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遊離皮弁の皮膚表層深さ1mmの毛細血管循環に対する血流スコープ使用によるリアルタイム評価に成功

~ 毛細血管の観察所見から血流トラブルを無侵襲で判別できる可能性 ~

順天堂大学医学部形成外科学の松井千裕非常勤助手、水野博司教授らの研究グループは、膠原病診断に使用されていた血流スコープを用い、皮膚表層深さ1mmにおける毛細血管循環の変化のリアルタイムな解析に成功しました。また、遊離皮弁*1手術時に皮弁の動脈、静脈の血流をそれぞれ遮断した皮弁皮膚を本手法で観察した結果、血流遮断から60秒前後で赤血球の動きが著しく低下し、映像上でうっ血や虚血が判別可能であることを証明しました。これまで移植手術後の皮膚の血流所見の観察法の主体は、皮膚表層を傷つけた際の出血観察やエコー、インドシアニングリーン*2造影等の様子を推察する方法でしたが、本成果はリアルタイムで簡便に皮膚の毛細血管還流状況を観察できる新手法の可能性を示すものです。
本論文はPlastic and Reconstructive Surgery誌に2022年7月27日付で公開されました。
本研究成果のポイント
  • 血管を切り離す前の遊離皮弁に対し、動脈、静脈の一時的な血流遮断を行い、皮弁皮膚表層の毛細血管の血流変化を血流スコープを用いて動画観察記録・解析を行った
  • 血流遮断から60秒前後で皮膚表層血管を流れる赤血球の動きが著しく減弱することを発見
  • 皮膚表層深さ1mmの範囲の赤血球の動きをリアルタイムに観察可能であることを証明

背景

遊離皮弁を用いた再建手術は、口腔がん、乳がんなど様々な癌の切除後の修復や、外傷などによる皮膚や筋肉の損傷を補うなどの目的で広く行われている手術です。脚や腹部、背中などの皮膚や脂肪組織、筋肉を血管をつけて採取したものを遊離皮弁と呼び、その血管をがんや外傷で欠損した部位の血管と繋いで血流を回復させ、欠損部を覆ったり、形や機能を修復するといった際に用いられます。
しかしながら、繋いだ血管が詰まる、あるいは血流が悪くなった場合、移植した皮弁が壊死してしまうため、血流不全を早期に発見し、血管を再度繋ぎなおして皮弁の血流を回復させる必要があります。手術後に移植した組織に安定した血液が循環しているかを評価する方法としては、通常では血管の拍動音をチェックするドップラーという機械やエコー検査などの間接的な推察法、あるいは移植組織に針を刺して出てきた血の色や出血速度を見る方法という侵襲を伴うものでした。このため、移植組織の最も表層となる皮膚成分部分の微小血流循環をリアルタイムで明確かつ客観的に可視化できるツールが求められていました。

内容

そこで、当研究グループは、膠原病診断に使用されていた血流スコープを応用し、実際の血流障害発生時と同様の状況を模擬した手術中の皮弁皮膚(血管を切り離す前の皮弁の動脈、静脈の血流を一時的に遮断)を観察するとともに、移植組織の皮膚表面の微小循環の変化の評価について検証しました。なお、ここで用いた血流スコープは、従来、膠原病の診断のために爪の根本の血の巡りをチェックする検査において使用されているもので、127gと軽量で、無侵襲かつ当てるだけで誰でも観察画像をパソコンに録画することが可能です。
本研究では血管付き組織移植を行う10名の患者さんから同意をいただいた上で、実際の手術中に血管を切り離す前の組織の主な動脈、静脈に対して、安全な手術用血管クリップによって3分程度の短時間の血流遮断を行い、移植予定の組織の皮膚表面の血流変化を血流スコープで評価しました。その結果、動脈または静脈を意図的に血流遮断すると、約1分程度で血管内の赤血球の動きが停止し、次に血流遮断を解除すると赤血球の動きが速やかに回復する様子がリアルタイムで観察できました(図1)。具体的には、動脈の血流を遮断した場合、観察部で可視化できる血管の数は減少し、視野の色は白色傾向がみられ、静脈の血流を遮断した場合は、可視化できる血管の数は増加し、視野の色調は全体的に赤くなる、という評価方法になります。

図1

図1:血流スコープを用いた皮膚表層の観察方法と血流の変化
侵襲の無い血流スコープを観察目標部位にあてるだけで、表層1mmの深さの部位の観察が可能。図のような切り離し前の遊離皮弁においては、動脈の血流を遮断した際には赤血球が観察しにくくなり、静脈が閉塞した場合は血管の拡張が見られることが明らかになった。
その際、血流スコープで撮影された動画で血流速度を解析したところ、血流遮断から60秒以内に皮膚表層血管を流れる赤血球の動きが著しく減弱する変遷の計測にも成功しました(図2)。

図2

図2:血流スコープを用いた皮膚表層血流評価
血流遮断から60秒後までの間に皮膚表層血管を流れる赤血球の動きが著しく減弱した(矢印)。
以上の結果から、血流スコープを使用することで遊離皮弁の表層1㎜の深さの皮膚毛細血管を可視化でき、リアルタイムで客観的に微小循環を観察できることが証明されました。また、観察所見によって血管トラブルが起きている箇所が動脈なのか、静脈なのかを無侵襲で判別できる可能性が示唆されました。

今後の展開

今回、研究グループは皮膚表層の微小血流循環をリアルタイムに可視化できる新しい観察方法を見出し、これを用いて、詳細が不明であった遊離皮弁の血流循環について深部の血流トラブルに対する皮膚表層の血流循環反応所見の特徴を解明しました。本法を応用すれば、潰瘍や皮膚移植後の傷の表層血流の観察、ケロイドの血流を観察することによる炎症度の判定、切断指を再度接着する手術を行った際の指部分の血の巡りの観察等も可能です。このような表層血流を観察することができる部位をもつ様々な疾患や外傷に対し、新たな血流の評価基準を見出すことで、治療効果についてより詳細に判定できる可能性があります(図3)。
今後は、より様々な組織や疾患の観察に関して血流スコープ所見を検証していく予定であり、表層微小血流循環所見の特徴を解析し、血流スコープの臨床使用に関して科学的なエビデンスの構築を行っていくことで、多数の患者さんの治療方針への貢献が期待されます。

図3

用語解説

*1 遊離皮弁: 皮弁は血流のある皮膚・皮下組織や深部組織で構成されている。血管をつけたまま移植部位へ移動する「有茎皮弁」と、血管を切り離して血管吻合を要する「遊離皮弁」があり、組織欠損や陥凹のある部位などに適応がある。
*2 インドシアニングリーン(ICG:Indocyanine Green): 近赤外光による蛍光発色物質として血流評価目的に使われる造影剤。

原著論文

本研究はPlastic and Reconstructive Surgery誌に2022年7月27日付で公開されました。
タイトル: Real-time assessment of free flap capillary circulation using video-capillaroscopy
タイトル(日本語訳):血流スコープ観察による遊離皮弁の表層皮膚毛細血管循環のリアルタイムな評価について
著者:Chihiro Matsui, William Wei-Kai Lao,Takakuni Tanaka, Nao Tsuji, Yuki Matsui, Doruk Orgun, Yasushi Sugawara, Hiroshi Mizuno
著者(日本語表記):松井 千裕1), William Wei-Kai Lao2),田中 太邦3), 辻 奈央4),松井 祐輝5)、Doruk Orgun6),菅原康志 7)、水野博司1)
筆頭および責任著者所属:1)順天堂大学医学部形成外科学講座
共著者所属: 2) Center for Aesthetic Plastic Surgery, New York; New York, USA 3) 公立豊岡病院口腔外科 4) LULAクリニック 5) 昭和大学藤が丘病院泌尿器科講座 6) 慶応大学病院 7)リラクラニオフェイシャルクリニック
DOI: 10.1097/PRS.0000000000009370
本研究は多施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。