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2020.06.19 (FRI)

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希少がんの軟部肉腫の治療薬パゾパニブの効果予測が可能に

~ ゲノム情報を用いた高悪性軟部肉腫の個別化医療開発へ ~

順天堂大学医学部整形外科学講座の末原義之准教授、腫瘍内科学研究室の加藤俊介教授、人体病理病態学講座の林大久生准教授、齋藤剛准教授らの研究グループは、国立がん研究センターとの共同研究により、希少がんである軟部肉腫*1において、患者の遺伝情報を解析することで、二次治療に用いられる薬剤「パゾパニブ*2」の効果が予測できる可能性を見出しました。進行軟部肉腫の治療では、二次治療に用いる薬剤として複数の新規薬剤が承認されている中で、パゾパニブはその効果に個人差があることが課題でしたが、今回の研究でGLI1*3遺伝子の増幅が認められる症例では、その治療効果が高いことがわかりました。これによりこれまで不明であったパゾパニブの効果と患者の遺伝情報(ゲノム背景)の関係を明らかにし、ゲノム医療*4時代における高悪性軟部肉腫の治療に大きく道を拓く可能性を示しました。本研究は米国の整形外科治療の科学誌「Clinical Orthopaedics and Related Research」オンライン版で発表されました。
本研究成果のポイント
  • 希少がんの高悪性軟部肉腫におけるGLI1遺伝子のコピー数異常(遺伝子増幅)とパゾパニブの効果に関係があることを発見
  • がんクリニカルシークエンス検査*5などのゲノム医療が、進行軟部肉腫の二次治療時における新規個別化医療として有用である可能性
  • 今回発見した遺伝子変化を基盤にした高悪性軟部肉腫の新規治療法開発に道
研究グループからのコメント
軟部肉腫は悪性度が高いものが多く、新たな治療法開発が必要です。しかしながら、骨軟部腫瘍(肉腫)は希少がんであるため研究開発が難しい現状があります。今回、我々のグループはこれまで不明であったパゾパニブの効果と患者の遺伝情報(ゲノム背景)との関係を明らかにすることで、進行軟部肉腫の新規個別化医療の開発を進めました。今後も当グループで骨軟部腫瘍のゲノム背景を含むさらなる分子病理学的背景を明らかにして、難治性骨軟部腫瘍の診断・治療と予後改善に貢献していきたいと思っています 。

研究グループ

左から林大久生准教授、加藤俊介教授、齋藤剛准教授、末原義之准教授

背景

軟部肉腫は国内で年間1500名ほどに発生する悪性腫瘍です。様々な年齢層に発生しますが、近年では高齢者に多く発生する傾向がみられます。治療には化学療法、外科手術、放射線治療を組み合わせた治療が行われていますが、転移症例では5年生存率が30%以下と極めて悪性度が高いものが多く、新たな治療法開発が必要です。化学療法に抵抗性を示す難治性の軟部肉腫には二次治療としてパゾパニブ、エリブリン、トラベクテジンなど複数の新規薬剤の使用が国内で承認されています。しかし、それら二次治療薬剤は効きにくかったり、副作用が生じることもあることから、薬剤の効果予測や患者の遺伝情報に基づいた個別化医療が望まれています。そこで研究グループは、これまで不明であったパゾパニブの効果と患者の遺伝情報(ゲノム背景)との関係を明らかにし、進行軟部肉腫の新規個別化医療を開発することを目的として研究を進めました。

内容

進行軟部肉腫の二次治療法薬であるパゾパニブはその効き方に個人差があることが課題となっています。研究グループは、順天堂医院で進行軟部肉腫にパゾパニブを使用し、短期間で顕著に効果のあった稀な症例をの腫瘍検体および正常組織に対して次世代シークエンサーなどを用いた統合的解析を行い、遺伝子変化とパゾパニブの治療標的である受容体チロシンキナーゼのタンパク質リン酸化変化を調べました。その結果、チロシンキナーゼの一種であるPDGFRBタンパク質のリン酸化上昇とGLI1, CDK4遺伝子を含む染色体のコピー数増幅および複数のチロシンキナーゼ遺伝子変異を腫瘍部に同定することに成功しました。それら遺伝子変化の癌化能を検証したところ、GLI1遺伝子コピー数増幅のみに癌化能を認めました。その検証実験としてがんクリニカルシークエンスと定量的PCR*6をパゾパニブ治療効果と臨床情報が紐付いた高悪性軟部肉腫に対して行ったところ、パゾパニブに効果を示した症例にのみGLI1遺伝子の高発現が認められることを発見しました(図1)。また、GLI1遺伝子を導入した細胞株実験でもパゾパニブの濃度に従ってGLI1遺伝子の増殖が抑制されることが認められました。

図1

図1 パゾパニブ投与症例における高悪性軟部肉腫の特徴的遺伝子変化(12q13-14染色体におけるGLI1, CDK4, MDM2遺伝子)

高悪性軟部肉腫28例中に少数認められるパゾパニブ奏効群(効果が認められた症例)の中で、奏効例(著効例(No.1)と長期不変(No.2))にのみGLI1、CDK4の遺伝子(mRNA)の高発現が特徴的に認めれる。脱分化型脂肪肉腫症例(No.28)にはMDM2, CDK4のコピーナンバー数増幅が以前より報告されているが今回の解析でも同様に認められた。
※長期不変:半年間以上にわたり腫瘍抑制効果を示し、薬剤使用に利益を認めた症例、脱分化型脂肪肉腫:軟部肉腫の組織型の一つ。MDK2, CDK4のコピーナンバー数変化を多く有する。
さらに、がんクリニカルシークエンスの巨大データベース*7を参照したところ、軟部肉腫症例の中で、パゾパニブに効果を示した症例ではGLI1遺伝子を含む12q13-14染色体の幅広いコピーナンバー増幅が約4%に認められ、そのうち顕著に効果を示した症例と同じGLI1とCDK4遺伝子に限局したコピーナンバー増幅が0.9%認められています。このことから、今回の研究グループによる解析の結果は、現在までのパゾパニブ臨床試験*8における効果を示した割合(約5%)を支持する結果となっています。
これらの結果から、高悪性軟部肉腫におけるパゾパニブの治療効果は、GLI1遺伝子変化に伴うチロシンキナーゼのリン酸化を通じて抗腫瘍効果を発揮すると考えられます。
以上より、これまで不明であった進行軟部肉腫のパゾパニブの効果と患者の遺伝情報(ゲノム背景)の関係を明らかにできたことで、進行軟部肉腫の新規個別化医療を開発の可能性を示しました。

今後の展開

現在、進行軟部肉腫の二次治療に用いる薬剤としてパゾパニブ、エリブリン、トラベクテジンなど複数の新規薬剤の使用が国内では承認されていますが、その使用順序は混沌としています。本研究の成果は、現在国内外のがん医療で進められているがんクリニカルシークエンス検査によるがんゲノムプロファイリングを活用することで、進行軟部肉腫症例にGLI1遺伝子増幅を認めた場合には二次治療薬としてパゾパニブを先行して使用することの臨床的な有益性を示しています(図2)。今後はさらなる臨床試験により本成果を検証することで、軟部肉腫に対するがん個別化医療を展開することが可能になります 。

図2

図2 今回の発見による進行軟部肉腫に対する二次治療の変化

これまで進行軟部肉腫の二次治療としてパゾパニブ、エリブリン、トラベクテジンなど複数の新規薬剤の使用が国内で承認されているが、それらの使用順序を示す指針がないことが課題になっていた。本研究の成果は、現在国内外のがん医療で進められているがんクリニカルシークエンスによるがんゲノムプロファイリングを活用し、進行軟部肉腫症例にGLI1遺伝子増幅を認めた際には二次治療薬としてパゾパニブを先行して使用することの臨床的利益性の可能性を提示した。

用語解説

*1. 軟部肉腫: 軟部組織から発生した悪性腫瘍。 軟部組織とは、肺や肝臓などの臓器と骨や皮膚を除いた、筋肉、腱(けん)、脂肪、血管、リンパ管、関節、神経を指し、 軟部肉腫は、手足(四肢)、胴体、頭頸部(とうけいぶ)、おなかの中など、体のいろいろな部位に発生する。発生頻度の低さより希少がんに分類される。
*2. パゾパニブ(Pazopanib): マルチチロシンキナーゼ阻害薬の一つであり、血管新生を阻害して腫瘍の成長を妨げる。腎細胞癌および悪性軟部腫瘍(軟部肉腫)の治療に用いられる。商品名はヴォトリエント。
*3. GLI1: Zinc finger protein GLI1としても知られ、ヒトではGLI1遺伝子によってコードされるタンパク質で、もともとはヒト膠芽腫細胞から分離されたもの。
*4. ゲノム医療: プレシジョン・メディシンとも呼ばれる。近年、分子標的薬が多数開発されており、検出された遺伝子変化に応じて分子標的薬を精密に選択する個別化がんゲノム医療。
*5. がんクリニカルシークエンス検査: がん関連遺伝子の遺伝子変化を解析し、がん患者の診断や治療に活用する検査。遺伝子に生じている遺伝子変化は患者(腫瘍)ごとに異なり、その遺伝子変化を調べることで個別化した治療(標的治療など)を行える。がんクリニカルシークエンス検査では、通常100を超えるがん関連遺伝子の変化を一度に調べることができ、難治性のがんの診断や治療に役立つ情報がないかを解析することができる。
*6. 定量PCR(Quantitative polymerase chain reaction, Q-PCR): 迅速に定量できるポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) の改良型。 DNA、cDNA または RNA の増幅が行われる前の総量を間接的に測る方法。
*7. がんクリニカルシークエンスの巨大データベース: 本研究では米国屈指のがん拠点施設でニューヨークにあるMemorial Sloan Ketteringがんセンターが開発したがんクリニカルシークエンス検査であるMSK-IMPACTによるデータベースを用いた。MSK-IMPACT検査はFDAの承認を得ており、468個にのぼるがん関連遺伝子の遺伝子変化を調べることができる世界最高精度の検査。国内では順天堂大学医学部附属順天堂医院などで検査可能となっている。
*8. パゾパニブの臨床試験: 軟部肉腫におけるパゾパニブの治療標的遺伝子は定まっておらず、進行軟部肉腫を対象としたいくつかの臨床試験ではパゾパニブ奏効率は約5-10%(246例中14例部分奏効(5.7%)a), 126例中13例部分奏効(10.4%)b))と低く、完全奏効例は報告されていない。a) van der Graaf WT, et al Lancet. 2012. b) Nakamura T, et al. Cancer. 2016.

原著論文

本研究成果は、米国の整形外科の科学雑誌の「Clinical Orthopaedics and Related Research 」誌のオンライン版(2020年6月10日付)で公開されました。
論文タイトル:Assessment of Predictive Biomarkers of the Response to Pazopanib Based on an Integrative Analysis of High-grade Soft-tissue Sarcomas.
日本語訳:高悪性軟部肉腫の統合的解析に基づくパゾパニブに対する奏効性予測バイオマーカーの評価
著者:Yoshiyuki Suehara, Shinji Kohsaka, Shigeo Yamaguchi, Takuo Hayashi, Taisei Kurihara, Kei Sano, Keita Sasa, Keisuke Akaike, Toshihide Ueno, Shinya Kojima, Masachika Ikegami, Sho Mizuno, Taketo Okubo, Youngji Kim, Kazuo Kaneko, Tsuyoshi Saito, Shunsuke Kato, Hiroyuki Mano
著者(日本語表記):末原義之1, 高阪真路2, 山口茂夫1, 林大久生1, 栗原大聖1, 佐野圭1, 佐々慶太1, 赤池慶祐1, 上野 敏秀2,小島進也2, 池上 政周2, 水野祥2, 大久保武人1, 金栄智1, 金子和夫1, 齋藤剛1, 加藤俊介1, 間野博行2
所属機関:1. 順天堂大学医学部、2. 国立がん研究センター研究所
DOI: 10.1097/CORR.0000000000001322
なお本研究は、国立がん研究センターとの共同研究として、JSPS科研費 JP15H04964, JP16K15670, JP15KK0353, JP17K08730, JP17K10987, JP18H02677、日本医療研究開発機構 JP18am0001009, JP18ck0106252による支援を受けて行われました。

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