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新生児ミトコンドリア心筋症の原因遺伝子を国際連携による大規模研究で同定

~ 早期診断と治療法開発へ期待 ~

概要

順天堂大学大学院医学研究科 難病の診断と治療研究センターの岡﨑康司 センター長、木下善仁 非常勤講師、岡﨑敦子 准教授、新田和広 講師、千葉県こども病院 村山圭 部長、埼玉医科大学の大竹明 教授らの共同研究グループは、新生児ミトコンドリア心筋症*1の原因としてATAD3遺伝子*2の重複による遺伝子異常を同定しました。国際連携による大規模研究を実施した結果、計16家系、17患者の新生児ミトコンドリア心筋症でATAD3遺伝子の重複があることを発見し、ATAD3遺伝子の重複がミトコンドリア機能異常を引き起こしている可能性が示されました。ATAD3遺伝子座のゲノム構造の複雑さから、従来の解析ではこの遺伝子異常が見過ごされてきたと考えられ、今回の発見が早期遺伝子診断や精度向上、治療法の開発につながると期待されます。本論文はCell出版社のMed誌のオンライン版に(2020年7月9日付)公開されました。
本研究成果のポイント
  • 国際連携研究により、計16家系、17患者の新生児ミトコンドリア心筋症でATAD3 遺伝子重複を発見した
  • ATAD3 遺伝子重複により異常なATAD3A/C融合タンパク質が発現し、ミトコンドリア機能異常を引き起こすことが示唆された
  • 本研究が早期遺伝子診断や精度の向上につながること、またATAD3A/C融合タンパク質が治療の標的となると期待される

背景

ミトコンドリア病は5,000人に1人が発症する難病です。この疾患は、いろいろな臓器・組織で様々な症状を呈し、年齢を問わず、いくつもの遺伝形式によって発症します。ミトコンドリア心筋症はミトコンドリア病のうち心筋異常を主症候とするサブタイプに分類され、研究グループの予後調査では早期に心筋症を呈するミトコンドリア病の多くは予後不良で、重症化を招くことを明らかにしてきました。さらに、先行研究において、小脳異常を呈するミトコンドリア病症例からATAD3遺伝子における欠失を発見し、2017年に英科学雑誌Brain誌に報告しました。このATAD3遺伝子の欠失は多くの場合、両親から遺伝して、父方と母方の両方の染色体上に遺伝子欠損を有し、中枢神経症状を呈することを明らかにしています。今回の研究は、新生児ミトコンドリア心筋症におけるATAD3遺伝子の関与を明らかにする目的で国際連携による大規模共同研究を行いました。

内容

ATAD3遺伝子欠失では、中枢神経を中心とした小脳委縮等が特徴的な所見となり、心筋症は報告されていませんでした。今回、国際共同研究グループがミトコンドリア心筋症の症例について調査したところ、国内の4症例を含め、計16家系、17患者で異常が見つかりました。日本以外では、オーストラリア、ニュージーランド、オランダで同様の症例が発見されました。多くの症例では、出生以前の胎児期から症状を呈しており、新生児早期に非常に重篤な症状を有することが分かりました。
次に、患者の全ゲノム解析および全エクソーム解析*3を行い、ATAD3遺伝子座におけるATAD3遺伝子の重複を同定しました。結果として、この重複はATAD3遺伝子型のひとつであるATAD3Bが1コピー増えることと、ATAD3A/Cの融合遺伝子が生じることになります。症例によってATAD3A/Cの融合遺伝子の形が若干異なりますが、多くはATAD3AとATAD3Cが融合した遺伝子産物ができることが分かりました。また、家族内の解析を行った結果、両親にはこの重複は観察されず、患者でde novo遺伝子異常*4として生じ、優性阻害効果*5を示すことが明らかになりました。
上述の通り、ATAD3遺伝子の重複はATAD3A/C融合タンパク質を生じることになります。ATAD3A/Cの異常タンパク質が実際に生体内で発現していることは、プロテオーム解析*6やウエスタンブロット*7などのタンパク質の発現解析実験で確認しました。次に、ATAD3遺伝子の重複を持つ症例では、正常検体に比べてATAD3複合体形成が変化していることが明らかとなりました。また、同時にミトコンドリア呼吸鎖複合体*8形成にも異常をきたしており、ATAD3遺伝子の重複はATAD3複合体の異常を介して、ミトコンドリア機能異常を引き起こしていることが示唆されました。
以上の結果より、ATAD3遺伝子重複では、ATAD3遺伝子欠失とは異なり、異常なタンパク質の増加により、重篤なミトコンドリア心筋症を発病することが明らかになりました(図1)。
図1:本研究で明らかになったATAD3の遺伝子異常で生じるミトコンドリア病の発症メカニズム

図1

ATAD3の欠失は両親から遺伝し、患者では2つの遺伝子座の欠失が起こり、ATAD3B/Aの融合遺伝子が合成されます。ATAD3B/Aのタンパク質は非常に不安定であり、致死性の橋小脳低形成につながります。新生児ミトコンドリア心筋症の原因となるATAD3遺伝子の重複は両親から遺伝せず、de novo変異が片側の染色体上で生じます。ATAD3Bの1コピー増加、ATAD3A/C融合遺伝子が生じることで、タンパク質総量の増加が起こります。ATAD3A/C融合タンパク質はATAD3複合体の形成に異常を引き起こし、これが重篤な心筋症につながると考えられます。

今後の展開

今回の研究により、新生児ミトコンドリア心筋症の原因としてATAD3遺伝子の重複を、国内外合わせ患者17症例から同定することができました。ATAD3遺伝子の重複は、ATAD3Bのコピー数増加とATAD3A/C融合遺伝子を生じ、特に融合遺伝子がミトコンドリア機能の阻害をもたらしていると考えられました。ATAD3遺伝子の異常は、点変異あるいは、大きな欠失、重複によっても起こり、様々な遺伝子の構造的異常や遺伝形式をとることが明らかになりました。症状においても、中枢神経の異常のみならず、今回の重複例では新たに心筋症を主症候とすることが分かり、症状の多様性も明らかとなりました。また、これまでATAD3遺伝子座の構造的複雑さから遺伝子異常の検出が難しかったという点で、遺伝子異常が見過ごされてきた可能性があります。今回の研究で新生児ミトコンドリア心筋症に関わる遺伝子異常の詳細を明らかにしたことで、今後同様の遺伝子異常を持つ症例が新たに見つかる可能性が高く、早期の遺伝子診断や精度向上にも貢献すると考えられます。また、ATAD3遺伝子の重複に関しては、ATAD3A/Cの異常な融合タンパク質が疾患発症に寄与している可能性が高いことから、この遺伝子産物の除去が創薬や治療法の鍵となると期待されます。さらなる病態発症メカニズムの解明が疾患克服に直結すると考えられることから、継続した研究への取り組みが重要です。

用語解説

*1 新生児ミトコンドリア心筋症
ミトコンドリア病とは、ミトコンドリアの働きが低下することが原因で起こる病気の総称です。ミトコンドリア心筋症はそのうち心筋異常を主症候とするサブタイプに分類され、研究グループの予後調査では早期に心筋症を呈するミトコンドリア病は非常に予後不良で、重症化を招くことが明らかとなっています。
*2 ATAD3遺伝子
ATAD3はATPase family AAA domain-containing protein 3の略で、ミトコンドリアにおいてコレステロール代謝やミトコンドリアDNAの維持等に必要であることが明らかになっています。ヒトにおいては、ATAD3A, ATAD3B, ATAD3Cが存在しますが、1番染色体上に並んでクラスターを形成しています。
*3 全エクソーム解析、全ゲノム解析
全エクソーム解析(Whole-exome sequencing; WES)は、ゲノムのなかでタンパク質をコードするエクソン領域を選択的に配列解読する手法です。対象となるのはヒトゲノムのうち2%未満の領域となります。エクソンは、極めて重要な領域なため、ここに多くの疾患原因となる変異が存在しています。それに対して、全ゲノム解析(Whole-genome sequencing; WGS)は、ゲノムのすべてを網羅して配列解読する手法です。すべてのゲノム領域をカバーするため、WESよりも得られる情報は多くなります。
*4 de novo遺伝子異常
de novoとは直訳で“新生の”という意味を持ち、新たに生成された遺伝子異常となります。親はこれらの遺伝子異常を持たず,子で新しく発生した遺伝子異常を指します。DNA複製過程でエラーが生じ、点変異、挿入、重複、欠失、染色体レベルの構造変化まで,さまざまな異常が起こります。
*5 優性阻害効果
遺伝子変異がタンパク質に与える影響は様々ありますが、優性阻害効果は異常なタンパク質の合成により、これが優位に働いて正常なタンパク質の機能をも阻害してしまう効果を指します。ドミナントネガティブ効果とも言われます。
*6 プロテオーム解析
タンパク質を網羅的に調べる手法で、タンパク質の増加減少を明らかにすることができます。プロテオーム(Proteome)はタンパク質Protein と「全体」を意味する -omeに由来した言葉です。
*7 ウエスタンブロット
特定のタンパク質に結合する抗体を用いて、タンパク質を検出する方法です。この方法で、生体試料中のタンパク質の存在量を観察することができます。
*8 ミトコンドリア呼吸鎖複合体
ミトコンドリアでは電子伝達と酸化的リン酸化の反応を介して、生命のエネルギー源であるATPを合成していますが、ミトコンドリア呼吸鎖複合体のI~Vまでがその合成に関わります。複合体I~IVは、酸化還元反応を利用し、ミトコンドリア内膜を介してプロトン(H+)を輸送します。複合体Ⅴは逆向きのプロトンの流れを利用してATPを作り出します。

原著論文

本研究はCell出版社のトランスレーショナルリサーチ雑誌Medのオンライン版で2020年7月9日付(日本時間7月10日午前0時)で先行公開されました。
タイトル: Fatal perinatal mitochondrial cardiac failure caused by recurrent de novo duplications in the ATAD3 locus.
タイトル(日本語訳): ATAD3遺伝子座における反復性de novo重複に起因する致死的周産期ミトコンドリア心不全
著者: Ann E. Frazier1), 木下善仁2), 岡﨑敦子2), 新田和広2), 大竹明3), 村山圭4), 岡﨑康司2), David R. Thorburn1)、他37名
著者所属:1)Murdoch Children’s Research Institute, 2)順天堂大学大学院難治性疾患診断・治療学/難病の診断と治療研究センター, 3) 埼玉医科大学小児科/ゲノム医療科,4)千葉県こども病院代謝科、計21機関による
DOI: 10.1016/j.medj.2020.06.004
本研究はAMED難治性疾患実用化研究事業19ek0109273, 18ek0109177、臨床ゲノム情報統合データベース整備事業19kk0205014, 18kk0205002、JSPS科研費JP19H03624および文部科学省私立大学研究ブランディング事業の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。

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