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2022.09.12 (MON)

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順天堂医院で重症心不全(虚血性心筋症)に対する iPS細胞由来心筋細胞シートを用いた医師主導治験を実施

~重症心筋症の治療に向けて~

順天堂大学医学部附属順天堂医院(院長:髙橋 和久)心臓血管外科では2022年8月、大阪大学が主導する「虚血性心疾患を原因とする重症心不全に対するiPS細胞シート治療の治験(iPSOC-1)」の多施設共同治験として虚血性心筋症の患者さんへの移植手術を実施しました。術後の経過も良好で、まもなく予定の入院期間が終了し退院予定です。
順天堂医院心臓血管外科では従来の心臓手術に加え、 内視鏡下心臓手術やカテーテル手術など身体への負担が小さな治療に注力しており、重症心不全に対しても再生医療の導入を積極的に進めています。本治療法は、深刻な臓器移植ドナー不足である我が国の重症心不全医療において、新たな治療オプションとなることが期待されます。今回の心筋細胞シートの移植手術は、大阪大学ではこれまで3例が実施されていますが、大阪大学以外の施設では初めての症例となります。このことは、本治療法の有用性を多施設で検証していく第一歩となり、非常に意義深いことと言えます。
治験の概要 
  • 虚血性心疾患を原因とした重症心不全の患者さんを対象
  • iPS細胞*1から作製した心筋細胞のヒトへの移植に関する安全性及び有効性を検証
  • 深刻なドナー不足である重症心不全に対する新たな治療法として期待
  • この治療方法を全国で広く行うことが可能かどうかを検証

 【臨床研究等提出・公開システム(jRCT)】
  登録番号:jRCT2053190081
  https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCT2053190081

重症心不全について

心不全とは心臓が血液を送り出す機能(ポンプ機能)が低下した結果、運動耐容能が落ちる状態で、呼吸困難や倦怠感、むくみなどの症状が現れます。弁膜症や高血圧、心筋症など様々な原因で起こりますが、なかでも虚血性心不全(狭心症や心筋梗塞など)がその原因の約半分を占め最多となっています。心不全の治療は原疾患以外として薬物療法やリハビリテーション、心臓再同期療法などがありますが、治療効果が得られず重症化してしまった場合、これまでは心臓移植や補助人工心臓治療しか残されていませんでした。しかし、これらの治療は適応基準が厳しくすべての人が受けられる治療ではありませんでした。今回の治験を含めた「再生医療」は重症心不全で苦しむ患者さんの新たな選択となる可能性が期待されています。

これまでの経緯

澤芳樹教授(順天堂大学客員教授/大阪大学大学院医学系研究科特任教授)らの研究グループは、京都大学の山中伸弥教授と共同研究を開始し、ヒトiPS細胞を用いて重症心筋症患者の治療法の研究開発を進めてきました。2012年には、世界に先駆けてヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いて、ブタ虚血性心筋症*2モデル動物の心機能を改善できることを報告しました。また、2013年に国立研究開発法人 日本医療研究開発機(AMED) 再生医療実現拠点ネットワークプログラムに採択され、iPS細胞由来心筋細胞の液性因子の解析、レシピエント心筋と電気的・機能的に結合して同期拍動すること等、心機能改善に関するメカニズムの解析を進めてきました。さらに心筋細胞の分化誘導に用いる薬や製造方法を改良することで、ヒトに移植可能な安全性の高い心筋細胞を大量に作製、シート化することに成功し、ヒトでの安全性及び有効性を検証する医師主導治験*3の実施を進めています。本医師主導治験は、虚血性心筋症患者を対象とし、予定被験者数を10症例とする試験デザインとなっており、2020年11月に主施設である大阪大学で試験計画前半の3例の移植を完了し、全例が経過が順調であり大阪大学以外の施設でも移植を行う、試験計画後半に入りました。

松下先生20220912

本医師主導治験について

今回の医師主導治験は、重症の虚血性心筋症の患者さんにヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シートを心臓の表面に移植することにより、心臓の働きを改善したり、心臓の働きが悪くなるのを抑える効果があるか、どのような好ましくない事象がどの程度発現するのかを確認するための試験です。患者さん毎に移植の前後の心機能・臨床症状の変化や推移の観察を行います。  
ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞は、健康なボランティアから提供を受けて樹立した臨床用iPS細胞を大量に培養した後に心筋細胞へ分化誘導し、品質が基準を満たしたものを使用します。この細胞をシート状にし、心臓の表面に移植し、細胞シートから分泌されるサイトカイン*4という物質等による心臓の機能の改善効果を期待しています。順天堂大学は、治験実施施設として、患者にヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シートを移植し、その後の心機能・臨床症状の変化や推移の観察を行います。順天堂大学での実施は本治療法の開発を進める大阪大学のみでなく、遠隔地にある複数の医療機関でも実施できることを示す重要な役割を担っています。

研究者のコメント

iPS細胞は京都大学の山中伸弥教授によって開発され、再生医療への応用が期待されています。今回の治療法(iPS細胞シート治療)では、京都大学で樹立された医療用のiPS細胞を用い、品質基準を満たした心筋細胞を事前に大量に作製・保存しておくことができるため、培養時間を大幅に短縮でき緊急の使用も可能です。
本治療法は、有効な治療法の存在しない重症心不全に対する新しい治療となる可能性があり、深刻なドナー不足である我が国の移植医療において、一石を投じるものと考えられます。
今回の順天堂大学での移植は、この治療法の開発を主体的に実施してきた大阪大学以外では初の投与であり、移送や移植までの手続きなどが発生する遠隔地でも代表機関と同様に安全な実施ができることを示しました。この治療法が広く浸透するための第一歩となり、非常に意義深いものと言えます。

【特記事項】

本研究開発は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) 再生医療実現拠点ネットワークプログラム及び再生医療実用化研究事業(【課題名】虚血性心筋症に対するヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シートの臨床試験)の一環として行われ、京都大学 iPS細胞研究所 山中伸弥教授・吉田善紀准教授、東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 清水達也教授・松浦勝久准教授の協力を得て行われました。

用語解説

*1 iPS細胞(人工多能性幹細胞)
細胞に特定の遺伝子などを導入することで、さまざまな細胞への分化が可能になる万能細胞で、京都大学 山中伸弥教授が開発に成功した、再生医療への応用が期待されている。
*2 虚血性心筋症
心臓の筋肉への血液供給が減ることや途絶えることによって生じる心臓の筋肉の障害。
*3 医師主導治験
国から医薬品、医療機器、再生医療等製品として認めてもらうために、安全性と有効性を確認する試験を「治験」といい、医師自ら企画・立案して行う治験のことを「医師主導治験」という。
*4 サイトカイン
細胞から分泌され、特定の細胞に働きかけるタンパク質のことで、免疫系の調節や細胞の増殖の調整など、臓器の恒常性の維持や組織修復に重要な役割を果たす。