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2022.10.18 (TUE)

  • 順天堂大学について

冷蔵保存後の多血小板血漿 (PRP)点眼における角結膜上皮障害に対する創傷治癒促進効果および無菌性を確認

順天堂大学大学院医学研究科 眼科学の村上 晶 特任教授、猪俣武範 准教授らの研究グループは、冷蔵保存後の多血小板血漿 (platelet-rich plasma, PRP)*1点眼が角膜上皮障害に対して創傷治癒促進効果を持つこと、そして冷蔵保存後でも無菌性を維持していること明らかにしました。PRP点眼は既存の治療法で奏効しない難治性角結膜上皮障害に対する新たな治療法として期待されていますが、これまで冷蔵保存後の有効性に関する報告がないことが臨床応用を阻んでいました。本研究成果はPRP点眼の臨床応用に向けた橋渡し的研究となりうるものです。本研究は眼科学雑誌British Journal of Ophthalmology (2022年9月26日付)に掲載されました。
本研究成果のポイント
  • 健常人6名から作製したPRPおよび血清を4℃で4週間保存した。
  • 冷蔵保存後のPRPには血清よりも有意に高濃度の生理活性物質が含有されることを明らかにした。
  • 正常ヒト角膜上皮創傷モデル*2ならびにマウス角膜上皮創傷モデル*3を用いて、冷蔵保存後のPRPが、血清、リン酸緩衝生理食塩水 (PBS)よりも角結膜上皮創傷治癒を促進することを明らかにした。
  • 4週間冷蔵保存したPRPが無菌性を維持していることを証明した。
  • PRP点眼は既存の治療では奏効しない難治性角結膜上皮障害に対する新たな治療薬となる可能性がある。

背景

移植片対宿主病、角膜移植、シェーグレン症候群、重症ドライアイなどによって生じる難治性角結膜上皮障害は、視力低下、角膜の易感染性、角膜穿孔などをもたらします。この難治性角結膜上皮障害は点眼によって治療しますが、既存の点眼治療では良くならない難治性角結膜上皮障害も多く存在します。そのため、難治性角結膜上皮障害に対する新たな点眼薬が求められています。
多血小板血漿 (platelet-rich plasma, PRP)とは、血小板を多く含んだ血漿のことで、血液を遠心分離することで作製されます。成長因子やタンパク質など、傷や怪我を治すために必要な成分を多く含むため、歯科口腔外科や整形外科、形成外科などの診療科における治療に広く使われてきました。眼科領域においてもPRPの点眼が角結膜上皮障害に対する新たな治療法として注目されています。他科のPRPを用いた治療法はPRPを作製してすぐに使用されます。しかし、点眼として治療に用いる場合は、点眼を自宅で冷蔵保存し、一定期間同じPRPを使用する必要があります。そのため、PRPを点眼として実際に治療に用いるためには、冷蔵保存後のPRP点眼の角結膜上皮障害に対する有効性や、冷蔵保存期間中に無菌性を維持できるかの安全性を評価する必要がありました。

内容

今回の研究では、対象期間中(2019年1月~2022年1月)に健常者6名 (男女各3名)から静脈血採血によりPRPおよび血清を作製し、4℃で4週間保存し、保存期間中のtransforming growth factor (TGF)-β1、epidermal growth factor (EGF)、フィブロネクチンなどの生理活性物質の含有量を評価しました。4週間の冷蔵保存後、PRPは血清よりも有意に多くのTGF-β1、EGF、フィブロネクチンを含有していることが明らかになりました(図1)。

図1

図1: 冷蔵保存期間中の血清、多血小板血漿 (platelet-rich plasma, PRP)における有効成分の比較
(A) Transforming growth factor (TGF)-β1 の含有量の比較。冷蔵保存1週後、4週後においてPRPは血清と比較して有意に多くのTGF-β1を含有していた。
(B) Epidermal growth factor (EGF) の含有量の比較。冷蔵保存1週後、4週後においてPRPは血清と比較して有意に多くのEGFを含有していた。
(C) Fibronectin の含有量の比較。作製日、冷蔵保存1週後、4週後においてPRPは血清と比較して有意に多くのfibronectinを含有していた。
*P <0.05 and ***P <0.001. ns, no significant difference.
また、 4℃で4週間保存したPRP点眼および血清点眼の細菌培養を実施し、無菌性の検査を実施しました。PRPおよび血清全てのサンプルから菌の検出はありませんでした (図2) 。

図2

図2: 4週保存後のPRPおよび血清の細菌培養検査結
さらに、ヒト角膜上皮創傷モデルを用いて、冷蔵保存後のPRP点眼、血清点眼、およびリン酸緩衝生理食塩水 (PBS)の点眼による角膜上皮創傷治癒促進効果を比較しました。培養した正常ヒト角膜上皮細胞に均一な創傷を作成した後に培地に点眼を加え、3時間おきに創傷面積を解析しました (図3A)。点眼開始12、18時間後において、PRP点眼群は血清点眼群と比較して有意に創傷面積が縮小していました (図3B)。さらにPRP点眼群は点眼開始12、18、24時間後において、PBS点眼群と比較して有意に創傷面積が縮小しており、創傷治癒に要する時間が有意に短縮していました (図3B, C)。

図3

図3: ヒト角膜上皮創傷モデルによる創傷治癒促進効果の検証
(A) 12時間毎のヒト角膜上皮細胞創傷モデルの創傷治癒の推移
(B) 創傷面積の経時的推移。保存後のPRP点眼群は他の4つの群と比較して有意に創傷治癒を促進しました。
(C) 創傷治癒に要する時間。PRP点眼群は他の4つの群と比較して有意に創傷治癒に要する時間が短縮していました。
*P <0.05, **P <0.01, and ***P <0.001. ns, no significant difference.
PBS; リン酸緩衝生理食塩水 (phosphate-buffered saline), PRP; 多血小板血漿 (platelet-rich plasma)
さらに、マウス角膜上皮創傷モデルを用いて、冷蔵保存後のPRP点眼、血清点眼、およびリン酸緩衝生理食塩水 (PBS)の点眼による角膜上皮創傷治癒促進効果を比較しました。6時間毎にマウスに点眼をし、創傷面積を解析しました (図4A)。点眼開始12、18時間後において、PRP点眼群は血清点眼群と比較して有意に創傷面積が縮小していました (図4B)。さらにPRP点眼群は点眼開始12、18、24時間後において、PBS点眼群と比較して有意に創傷面積が縮小しており、創傷治癒に要する時間が有意に短縮していました (図4B, C)。

図4

図4: マウス角膜上皮創傷モデルによる創傷治癒促進効果の検証
(A) 6時間毎のマウス角膜上皮創傷モデルの創傷治癒の推移
(B) 創傷面積の経時的推移。点眼開始12、18、24時間後において、PRP点眼群は血清点眼群と比較して有意に創傷面積が縮小していました。
(C) 創傷治癒に要する時間。PRP点眼群はPBS点眼群と比較して有意に創傷治癒に要する時間が短縮していました。
*P <0.05, **P <0.01, and ***P <0.001. ns, no significant difference.
PBS; リン酸緩衝生理食塩水 (phosphate-buffered saline), PRP; 多血小板血漿 (platelet-rich plasma)
以上の結果から、冷蔵保存したPRPは、無菌性を維持した状態で血清と比べて高濃度の生理活性物質を含有し、角結膜上皮障害の創傷治癒を促進することが明らかとなりました。

今後の展開

本研究では、PRP点眼の冷蔵保存の可能性と有効性に関して明らかにすることができました。今後は難治性角結膜上皮障害を対象とした臨床研究を実施し、このPRP点眼の有効性の調査を行います。将来的にはPRP点眼が難治性角結膜上皮障害に対する新たな治療の選択肢となるよう社会実装を目指します。

用語解説

*1 多血小板血漿 (platelet-rich plasma, PRP): 血小板が多く含まれた血漿のことを指す。採血により静脈血を採取し、専用のPRP作製キット等を用いて遠心分離により作製する。創傷治癒に必要な成長因子等の生理活性物質を多く含むため、整形外科領域や口腔外科領域等で広く用いられている。
*2 ヒト角膜上皮創傷モデル: 正常ヒト角膜上皮細胞を培養し、細胞が増殖した後に均一な傷を作ることで作製する。角膜上皮の創傷治癒の過程を再現し、創傷治癒促進効果などを検証できる実験モデル。
*3 マウス角膜上皮創傷モデル: 腹腔内麻酔下でマウスの角膜上皮を直径2mmの円状に鈍的に剥離することで作製する。実際のマウスの角膜上皮の創傷過程を確認することができ、創傷治癒促進効果などを検証できる実験モデル。

原著論文

本研究は眼科学雑誌British Journal of Ophthalmology誌に掲載(2022年9月26日付)されました。
タイトル: 「 Biological effects of stored platelet-rich plasma eye-drops in corneal wound healing 」
タイトル(日本語訳) :冷蔵保存後の多血小板血漿点眼における角膜創傷治癒に対する生物学的効果
著者
: Okumura Y1, Inomata T1, Fujimoto K1, Fujio K1, Zhu J1, Yanagawa A1, Shokiroza H1, Saita Y1, Kobayashi Y1, Nagao M1, Nishio H1, Sung J1, Midorikawa-Inomata A1, Eguchi A1, Nagino K1, Akasaki Y1, Hirosawa K1, Tianxiang H1, Kuwahara M1, Murakami A1
著者(日本語表記): 奥村雄一1、猪俣武範1、藤本啓一1、藤尾謙太1、朱俊1、柳川愛1、 Shokirova Hurramhon1、齋田良知1、小林洋平1、長尾雅史1、西尾啓史1 、Jaemyoung Sung2、緑川猪俣明恵1、江口敦子1、梛野健1、赤崎安序1、廣澤邦彦1、黄 天翔1、桑原 瑞1、村上 晶1
著者所属: 順天堂大学1、University of South Florida2
掲載誌: British Journal of Ophthalmology
掲載論文のリンク先https://bjo.bmj.com/content/early/2022/09/26/bjo-2022-322068.long
DOI: 10.1136/bjo-2022-322068

協賛ならびに研究助成

本研究は、順天堂大学老人性疾患病態・治療研究センター 研究奨励費、ジョンソンエンドジョンソン株式会社の助成を受け実施されました。また、JSPS科研費 (1K20997、20K09810、20K22985、21K16884、21K20996)を受けました。しかし、研究および解析は研究者が独立して実施しており、助成元が本研究結果に影響を及ぼすことはありません。 
本研究にご協力いただいた参加者の皆様に深謝いたします。