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国際的な産学連携で他家T細胞療法の実用化を目指す共同研究を開始

iPSC技術を用いた難治性リンパ腫の新規治療開発へ期待 ~順天堂大学とCentury Therapeutics社~

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順天堂大学医学部血液学講座の安藤美樹准教授の研究グループは、米国のCentury Therapeutics, LLC.(以下、「Century Therapeutics社」)と共同で、難治性の悪性リンパ腫を標的とする他家免疫T細胞の開発を本年1月より開始しました。

背景

EBウイルス注1の感染をきっかけに発症するEBウイルス関連リンパ腫はアジアに多く、 概して予後不良で難治性のリンパ腫(血液のがん)です。特にNK細胞リンパ腫注2は通常の抗がん剤治療が効かず、進行期では全身の臓器に急速に浸潤して死に至る極めて悪性のリンパ腫です。

EBウイルス関連リンパ腫に対しては、末梢血から取り出したEBウイルス特異的キラーT細胞注3を体外で増幅し、再び患者体内に戻して腫瘍を攻撃する免疫T細胞治療が有効と考えられます。しかし、末梢血由来のキラーT細胞は、老化などの影響で疲弊し、想定の治療効果が得られないことがしばしばあります。また患者さんごとにキラーT細胞を作製するには時間がかかり、重症患者の治療には間に合わないことも多く、実用化には壁があります。

そのような理由から、順天堂大学医学部の安藤美樹准教授と東京大学医科学研究所の中内啓光特任教授の研究グループはiPSC技術を用いて、機能的に若返った抗原特異的キラーT細胞注4を難治性がん治療に応用するための共同研究を継続してきました。2013年にiPS細胞から抗原特異的キラーT細胞を作製する技術開発に成功し(Nishimura et al., Cell Stem Cell)、2015年にはiPS細胞由来EBウイルス特異的キラーT細胞が実際にマウスの生体内で抗腫瘍効果を持つことを証明しました(Ando et al., Stem Cell Reports)。2019年にはこの細胞が生体内で長期にわたって生存し腫瘍を排除し続けることで、極めて難治性のNK細胞リンパ腫の強力な新規治療法となる可能性を示唆しました(Ando et al., Haematologica)。この治療法の大きな利点として、ひとたび末梢血からキラーT細胞のiPS細胞を樹立しておけば、治療用T細胞の必要時にいつでも無限に供給できるという利点があります。

一方のCentury Therapeutics社は、iPSC技術を応用した他家免疫細胞療法の開発をしています。特に他家キメラ抗原受容体(CAR)T細胞療法注5、CAR-NK細胞療法を代表とする遺伝子改変細胞療法の技術開発に力を入れている米国企業です。この度、順天堂大学の同分野に対する高い技術力が評価され、難治性リンパ腫に対する他家T細胞療法開発を目的に共同研究を行うこととなりました。

内容

本共同研究では、順天堂大学内のセルプロセッシングセンターで健常人末梢血よりEBウイルス特異的キラーT細胞を作製し、iPS細胞を樹立します。多くの患者さんに使えるように、樹立したiPS細胞にゲノム編集注6を行い、安全性を確認後、iPS細胞をバンク化します。この臨床用iPS細胞よりEBウイルス特異的キラーT細胞を作製して有効性を確かめます。この共同研究を通して、臨床試験を目指した新規治療薬の開発を加速します。
研究グループからのコメント
順天堂大学医学部血液学講座
「Century Therapeutics社は、iPSC技術を用いた“off-the-shelf” cell therapy(常に十分量の治療細胞を供給できる)の開発に特に力を入れている企業です。同社の細胞療法の分野における豊富な知識と経験を、我々の技術力と融合させることで、臨床応用に向けて本格的に研究開発を前進させることができます。また、今後CART療法に発展させることも視野に入れ、同社と共同研究できることをとても楽しみにしております。」

Century Therapeutics社
「順天堂大学の研究チームの方々と共同研究ができることを嬉しく思います。研究チームのiPSC由来若返りキラーT細胞療法に関する高い技術開発力と当社独自の他家T細胞の製造技術を組み合わせることで、難治性がんの治療を可能にする“off-the-shelf” T cell therapyを生み出すための強力な基盤を作ることが出来ます。日本での早期臨床試験実現に期待しています。」

用語解説

用語解説
(注1)エプスタイン・バール(EB)ウイルス
ヒトヘルペスウイルス科に属するウイルスの一種で、伝染性単核球症などの急性感染症を引き起こすのみならず、バーキットリンパ腫や上咽頭癌ではほぼ100%感染しており、ホジキンリンパ腫、NK細胞リンパ腫でも多くの症例で感染を認め、様々な腫瘍の発症に関わることが知られている。
(注2)NK細胞リンパ腫 (節外性NK/T細胞リンパ腫,鼻型)
NK細胞(ナチュラルキラー細胞)は腫瘍やウイルス感染細胞の除去に働くリンパ球で、NK細胞リンパ腫はNK細胞ががん化(腫瘍化)したもの。 EBウイルスの感染をきっかけにがん化する。
(注3)キラーT細胞 (抗原特異的細胞傷害性T細胞)
免疫細胞であるTリンパ球の中でも、ウイルス抗原や腫瘍抗原を認識し、異常細胞を攻撃するリンパ球。患者のウイルス特異的細胞傷害性T細胞を体外で増幅し、患者体内に戻す養子免疫T細胞療法は、重症ウイルス感染症やウイルス関連腫瘍に有効である。
(注4)機能的に若返ったiPS細胞由来免疫T細胞
iPS細胞技術は細胞の若返り法の一つと言える。この手法を利用して腫瘍と反応する末梢血中のキラーT細胞からiPS細胞を作製し、再びT細胞を分化させることにより、腫瘍を攻撃する若いキラーT細胞を無限に供給することが可能になる。
(注5)キメラ抗原受容体T(CART)細胞
腫瘍抗原に特異的な抗体の可変領域を単鎖にして、T細胞受容体の定常領域を組み合わせたキメラ抗原受容体(CAR)を人工的に発現させたT細胞。腫瘍細胞表面の特定の抗原を認識し、T細胞を活性化する機能を持つ。
(注6)ゲノム編集
ゲノムの特定部位を切断するヌクレアーゼを用いることで、DNAの修復機構による切断箇所の修復を誘導する。切断箇所の修復時に塩基の挿入、欠失、相同組み替えが生じることを利用して、標的遺伝子のノックアウト、目的遺伝子の導入等を行う。

順天堂大学について
順天堂は、1838(天保9)年、学祖・佐藤泰然が江戸・薬研堀(現在の東日本橋2-6-8)に設立したオランダ医学塾・和田塾に端を発し、今につながる日本最古の西洋医学塾です。医学部をはじめとした6学部、3大学院研究科、6医学部附属病院からなる「健康総合大学・大学院大学」として教育・研究・医療を通じた国際レベルでの社会貢献と人材育成を行っています。詳細はhttps://www.juntendo.ac.jp/をご覧ください。

Century Therapeutics社について
Century Therapeutics社は、医療分野における米国有力ベンチャーキャピタルであるVersant社、富士フィルム株式会社の米国子会社でiPS細胞の開発製造を行うフジフィルムセルラーダイナミクス、大手製薬企業のバイエル社の3社拠出による総額$250Mの開発費用を用いて創立され、他家iPS細胞を用いたがん免疫治療薬の研究、開発、製造、販売を行っています。詳細はhttps://www.centurytx.com/をご覧ください。

SDGs