を選抜し、無作為にホップ苦味酸もしくはプラセボを含むカプセルを摂取する群に50名ずつに割り付ける、ランダム化二重盲検比較試験を実施しました。 摂取0週目および12週目に神経心理テストを用いて認知機能の評価を行い、注意機能は標準注意検査法(CAT)を用いて、記憶機能はレイ聴覚学習テスト(RAVLT)および標準言語性対連合学習検査(S-PA)等を用いて評価しました。気分状態およびストレス状態の評価は、検査当日の唾液中のストレス指標およびメタ記憶質問紙を用いて評価しました。
その結果、摂取12週目のCATの選択的注意機能を評価するSDMT(Symbol Digit Modalities Test)の正答率が、ホップ苦味酸群ではプラセボ群と比較して有意に高値を示しました。また、神経心理テスト後の唾液中に分泌されたβエンドルフィン*5の濃度がホップ苦味酸群ではプラセボ群と比較して0週目からの変化値が有意に低値を示しました。さらに、メタ記憶質問紙における不安感のスコアがホップ苦味酸摂取群ではプラセボ群と比較して低値の傾向を示しました。また、SCD質問紙に基づく層別解析では、注意機能のSDMT以外にも記憶機能において摂取12週目のRAVLTの数値、S-PAの変化値もホップ苦味酸群ではプラセボ群と比較して有意に高値を示しました。
以上の結果から、ホップ苦味酸の継続摂取は、中高齢者の認知機能の中で特に注意機能、ストレス状態や気分状態を改善することが明らかになりました。

図1

図1:本研究より示唆される熟成ホップ由来苦味酸による認知機能および気分状態改善
ビール苦味成分でもある熟成ホップ由来苦味酸は摂取後脳腸相関を活性化し、前頭前野に関連した認知機能や気分状態を改善する可能性が示唆された。本研究においては熟成ホップ由来苦味酸の12週間の継続摂取によって選択的注意機能、唾液中のストレス指標がプラセボ比較で改善した。

今後の展開

今回、ビール苦味成分である熟成ホップ由来苦味酸が中高齢者の認知機能を改善することを確認しました。ビール由来のホップ苦味酸による認知機能改善は脳腸相関の活性化による作用機序が想定され、毎日の食事を通じた新しい認知症予防方法の開発に繋がる可能性があります。ホップ苦味酸を活用したサプリメントやノンアルコールビールテイスト飲料など、日常生活で無理せず続けられるソリューションの開発が期待されます。今後、ヒトでの作用機序解明や軽症アルツハイマー病患者対象での効果検証を進めます。

用語解説

*1 ランダム化二重盲検比較試験: 試験デザインの一種で、試験に関わる全ての人が、何れの成分を摂取しているのか一切知らずに実施する試験。被験者が何れの群になるかも無作為に割り付けている。
*2 熟成ホップ由来苦味酸:ビールの苦味成分として知られる。比較的に苦味が抑えられた苦味成分で、ホップの酸化熟成により生成する成分である。
*3 アルツハイマー病:認知症の1つで、国内の認知症の半分がアルツハイマー型認知症である。脳内に老人斑や神経原線維変化を伴う。
*4 脳腸相関:脳と腸は自律神経系やホルモンやサイトカインなどの液性因子を介して密に関連していることが知られており、この双方向的な関係を指す。
*5 βエンドルフィン:唾液中に分泌されるストレスマーカーの1つとして知られる。

原著論文

本研究はJournal of Alzheimer‘s Disease誌のオンライン版で(2020年5月27日付)先行公開されました。
タイトル: Supplementation with matured hop bitter acids improves cognitive performance and mood state in healthy older adults with subjective cognitive decline
タイトル(日本語訳):ビール苦味成分である熟成ホップ苦味酸の摂取は、主観的認知機能低下の症状を有する中高齢者の認知機能および気分状態を改善する;無作為化二重盲検比較試験
著者: Takafumi Fukuda, Tohru Ohnuma, Kuniaki Obara, Sumio Kondo, Heii Arai and Yasuhisa Ano
著者(日本語表記):福田隆文1)、大沼徹2)、小原有晶1)、近藤澄夫3)、新井平伊2)、阿野泰久1)
著者所属: 1)キリンホールディングス(株) 、2)順天堂大学医学部精神医学講座、3)医療法人健昌会
DOI: 10.3233/JAD-200229

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