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2021.03.23 (TUE)

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肝硬変や角化異常等を発症する希少疾患の原因となる遺伝子変異を同定

~ NLRP1遺伝子点変異が自己炎症性疾患を引き起こす ~

順天堂大学大学院医学研究科・アトピー疾患研究センターの安戸裕貴 協力研究員、前原明絵 研究支援員、北浦次郎 先任准教授ら、膠原病・リウマチ内科学講座の安東泰希 大学院生、田村直人 教授および東京大学、京都大学などの共同研究グループは、肝硬変、掌蹠角化症、歯周炎など複数の症状が生じる原因不明の希少疾患患者の遺伝子を解析した結果、NLRP1*1遺伝子変異(点変異*2)が原因であることを明らかにしました。本研究では、このNLRP1遺伝子変異がインフラマソーム*3を強く活性化して自己炎症性疾患を引き起こしていることと、肝細胞におけるインフラマソームの持続的な活性化が肝硬変につながる可能性を明らかにしました。この成果は、多彩な病態を示す自己炎症性疾患や原因不明の肝硬変の診断・治療に大きく道を開く可能性を示しました。本研究はHepatology電子版に2021年3月19日付けで発表されました。
本研究成果のポイント
  • 肝硬変や角化異常等を発症する希少疾患患者からNLRP1遺伝子変異(点変異)を同定
  • NLRP1遺伝子点変異はインフラマソームを強く活性化して自己炎症性疾患を引き起こす
  • 肝細胞におけるNLRP1インフラマソームの持続的な活性化が肝硬変につながる可能性

背景

自己炎症性疾患は恒常的な自然免疫系の活性化によって引き起こされる全身性の慢性炎症性疾患で、複数の症状が同一の患者において発生することがあります。最近の研究で自然免疫細胞を中心に発現するインフラマソームの活性化が自己炎症性疾患を引き起こすことがわかってきました。NLRP1はインフラマソームを構成する分子の一つで、細胞内でNLRP1を含むインフラマソーム複合体が形成されると、細胞は炎症性サイトカインのIL-1βやIL-18を細胞外に放出して炎症を引き起こしたり、自らの細胞に穴を空けてパイロトーシスと呼ばれる細胞死を誘導します。研究グループは、原因不明の肝硬変や角化異常等を伴う希少疾患患者からNLRP1の遺伝子変異を見出しました。他方で、NLRP1の遺伝子変異が皮膚の角化異常を主徴とする自己炎症性疾患の原因となるとの報告が別グループによりされています。そこで今回、研究グループは、NLRP1の遺伝子変異と炎症性疾患との関係を明らかにすることを目的に、このNLRP1の遺伝子変異について詳しく調べました。

内容

今回の研究は、幼少期から掌蹠角化症、歯周炎、小児SLE様徴候(関節炎、汎血球減少など)とともに進行性の肝臓線維化(肝硬変)が認められ、原因不明の希少疾患と診断されている症例を対象としました。対象の患者のNLRP1遺伝子を解析したところ、NLRP1遺伝子の点変異(NLRP1-P1214L)を発見しました。詳しく解析したところFIINDと呼ばれるドメインの自己切断部位の直後にこの点変異が位置することがわかりました(図1上)。そこでヒトの培養細胞にこの変異型のNLRP1-P1214Lを発現させると著しく大量のIL-18が放出されました。IL-18の放出にはインフラマソームの活性化が関わっていることから、NLRP1遺伝子変異型はNLRP1インフラマソームを強く活性化しIL-18を放出させることが明らかになりました(図1下) 。

図1

図1: NLRP1点変異(P1214L)によりインフラマソームは強く活性化する
患者から見つかったNLRP1点変異を詳しく解析したところFIINDと呼ばれるドメインの自己切断部位の直後に位置することがわかりました(図上)。
ヒトの培養細胞であるHEK293T細胞でNLRP1インフラマソーム活性化能を調べる実験では、HEK293T細胞にNLRP1野生型(NLRP1-WT)とともにASC、pro-caspase-1、pro-IL-18を一過性に発現させると、NLRP1インフラマソームが形成されます。そこで、活性化したcaspase-1は前駆体のpro-IL-18を成熟型のIL-18に変換し、IL-18は細胞外に放出されます。従って、放出されるIL-18の量はインフラマソームの活性化レベルに比例すると考えられます(図下左)。
同じ実験系でNLRP1-WTの代わりにNLRP1変異型(NLRP1-P1214L)を発現させると、著しく大量のIL-18が放出されます(図下右)。つまり、NLRP1-P1214Lはインフラマソームを著しく強く活性化することがわかります。
患者の血液を解析すると、血清中のIL-18は異常高値を示し、上述の結果と一致しました。また、患者から切除した肝臓組織を染色した結果、肝細胞にIL-18の高い発現が認められました。次に、患者の肝臓から分離して株化した肝細胞、肝星細胞、血管内皮細胞を解析したところ、患者由来の肝細胞株においてのみ持続的なIL-18やIL-1β(特に、大量のIL-18)の放出が認められました。さらに、この肝細胞株におけるNLRP1遺伝子の発現を特異的に抑制すると、IL-18やIL-1βの放出は低下しました。
以上の結果から、NLRP1-P1214L変異型はNLRP1インフラマソームを強く活性化させて自己炎症性疾患を引き起こすと考えられました(図2)。また、肝細胞における持続的なNLRP1インフラマソームの活性化はIL-18などの炎症性サイトカインの放出やパイロトーシスを介して肝臓線維化(肝硬変)につながる可能性が示唆されました。

図2

図2: NLRP1点変異(P1214L)による自己炎症性疾患
NLRP1-P1214L変異型はNLRP1インフラマソームを著しく強く活性化します。その結果、IL-1βやIL-18の産生・放出やパイロトーシスと呼ばれる細胞死を強く誘導します。これが皮膚のケラチノサイトで起こると角化異常が引き起こされ、本症例のように肝細胞で起こると肝臓線維化(肝硬変)につながる可能性があります。また、これが血球系細胞や他の細胞で起これば、多彩な病態も説明可能です。

今後の展開

本研究により、NLRP1のP1214L変異型がインフラマソームを強く活性化することがわかりました。本症例では、肝細胞におけるNLRP1インフラマソームの持続的な活性化が肝臓の炎症を引き起こし、肝臓の線維化(肝硬変)へ進展させる可能性を世界で初めて示しました。NLRP1変異による自己炎症性疾患の報告例はまだ少なくその全体像は不明ですが、その中でも皮膚の角化異常は比較的共通して生じる症状です。今後、皮膚の角化異常とともに説明のできない症状(肝硬変を含む)が認められる場合には、NLRP1変異による自己炎症性疾患を考慮すべきであると考えられます。研究グループは引き続き、この病態機序の解明を目指していきます。本研究成果は、多彩な病変を伴う自己炎症性疾患や原因不明の肝硬変の診断・治療法の開発につながることが期待されます。

用語解説

*1 NLRP1:インフラマソームを構成する分子の一つである。
*2 点変異: DNAの1ヌクレオチド塩基が別のヌクレオチド塩基に置き換わること
*3 インフラマソーム: 複数のタンパク質からなる複合体であり、インフラマソームが形成されるとcaspase 1の活性化を介して炎症性サイトカインであるIL-1βやIL-18が放出される。また、 caspase 1の活性化によりパイロトーシスと呼ばれる細胞死が誘導される。

原著論文

本研究はHepatology電子版に2021年3月19日付けで発表されました。
雑誌名: Hepatology (https://www.sciencedirect.com/journal/hepatology)
タイトル: A possible association between a novel NLRP1 mutation and an autoinflammatory disease involving liver cirrhosis
日本語訳: 新規のNLRP1変異が肝硬変を伴う自己炎症性疾患に関与する可能性
著者: Hiroki Yasudo1,2,3,4, Taiki Ando1,5, Akie Maehara1, Tomoaki Ando1, Kumi Izawa1, Atsushi Tanabe1, Ayako Kaitani1, Shigeru Nomura2, Masafumi Seki2, Kenichi Yoshida6, Hirotsugu Oda7, Yoko Okamoto1,2, Hexing Wang1, Anna Kamei1, Mayuki Kojima1,8, Meiko Kimura1,9, Koichiro Uchida1, Nobuhiro Nakano1, Junichi Kaneko10, Nobuyuki Ebihara9, Kiyoshi Hasegawa10, Toshiaki Shimizu1,8, Junko Takita2,7, Hideoki Ogawa1, Ko Okumura1, Seishi Ogawa6,11,12, Naoto Tamura5, and Jiro Kitaura1,13
著者(日本語表記): 安戸裕貴1,2,3,4、安東泰希1,5、前原明絵1、安藤智暁1、伊沢久未1、田辺篤1、貝谷綾子1、 野村滋2、関正史2、吉田健一6、小田紘嗣7、岡本陽子1,2、王合興1、亀井杏菜1、小嶋まゆき1,8、木村芽以子1,9、内田浩一郎1、中野信浩1、金子順一10、海老原伸行9、長谷川潔10、清水俊明1,8、滝田順子2,7、小川秀興1、奥村康1、小川誠司6,11,12、田村直人5、北浦次郎1,13
所属:1順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センター、2東京大学大学院医学系研究科小児科学講座、 3山口大学大学院医学系研究科小児科学講座、 4国立生育医療研究センターアレルギーセンター、 5順天堂大学大学院医学研究科膠原病・リウマチ内科学講座、 6京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学講座、 7京都大学大学院医学研究科発達小児科学学講座、 8順天堂大学大学院医学研究科小児思春期発達・病態学講座、 9順天堂大学医学部附属浦安病院眼科、 10東京大学医学部附属病院肝胆膵外科・人工臓器移植外科、 11京都大学ヒト生物学高等研究拠点、12カロリンスカ研究所血液学・再生医学センター、 13順天堂大学大学院医学研究科アレルギー・炎症制御学講座
DOI: 10.1002/hep.31818. Online ahead of print.
なお、本研究はJSPS科研費 新学術領域研究(研究領域提案型) (JP17H05515 )等の研究助成を受け実施されました。

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