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2022.09.27 (TUE)

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オメガ6脂肪酸の男性ホルモン産生における役割を解明

― 加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)への治療応用の可能性 ―

順天堂大学大学院医学研究科生化学・細胞機能制御学の李慶賢 大学院生、李賢哲 助教、横溝岳彦 教授の研究グループは、オメガ6脂肪酸の男性ホルモン産生*1における役割を解明しました。オメガ6系の高度不飽和脂肪酸*2は従来から精巣に多く存在することが知られていましたが、その生理的意義はよく分かっていませんでした。研究グループが解析した結果、オメガ6系の高度不飽和脂肪酸が男性ホルモンの元となるコレステロールの貯蔵に重要であることを発見しました。本成果は、テストステロン補充療法以外に根本的な治療法が無かった加齢男性性腺機能低下症候群*3に対し、オメガ6脂肪酸の投与による新規治療法の可能性を示すものです。本論文はCommunications Biology誌に2022年9月21日付で公開されました。
本研究成果のポイント
  • 高度不飽和脂肪酸の産生を担う酵素FADS2の精巣における機能を詳細に解析
  • オメガ6系の高度不飽和脂肪酸が男性ホルモンの産生を促進することを発見
  • オメガ6脂肪酸投与による加齢男性性腺機能低下症候群の新規治療法開発へ

背景

加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群、Late-onset Hypogonadism Syndrome)は、全身の疲労感や倦怠感、性欲低下などの身体的症状と、集中力の低下や抑うつなどの精神的症状を特徴とする中高年男性における疾患で、本邦に600万人の患者がいるとされています。男性ホルモンであるテストステロンの減少が主な原因であり、テストステロン注射などの補充療法が一般的に用いられます。一方、男性ホルモンの産生や精子形成を担う精巣では、他の臓器に比べてオメガ6系の高度不飽和脂肪酸が非常に多く存在することが知られていましたが、その生理的意義はあまり分かっていませんでした。研究グループは高度不飽和脂肪酸の生理的意義を解明することを目的に、高度不飽和脂肪酸の生合成を担う脂肪酸不飽和化酵素であるFADS2(Fatty Acid Desaturase 2)に着目し解析を行ってきました。そして、今回、マウス精巣において男性ホルモン産生を担う細胞であるライディッヒ細胞*4にFADS2が高発現することを見出し、FADS2のライディッヒ細胞における生理機能を解明することを目的として、様々な生化学的解析を実施しました。

内容

本研究では、まずFADS2を特異的に認識する抗体を作製しました。作製した抗体を用いて免疫組織学的解析を行ったところ、マウス精巣ではFADS2は男性ホルモン産生を担う細胞であるライディッヒ細胞に非常に高発現していることが分かりました。そこで、FADS2の男性ホルモン産生における役割を調べるため、阻害剤やゲノム編集技術を用いてFADS2を阻害したライディッヒ細胞を作製し、男性ホルモンの産生能を調べました。その結果、FADS2が阻害されたライディッヒ細胞ではテストステロンなどの男性ホルモンの産生量が顕著に低下していることが分かりました。FADS2の阻害により減少したオメガ6系の高度不飽和脂肪酸を細胞やマウス個体に投与したところ、男性ホルモンの産生量が回復することがわかりました。
ライディッヒ細胞では男性ホルモンの前駆体となるコレステロールが脂肪滴に貯蔵されており、脂肪酸とエステル結合したコレステロールエステルの形で存在します。コレステロールエステルの脂肪酸としてオメガ6脂肪酸が多く結合していることから、コレステロールエステルからコレステロールを切り出す酵素であるホルモン感受性リパーゼの酵素活性を調べたところ、オメガ6脂肪酸が結合したコレステロールエステルをより好んで切ることがわかりました。
以上の結果から、精巣ライディッヒ細胞ではFADS2の働きによりオメガ6系の高度不飽和脂肪酸が積極的に生合成され、男性ホルモン産生に適したコレステロール前駆体の貯蔵を促進していることが明らかになりました(図1)。

図1

図1:本研究で明らかになったオメガ6脂肪酸の男性ホルモン産生における役割
分子内に二重結合を多数有する高度不飽和脂肪酸を合成する酵素FADS2は精巣ライディッヒ細胞に高発現する。FADS2により生合成されたオメガ6系の高度不飽和脂肪酸は、男性ホルモンの前駆体であるコレステロールと結合してコレステロールエステルを形成し、脂肪滴に蓄えられる。黄体形成ホルモンによりホルモン感受性リパーゼが活性化されると、オメガ6脂肪酸を含むコレステロールエステルが優先的に切断されて遊離のコレステロールを産生し、テストステロンなどの男性ホルモンの産生経路へ受け渡される。

今後の展開

今回、研究グループはオメガ6系高度不飽和脂肪酸の男性ホルモン産生における役割を解明しました。加齢男性性腺機能低下症候群は加齢とともに減少するテストステロンが主な要因ですが、その根本的な原因はわかっていません。興味深いことに、高度不飽和脂肪酸についても加齢に伴う減少が報告されています。今回の発見から、オメガ6系高度不飽和脂肪酸の補充療法が加齢男性性腺機能低下症候群の新規治療法として用いられることが期待されます。

用語解説

*1 加齢男性性腺機能低下症候群: 中高年男性の疾患で、本邦に600万人の患者がいるとされる。加齢に伴う男性ホルモンの減少が原因とされるが、そのメカニズムはほとんどわかっていない。男性更年期障害のうち血中テストステロン値の低下を伴うものが本疾患に該当する。
*2 高度不飽和脂肪酸: 分子内に二重結合を多数有する脂肪酸。オメガ末端(カルボキシル基と反対側)の炭素から数えて6番目の炭素から二重結合が始まるオメガ6脂肪酸と、3番目から始まるオメガ3脂肪酸に分けられる。
*3 ライディッヒ細胞 : 精巣において精細管を取り囲むように存在する間質細胞。男性ホルモンの生合成と放出を担う。
*4 男性ホルモン: ステロイドホルモンのひとつで主に精巣のライディッヒ細胞で生合成、分泌される。アンドロゲン、雄性ホルモンとも呼ばれる。代表的なものにテストステロンが挙げられる。

原著論文

本研究はCommunications Biology誌に2022年9月21日付で公開されました。
タイトル: Omega-6 highly unsaturated fatty acids in Leydig cells facilitate male sex hormone production
タイトル(日本語訳): オメガ6系の高度不飽和脂肪酸はライディッヒ細胞において男性ホルモン産生を促進する
著者:Keiken Ri1, Hyeon-Cheol Lee-Okada1*, Takehiko Yokomizo1
著者(日本語表記): 李慶賢1)、李賢哲1)、横溝岳彦1)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科生化学・細胞機能制御学
DOI:  10.1038/s42003-022-03972-y   
本研究はJSPS科研費15H05904, 15H06600, 18K16246, 21H04798, 21K08565および日本医療研究開発機構(AMED)脳とこころの研究推進プログラム(精神・神経疾患メカニズム解明プロジェクト)の「全ゲノム関連解析を基盤とした精神疾患感受性遺伝子の機能解明」(22wm0425008s0201)、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団、文部科学省(MEXT)私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1411007)の支援を受け実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。