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2020.09.02 (WED)

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運動機能制御に関わる大脳基底核の新しい神経回路モデルを発見

~ 直接路と間接路、2つの経路の相互作用 ~

本研究成果のポイント
  • 運動機能制御に関わる大脳基底核[1]における神経回路の直接路と間接路[2]を、区別して同時に可視化するウイルスベクターを新たに開発した。
  • 直接路と間接路の軸索は、大脳基底核の淡蒼球外節内[3]で2つのクラスター [4]を形成していた。
  • 淡蒼球外節内のクラスターを解析した結果、従来の大脳基底核における神経回路モデル(投射[5]様式)とは異なり、間接路の投射領域の中心部に直接路が投射していることを発見。
順天堂大学医学部 神経生物学・形態学講座の日置寛之准教授、岡本慎一郎研究補助員らの研究グループは、運動機能制御における大脳基底核の情報伝達を担う直接路と間接路の新しい神経支配様式を発見しました。
これまで大脳基底核において運動機能を司る神経回路には、運動の開始に関係する情報を伝える直接路と運動を抑止する情報を伝える間接路の2つの経路があり、両者は独立して情報を伝達していると考えられてきました。一方で、両経路が途中で相互作用している可能性を示唆する研究も報告されています。また、直接路と間接路を構成するニューロンは混在しているため、既存の方法では2つの経路を区別して同時に可視化することが極めて困難とされていました。
今回研究グループは、部位特異的なDNA組み換えを行うタンパク質Cre recombinaseの存在下で緑色蛍光タンパク質(GFP)を、非存在下では赤色蛍光タンパク質(RFP)を発現するアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを新たに開発しました。このAAVベクターを、直接路ニューロンでのみCre recombinaseを発現する遺伝子改変マウスの線条体[6]へと注入することにより、直接路ニューロンにはGFPを、また間接路ニューロンにはRFPを発現させることが可能となり、直接路と間接路を区別して同時に可視化することに世界で初めて成功しました(図1)。
上記のようにAAVベクターを注入した遺伝子改変マウスにおいて、直接路と間接路の軸索の投射様式について解析しました。その結果、大脳基底核の中継核である淡蒼球外節において、①直接路と間接路が2つのクラスターを作っていること、②間接路の支配する領域の中に限局して直接路が投射していることが明らかになりました(図1)。また、両経路の投射の中心地点がほぼ同じであることや、直接路ニューロンおよび間接路ニューロンの細胞体が分布する位置と、淡蒼球外節で軸索が分布する位置とに相関関係があることも発見しました。

図1

図1 AAVベクターによって可視化された直接路・間接路の投射様式
遺伝子改変マウスの線条体へAAVベクターを注入し、直接路と間接路を区別して同時に標識することに成功しました。淡蒼球外節において可視化された神経軸索を解析したところ、①直接路と間接路の神経軸索は淡蒼球外節に2つのクラスターを形成し、②間接路クラスターの中心部に直接路クラスターが限局している事が明らかになりました。
この発見は、直接路は淡蒼球外節を経由せずに、間接路は淡蒼球外節を経由してから大脳基底核の外へと情報を伝達するという従来の大脳基底核における神経回路のモデルに対して、直接路と間接路が淡蒼球外節において相互作用するという新たな回路モデルを提案するものです。これらの成果により、脳の運動機能の理解がより深まることが期待されます。また、パーキンソン病などで見られる運動機能障害についてより詳しい理解を助け、病態理解および新たな治療法を開発する一助となることが期待されます。

本研究成果は、2020年9月1日(米国東部時間)発行の「iScience」誌に掲載されました。
論文タイトル: 「Overlapping Projections of Neighboring Direct and Indirect Pathway Neostriatal Neurons to Globus Pallidus External Segment 」
DOI: 10.1016/ j.isci.2020.101409
本研究は下記の共同研究グループで行いました。
生理学研究所 大脳神経回路論研究部門 博士研究員 孫 在隣
滋賀大学 大学院 データサイエンス研究科 准教授 田中 琢真
京都大学 大学院 医学研究科 神経生物学 大学院生 高橋 慧
順天堂大学 大学院 医学研究科 神経機能構造学 研究員 石田 葉子
順天堂大学 大学院 医学研究科 神経機能構造学 博士研究員 山内 健太
順天堂大学 大学院 医学研究科 神経機能構造学 教授 小池 正人
同志社大学 脳科学研究科 神経回路形態部門 教授 藤山 文乃

また、本研究は以下の支援を受けて行われました。
【日本医療研究開発機構(AMED)】
「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト (JP20dm0207064)」
【日本学術振興会(JSPS)】
若手研究 JP18K14844
科研費 JP17K08522、JP25282247、JP16H04663
挑戦的研究(萌芽) JP15K12770、JP17K19451
新学術領域研究(研究領域提案型) 「行動適応を担う脳神経回路の機能シフト機構 (JP15H01430、JP26112001)」、「共鳴誘導で革新するバイオイメージング (JP18H04743)」
【順天堂大学】
老人性疾患病態・治療研究センター研究奨励費 X1904、X1915
研究ブランディング事業

用語解説

[1] 大脳基底核:線条体、淡蒼球外節を始めとする複数の神経核によって構成されている。運動機能だけでなく学習や情動などの様々な機能を担っている重要な脳部位。
[2] 直接路・間接路:大脳基底核の情報伝達を担っている2つの経路。直接路は運動の開始に関係する情報を伝え、間接路は逆に運動を抑止する情報を送っている。正しく体を動かすためには2つの経路がバランス良く働くことが重要である。なお、パーキンソン病では2つの経路のバランスが崩れ、運動機能障害などの症状が現れることが知られている。
[3] 淡蒼球外節:大脳基底核を構成する中継核の一つ。間接路の情報は淡蒼球外節へと渡された後で、視床など他の脳部位に情報を伝達する大脳基底核の出力核へと送られる。従来の大脳基底核のモデルでは、直接路は出力核のみに情報を送っているとされ、淡蒼球外節には情報を送っていないと考えられてきた。
[4] クラスター:限局した領域内で神経軸索が形成している塊を指す。神経軸索の密度はそのまま渡される情報量と比例するため、クラスターがある領域へは特に多くの情報が送られていると見なすことができる。
[5] 投射:ある神経細胞が軸索を伸ばし、異なる領域の神経細胞に情報を伝達すること。
[6] 線条体:大脳基底核の入力核であり、脳全体から情報を受け取っている。線条体が受けた情報は、直接路と間接路の2つの経路によって、大脳基底核の下流の神経核へと送られる。

SDGs300