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2021.09.27 (MON)

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触刺激による皮膚でのかゆみの発生と調節メカニズムを解明

~ 機械的かゆみを誘発する因子エンドモルフィンを同定 ~

順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 順天堂かゆみ研究センターの髙森建二 特任教授、古宮栄利子 特任助教らと、免疫病がん先端治療学講座の森本幾夫 特任教授、細胞・分子薬理学講座の櫻井隆 教授らの共同研究グループは、機械的かゆみ過敏*1と呼ばれる現象の誘発因子とその調節メカニズムを解明しました。本研究では、CD26欠損マウス*2が機械的かゆみ過敏を引き起こす現象を解析し、皮膚に存在するかゆみ誘発因子としてエンドモルフィン*3を同定しました。さらに、皮膚のエンドモルフィンをCD26分子がもつDPPIV酵素*4の活性が分解することで、機械的かゆみが適度に抑えられる調節メカニズムを明らかにしました。本成果は、機械的かゆみ過敏に即効性のある外用薬の開発に繋がる可能性があります。本論文はJournal of Allergy and Clinical Immunology誌のオンライン版に公開されました。
本研究成果のポイント
  • 機械的かゆみ誘発因子としてエンドモルフィンを同定した
  • 皮膚に存在するCD26分子がもつDPPIV酵素活性によって機械的かゆみ*5が抑制されている
  • 機械的かゆみに対し即効性のある外用薬の開発に繋がる可能性がある

背景

毛糸のセーターなどが皮膚にふれると、かゆみを感じることがあります。こういった皮膚に触れる刺激「触刺激」によって引き起こされるかゆみは「機械的かゆみ」と呼ばれています。健康な人でも機械的かゆみを感じますが、アトピー性皮膚炎など、かゆみを伴う疾患の患者さんの多くの皮膚では、健康な人では何も感じないような弱い触刺激で機械的かゆみが引き起こされる「機械的かゆみ過敏」という現象が起こることが知られています。機械的かゆみが起こるメカニズムとして、触刺激が皮膚中の末梢神経を通って脊髄を介し、脳まで伝達されて「かゆい」と感じることが分かっています。しかし、機械的かゆみ過敏は、脊髄が主な役割をすると考えられており、皮膚でのメカニズムはほとんど分かっていませんでした。そこで、本研究では皮膚での機械的かゆみの発生と調節メカニズムを明らかにする目的で、DPPIV酵素活性をもつCD26分子が失われたCD26欠損マウスを用いて、かゆみ発生因子について調べました。

内容

本研究では、まずCD26欠損マウスにフィラメントによる弱い触刺激を30回ずつ与えたところ、通常のマウスと比べ刺激直後から掻き行動を起こす頻度が増加していたことから、「機械的かゆみ過敏」が起こっていることを確認しました。さらにこのかゆみ過敏現象は、CD26欠損マウスの皮膚にDPPIV酵素活性を有するCD26分子を注射すると抑制されることがわかりました。一方、DPPIV酵素不活性変異体*6では抑制されなかったことから、CD26欠損マウスでは、CD26分子のDPPIV酵素活性が皮膚に無いことにより、何らかのかゆみ誘発因子を分解できず、機械的かゆみ過敏が引き起こされていると考えられました。そこで「DPPIV酵素によって分解をうけるかゆみ誘発因子」を探索したところ、候補としてμ-オピオイド受容体*7に選択性の高いタンパク質、エンドモルフィンが挙がりました。エンドモルフィンは、これまで脊髄や脳などに存在することが知られていましたが、マウスの皮膚に存在しているかどうかはわかっていませんでした。そこでエンドモルフィンのタンパク質の存在を調べたところ、マウス皮膚のケラチノサイト*8、線維芽細胞*9、末梢神経線維に発現していることを明らかにしました。さらに、エンドモルフィンをマウス皮膚に注射すると機械的かゆみ過敏が引き起こされるのに対して、DPPIV酵素に分解を受けた形のエンドモルフィンでは、機械的かゆみ過敏を引き起こすことができませんでした。
以上のCD26欠損マウスを用いた実験結果から、皮膚に発現しているエンドモルフィンを、 DPPIV酵素活性をもつCD26分子が分解することで、機械的かゆみを適度に抑制する「かゆみの発生と調節メカニズム」を明らかにしました(図1)。

図1

図1:本研究で明らかになった機械的かゆみの発生と調節メカニズム
タンパク質のエンドモルフィン(EM-1,EM-2)は、皮膚中のケラチノサイト・末梢神経・線維芽細胞から産生される機械的かゆみ誘発因子であり、末梢神経のμ-オピオイド受容体と結合し、脊髄を介して脳までかゆみを伝達すると考えられる。通常のマウスでは、皮膚に存在するエンドモルフィンをDPPIV酵素が分解し、機械的かゆみを適度に抑制している。一方、CD26欠損マウスでは、DPPIV酵素活性がないため、エンドモルフィンの分解が障害され、機械的かゆみ過敏が引き起こされる。

今後の展開

これまで、脊髄中の機械的かゆみを伝達する神経や、抑制する神経は同定されてきましたが、皮膚組織での機械的かゆみの誘発・調節メカニズムはわかっていませんでした。今回、皮膚で引き起こされる機械的かゆみの誘発因子としてエンドモルフィンを同定し、CD26分子が持つDPPIV酵素活性によりエンドモルフィンが分解されることで、機械的かゆみ過敏が抑制されるメカニズムを明らかにしました。本成果をもとに、皮膚で機械的かゆみ過敏が誘発・調節されるメカニズムをさらに詳細に解明することで、皮膚を標的にした副作用の少ない外用薬の開発に繋がる可能性があります。

用語解説

*1 機械的かゆみ過敏: 通常ではかゆみを引き起こさない程度の弱い触刺激(機械刺激)でもかゆみが引き起こされる現象。機械的アロネーシスとも呼ばれている。
*2 CD26欠損マウス: 遺伝子操作により、DPPIV酵素を持つCD26分子を生まれつき持たないマウス。
*3 エンドモルフィン: μ-オピオイド受容体に強く結合する神経ペプチド(神経に働く小さなタンパク質)。脳に注射するとかゆみを引き起こすが、皮膚での働きは知られていなかった。エンドモルフィン-1と-2の2種類がある。
*4 DPPIV酵素: CD26の持つ酵素活性。エンドモルフィンなどのタンパク質を2アミノ酸ずつ切断する。
*5 機械的かゆみ: 皮膚に触れることによる刺激(触刺激, 機械刺激)によって引き起こされるかゆみ。
*6 DPPIV酵素不活性変異体: 遺伝子操作によりDPPIV酵素の活性に重要なアミノ酸のみを別のものにすることで、DPPIV酵素を働かなくしたタンパク質。そのアミノ酸以外の部分は同じつくりになっている。
*7 μ-オピオイド受容体: 麻薬のひとつ、モルヒネが結合することが知られる受容体。かゆみを引き起こす。
*8 ケラチノサイト: 皮膚の最も外側に位置する表皮を構成している細胞。
*9 線維芽細胞: 皮膚のうち、表皮と皮下組織の間にある真皮を構成している細胞。

原著論文

本研究はJournal of Allergy and Clinical Immunology誌のオンライン版で(2021年8月17日付)先行公開されました。
タイトル: Peripheral endomorphins drive mechanical alloknesis under the enzymatic control of CD26/DPPIV.
タイトル(日本語訳): 末梢組織においてエンドモルフィンはCD26/DPPIV酵素の制御下で機械的アロネーシスを誘発する。
著者:Eriko Komiya, Mitsutoshi Tominaga, Ryo Hatano, Yuji Kamikubo, Sumika Toyama, Hakushun Sakairi, Kotaro Honda, Takumi Itoh, Yayoi Kamata, Munehiro Tsurumachi, Ryoma Kishi, Kei Ohnuma, Takashi Sakurai, Chikao Morimoto, Kenji Takamori
著者(日本語表記): 古宮栄利子1)、冨永光俊1)2)、波多野良3)、上窪裕二4)、外山扇雅1)、坂入伯駿4)、本田耕太郎1)、伊藤匠3)5)、鎌田弥生1)2)、鶴町宗大1)6)、岸龍馬1)6)、大沼圭3)、櫻井隆4)、森本幾夫3)、髙森建二1)2)6)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科 環境医学研究所 順天堂かゆみ研究センター、2)順天堂大学大学院医学研究科 抗加齢皮膚医学研究講座 3)順天堂大学大学院医学研究所 免疫病・がん先端治療学講座、4)順天堂大学医学部 薬理学講座、 5) 順天堂大学大学院医学研究科 アトピー疾患研究センター 6)順天堂大学 浦安病院 皮膚科
DOI:10.1016/j.jaci.2021.08.003.
本研究はJSPS科研費若手研究B (課題番号JP17K16353), JSPS科研費基盤研究C (課題番号JP20K08680), JSPS科研費基盤研究B(課題番号JP20H03568) 、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業(課題番号S1311011)、厚生労働省科研費(労災疾病臨床研究事業費補助金: 課題番号150401-01)などの支援を受け実施されました。
本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。

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