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精神運動覚醒テスト(PVT)を用いて医師の健康を衛る ― 医師の働き方改革のエビデンスを創出 ―

順天堂大学大学院医学研究科公衆衛生学の和田裕雄教授、谷川武主任教授は、米国ペンシルバニア大学との国際共同研究で、「医師の働き方改革」に関する新たな評価手法を確立しました。
「医師の働き方改革*1」では、長時間労働による健康障害、まさに「医者の不養生」が問題となっています。なぜ、健康のプロフェッショナルである医師が「不養生」に陥るのでしょうか? 原因として、慢性の睡眠不足や疲労は生理学的に自覚しにくいこと、医師が自己犠牲的精神で働いていること、などが挙げられます。研究チームは、この問題を解決するためには客観的な評価が必要と考え、日本全国の1,200名以上の医師を対象に精神運動覚醒テスト(psychomotor vigilance test, PVT*で慢性の睡眠不足を客観的に評価する実証実験を行いました。その結果、①長時間労働の医師は睡眠が短く、②短時間睡眠ではPVTで測定される覚醒度が低下し、さらに、③覚醒度の低下は医師の抑うつ、バーンアウト(燃え尽き症候群)の程度と有意に関連することなどが明らかとなり、PVTの可能性が示されました。
本研究の成果は、「医師の働き方改革」の一環として本学のチームが核となって作成した「長時間労働の医師の健康確保措置に関するマニュアル」において、面接指導対象医師のPVT実施を推奨する重要なエビデンスと位置付けられています。本論文は欧州睡眠学会の公式ジャーナルであるJournal of Sleep Research誌のオンライン版に2024812日号で公開されました。

本研究成果のポイント

  • 医師の働き方改革について、全国調査を実施した。
  • 精神運動覚醒テスト(psychomotor vigilance testPVT)が抑うつ・バーンアウトと有意に関連することを発見した。
  • 医師の働き方改革に関する「長時間労働の医師の健康確保措置に関するマニュアル」で推奨されている「精神運動覚醒テストによる医師の健康確保」に関する重要なエビデンスと位置付けられる。
■背景

日本全国の医師を対象とした時間外・休日労働時間(以後、残業時間)の2019年の調査では、10%弱の医師が年間残業時間が1,860時間(月当り残業155時間)であり、過労死ライン(月あたり残業100時間)を超えています。長時間労働は心身の健康に影響を及ぼしますが、①日常的に自己犠牲的な態度で業務に従事 ②生理学的に慢性の疲労・睡眠不足は自覚困難であるなどの理由により医師本人からの疲労・睡眠に関する正確な自己申告は期待できません。後者については、2万人の職業運転者を対象として調査した先行研究で、睡眠の問題があっても主観的な眠気等が強くなるとは限らないことを明らかにしました[Wada H. et al., Sleep Med. 2024; 115: 109-113.]。
そこで、長時間労働に従事する医師の睡眠について客観的評価が必要と考え、その手法として、精神運動覚醒テスト(psychomotor vigilance test, PVT)に注目しました。PVTは、共同研究者である米国ペンシルバニア大学のDavid Dinges教授が開発した覚醒度を客観的に評価する検査で、数字が出るとボタンを押下する、という動作を3分間あるいは10分間繰り返し、その間の反応速度から覚醒度を測定・評価する検査です。共同研究者のDavid Dinges教授、Mathias Basner教授、Makayla Cordoza博士らは、これまでにもNASAの宇宙飛行士あるいは米国のレジデントの覚醒度評価に活用してきた実績があり、本調査研究では、2019年度の医師に対する全国調査の機会に参加医師を募り、覚醒度の客観的評価にPVTを活用しました。

■内容

本研究には、1,200名を超す医師が参加し、PVTを実施しました。PVTによる覚醒度の指標として反応速度(reciprocal response time)および反応遅延回数(lapse)を、抑うつおよびバーンアウト(論文中では、心理学的健康psychological healthと表現)の程度は、それぞれ、CES-D質問票(Center for Epidemiologic Studies Depression Scale、抑うつ状態に関する質問票)およびMaslach Burnout Inventory(バーンアウトに関する質問票、消耗感exhaustion、非人間化depersonalization、達成感personal accomplishmentの低下のsubscoreからなる。)を用いて評価しました。

本調査・研究の結果、以下の結果が得られました。

① 長時間労働の医師は、睡眠時間が有意に短く、6時間未満の睡眠である割合が増加した。

② 6時間未満の睡眠では、PVTの成績が不良であった。

③ PVTの成績と抑うつ状態の程度、バーンアウトの程度が関連していた。

本結果より、一日あたり6時間の睡眠確保には、年間960時間を超さない程度の残業時間レベルが求められ、また、6時間/日の睡眠確保によりPVTの成績も一定のレベルが維持できると考えられます(図1)。さらに、研究チームは医師の働き方改革の先行研究において、6時間以上の睡眠確保により、残業時間が多くても、残業時間が多くない群と比較して、抑うつや職場のストレスの程度は有意には悪化していないことを明らかにしており[Matsuura Y et al. Ind Health 2024; 62(5): 306-311.]、いずれも「長時間労働の医師の健康確保措置に関するマニュアル」の重要なエビデンスと位置付けられています。本年(2024年)4月より本格実施の「長時間労働医師への面接指導」においても、本学では面接対象医師の覚醒度の評価をPVTを用いて実施しています。このPVT導入の効果として、長時間労働の医師の覚醒度を客観的に評価するだけでなく、PVTの成績を自ら確認することを通じて「長時間労働の医師の健康確保措置に関するマニュアル」で目指す「医師が自分自身の睡眠不足・慢性の疲労、さらには、健康状態に気付く能力の涵養」という効果も期待されています。

■今後の展開

本調査は厚生労働省の「医師の働き方改革」と関連して実施されました。このため、「長時間労働の医師の健康確保措置に関するマニュアル」では、本研究成果をエビデンスとして、PVTによる覚醒度の客観的評価を推奨しています。また、本研究結果より、年間960時間を超さない程度の残業時間が6時間 /日の睡眠確保に適切と考えられます。
現在の改正医療法*によると、年間の残業時間は最長1860時間までとなりますが、さらに残業時間を短くすることが医師の健康確保には求められます。PVTを活用した睡眠の客観的評価は、医師だけでなく、医療関係者そして、エッセンシャルワーカー、さらには、さまざまな勤務体制に従事する働く人々のSleep Health(スリープ・ヘルス)の評価にも役立つと考えられます。

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図1:本研究で明らかになったPVTの反応遅延回数と抑うつ状態、バーンアウトとの関連
PVTの反応遅延回数が多い(=PVTの成績不良)と、抑うつあるいはバーンアウトである可能性が高くなる。

 

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図2:日本の医師における睡眠時間ならびに客観的覚醒度と心の健康との関連

■用語解説 

*1 医師の働き方改革: 本邦の医療は、「医師の自己犠牲的な長時間労働により支えられており、危機的な状況にあるという」現状認識をもとに、「日本のよい医療を将来にわたって持続させる」および「健康で充実して働き続けることのできる社会を目指していく」という目標に向けて「国民全体・社会全体で考えられるべき課題」として取り組まれています(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000496522.pdf)。そして、労働時間の制御も含めて適切な勤務環境を整えることにより、医師の働き方を改善する試みが「医師の働き方改革」として推進されています。医師の働き方改革では、医師の健康確保を目的として、「長時間労働の医師の健康確保措置に関するマニュアル」(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001214392.pdf)が作成され、厚生労働省のサイトに公開されています。

*2 精神運動覚醒テスト: 精神運動覚醒テスト(psychomotor vigilance test, PVT)は、米国ペンシルバニア大学のDavid Dinges教授が開発した覚醒度を客観的に評価する検査で、数字が出るとボタンを押下する、という動作を3分間あるいは10分間繰り返し、その間の反応速度から覚醒度を測定・評価する検査です。共同研究者(David Dinges教授、Mathias Basner教授、Makayla Cordoza博士)は、これまでにもNASAの宇宙飛行士あるいは米国のレジデントの覚醒度評価に活用してきた実績があります。本検査で測定すると、慢性の睡眠不足の際に、眠気を明確に自覚しない場合でも、PVTでは睡眠不足の程度に応じて成績不良となるため、客観的な覚醒度・眠気の指標になると考えられます。

*3 改正医療法: 改正医療法は「良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律」のことで、この改正の一つが、「医師の働き方改革」で時間外・休日労働の1年あたりの上限が960時間、一部の医師の上限は1,860時間に設定されました。

研究者のコメント

  •  PVTの成績(不良)は、抑うつ、バーンアウトとの有意な関連が観察されたことから、長時間労働のエッセンシャルワーカーの心身の健康評価での活用が期待されます。
  •  PVTという生理学的指標を疫学・公衆衛生学学領域の調査研究へ応用し、社会実装への活用可能性を示した先駆的な調査研究です。
■原著論文

本研究はJournal of Sleep Research誌(an official journal of European Sleep Research Society)のオンライン版に2024812日付で公開されました。

タイトル: Objective alertness, rather than sleep duration, is associated with burnout and depression: a national survey of Japanese physicians

タイトル(日本語訳): 睡眠時間よりも客観的な覚醒度がバーンアウトや抑うつと関連する:日本の医師を対象とする全国調査

著者:Hiroo Wada, Mathias Basner, Makayla Cordoza, David Dinges, Takeshi Tanigawa

著者(日本語表記): 和田裕雄1)、マチウス バスナー2)、マカイラ コロドザ3)、デイビッド ディンジェス2)

著者所属: 1)順天堂大学大学院公衆衛生学講座、2)University of Pennsylvania, Perelman School of Medicine.  3) Vanderbilt University, School of Nursing

DOI: 10.1111/jsr.14304.   

 

本研究はJSPS科研費基盤研究A22H00496)および厚生労働科学研究費補助金(20IA2004, 19AA2002)の支援を受けて実施されました。