JUNTENDO News&Events ニュース&イベント

2022.09.16 (FRI)

  • 順天堂大学について
  • 研究活動
  • メディアの方へ
  • 企業・研究者の方へ
  • 医学研究科

高年齢化するHIV感染者の治療薬処方状況と内服継続率が明らかに

~ナショナルデータベースによるビッグデータ解析を実施~

順天堂大学大学院医学研究科総合診療科学の内藤俊夫教授とデータサイエンス推進講座の桑鶴良平教授らのグループは、ナショナルデータベース(National Database; NDB)*1を用いて、日本で治療中のHIV感染者の抗HIV薬の使用率とその継続率についてのビックデータ研究を行いました。NDBには日本で治療中のほぼ全ての患者のデータが含まれており、HIV感染者の治療薬を対象とした研究は日本初です。
HIVを抑制する効果がより強力な抗HIV薬は「キードラッグ」、キードラッグを補足してウイルス抑制効果を高める役割をもつ薬剤は「バックボーン」と呼ばれており、現在ではキードラッグ1剤とバックボーン2剤の組み合わせが一般的な治療です。本研究は厚生労働省のレセプト情報・特定健診等情報データベースを用い、各種抗HIV薬の処方割合と変更までの継続期間を検証ました。
その結果、キードラッグは種類の変動が大きく、2011年からインテグラーゼ阻害剤*2の処方割合が急激に増加し、2016年には約80%を占めていました。処方薬が変更される割合は、非核酸系逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤で高く、インテグラーゼ阻害では10%以下でした。バックボーンについては処方割合の年次変化が小さく、テノホビルが約60%を維持していたことが明らかになりました。これにより、高齢化するHIV感染者の長期管理において、インテグラーゼ阻害剤が長期継続可能なキードラッグであることが示されました。本研究から得られたデータは、今後の治療薬選択において重要な指針になると考えられます。
なお、本研究は英国科学雑誌Scientific Reports誌のオンライン版で公開されました。
本研究成果のポイント
  • 国内で治療中の全HIV感染者のデータベースを用いた初のビックデータ解析を実施
  • 年齢・性別を問わず、抗HIVキードラック:インテグラーゼ阻害剤の内服継続率が最も高いことが判明
  • ナショナルデータベースの解析は、 HIV感染者が適切な治療薬選択をするために有用な指標に

背景

抗HIV薬の利用環境が向上したことによって、HIV感染者の長期生存が可能となりました。しかし、HIV患者の高年齢化(図1)に伴い、慢性併存症(糖尿病や慢性腎臓病等)の合併の増加が問題となっています。AIDS指標疾患などHIVに関連する病態の他に、加齢に伴う疾患もHIV感染者の予後には多大な影響を及ぼします。
このような状況のなかで、安全に服薬が持続できる抗HIV薬を知ることは大変重要です。しかしながら、国内のHIV感染者の抗HIV薬の処方割合、継続率は単施設からの報告が散見されるのみでした。

図1

図1ナショナルデータベースの解析により、日本人HIV感染者が10年前に比べ高年齢化していることが判明した。

内容

研究グループは国内のほぼ全てのHIV感染者の治療歴が含まれるNDBを用い、HIV感染症治療薬の処方割合と継続率に関するデータベース研究を行いました。2011年1月から2019年3月までの期間に抗HIV薬の投与を受けた16,069名のHIV感染者を解析し、各治療薬の処方推移の特徴把握、治療継続率と性別・年齢・併存症との関係も解析し、個別症例に対し効率的な治療選択をするための指標としての研究報告を行いました。
当報告では、NDBに登録されている、提供が了承された範囲の申請条件のレセプトが発行された患者を対象として、HIV感染症や合併症の有無はICD-10コード*3を元に決定し、最終の受診日を基準にして、年齢を6グループに分類しました (18-29, 30-39, 40-49, 50-59, 60-69, ≥70)。患者の性別、合併症の数や種類、抗HIV薬とその他の内服薬、AIDS指標疾患の有無について記述的に調査しました。
その結果、キードラックは、非核酸系逆転写酵素阻害剤 325名(19.8%)、プロテアーゼ阻害剤 564名(35.0%)、インテグラーゼ阻害剤 723名(44.8%)の処方割合でした。そして、2011年から2019年の間に、非核酸系逆転写酵素阻害剤が18%から1% 、プロテアーゼ阻害剤が52%から4%へと減少していました。これに対し、インテグラーゼ阻害剤の処方率は30%から95%へと著明な増加を認めました(図2)。
一方で、バックボーンに関しては、2011年から2016年まではテノホビル/ジソプロキシルフマル酸塩の処方が80%から50%と最も多く、アバカビルが14%から38%で続いていました。しかしながら、2017年からはテノホビル/アラフェナミドフマル酸塩の使用が増加しており、2019年に70%に達しています。アバカビルは約30%のまま推移していました(図3)。

図2

図2 キードラックの中では、2011年よりインテグラーゼ阻害剤の処方割合が急激に増加し、2016年には約80%を占めていた。
NNRTI: 非核酸系逆転写酵素阻害剤
PI: プロテアーゼ阻害剤
INSTI: インテグラーゼ阻害剤

図3

図3 バックボーンに関しては、テノホビル/アラフェナミドフマル酸塩の使用が増加しており、2019年に70%に達している。
TDF:テノホビルジソプロキシルフマル酸塩
ABC: アバカビル
TAF:テノホビル/アラフェナミドフマル酸塩
また、Kaplan-Meier解析*4では、研究期間中に3,108名(19.3%)にキードラックの変更が確認されました。薬剤変更の率は年々増加し、特に、非核酸系逆転写酵素阻害剤(95%CI: 14.9-65.5%) とプロテアーゼ阻害剤(13.2-67.7%) では8年間増加が続きましたが、インテグラーゼ阻害剤では低い割合で維持されました(3.0-7.6%)(図4)。

図4

図4 抗HIV薬の中では、インテグラーゼ阻害剤の薬剤変更率が低く、すなわち、服用の継続率が最も優れていた。
今回の16,069名を対象としたビックデータ解析により、インテグラーゼ阻害剤が抗HIV薬のキードラックの中で最も長い期間変更されにくいものであると明らかになりました。この調査結果は、AIDS指標疾患やバックボーンドラックの違いに関わらず同じ結果でした。また、変更の内訳としては非核酸系逆転写酵素阻害剤やプロテアーゼ阻害剤からインテグラーゼ阻害剤へという症例が最多でした。

今後の展開

我々が実施したNDB研究の結果から、インテグラーゼ阻害剤は最も継続しやすい抗HIV薬であることが示されました。HIV感染者数の増加や高齢化により併存症が増えることにより、今後日本ではHIV診療専門医だけでなく総合診療/プライマリケア医もこれらの薬剤を処方する機会が増えることが予想されます。従って、今回のビックデータ解析による研究の結果は、総合診療/プライマリケア医が利用しやすい抗HIV薬について、強い示唆をあたえる有用な情報として、その活用が期待されます。

用語解説

*1 ナショナルデータベース (National Database; NDB) :厚生労働省保険局 医療介護連携政策課保険システム高度化推進室が管轄している、レセプト情報・特定健診等情報データベース。このNDBには、電子化されたデータのみで約100億件、特定健診保健指導データは、全データの約1億件超が格納されています。
*2 インテグラーゼ阻害剤:HIVのウイルス複製に必要な酵素(インテグラーゼ)の触媒活性を阻害する薬剤であり、HIVゲノムの宿主細胞ゲノムへの挿入や組み込みを防ぎます。インテグラーゼ阻害剤の投与によって、HIVはウイルス粒子を新たに産生することができなくなります。従来の抗HIV薬に比較して副作用が少なく、併存薬剤への影響も少ないことから世界的に導入が進んでいます。
*3 ICD-10コード:「疾病及び関連保健問題の国際統計分類:International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems; ICD)」は、世界保健機関(WHO)が作成した分類です。ICDはアルファベットと数字の組み合わせで表され、世界共通で用いられるため、異なる国や地域の統計を比較することが可能です。本研究では、WHOの第10回改訂により作成されたICD-10(2013年版)を用いています。
*4 Kaplan-Meier(カプラン・マイヤー)解析:治療別の生存率を比較するなど、医療分野において多用されている解析方法です。あるイベント(今回の研究では薬剤変更)が発生するまでの時間を分析します。例えば、性別、年齢や併存症の有無により、治療の継続率に差が認められるかを比較検討することができます。

原著論文

本研究は英国科学雑誌Scientific Reports誌のオンライン版で(2022年2月2日付)公開されました。
タイトル: Analysis of antiretroviral therapy switch rate and switching pattern for people living with HIV from a national database in Japan.
タイトル(日本語訳): ナショナルデータベースを用いた抗HIV治療薬の継続率と変更内容の解析
著者:Naito T, Mori H, Fujibayashi K, Fukushima S, Yuda M, Fukui N, Tsukamoto S, Suzuki M, Goto-Hirano K, Kuwatsuru R.
著者(日本語表記): 内藤俊夫 1)、森博威 1)、藤林和俊 1)、福島真一 1)、湯田真弓 2)、福井信之 2)、塚本正太郎 1)、鈴木麻衣 1)、後藤景子 3)、桑鶴良平 2)
著者所属:1) 順天堂大学大学院医学研究科総合診療科学講座、2)大学院医学研究科データサイエンス推進講座、3) 医学部循環器内科学講座
DOI: 10.1038/s41598-022-05816-5.
https://www.nature.com/articles/s41598-022-05816-5
なお、本研究は厚生労働省科学研究費JPMH21HB1005の支援を受け実施されました。
ご協力いただいた皆様に深謝いたします。